令和7年1月14日号

特許ニュース

機能的クレームである抗体の医薬用途発明の進歩性及び記載要件充足をみとめた事例

 知財高裁は、臨床試験のプロトコル(試験実施計画書)公開後に出願し、1つの抗体でのみ治療効果確認を行った、抗ヒトIL‐4受容体抗体の医薬用途発明を限定解釈し、進歩性及び記載要件充足をみとめ、特許無効審判請求不成立審決取消請求を棄却した(知財高判令和6年8月7日(令和5年(行ケ)第10019号))。

事案の概要

  1. 原告(科研製薬株式会社、以下「科研製薬」という。)は、被告ら(リジェネロン・ファーマシューティカルズ・インコーポレイテッド及びサノフィ・バイオテクノロジー、以下「リジェネロン」及び「サノフィ」という。)の特許第6353838号(発明の名称「IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法」、以下「本件特許」という。)について特許無効審判請求をした(無効2021-800003号)。
  2. 被告らは、請求項1の「抗ヒトインターロイキン-4(IL-4R)抗体」を「抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体」に訂正(以下「本件訂正」という。)し、合議体は、本件訂正を認めたうえで、特許無効審判請求は成り立たないとの審決をした(以下「本件審決」という。)。
  3. 原告は、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

本件訂正後の請求項1
患者において中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)を処置する方法に使用するための治療上有効量の抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体またはその抗原結合断片を含む医薬組成物であって、ここで前記患者が局所コルチコステロイドまたは局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないかまたは前記局所処置が勧められない患者である前記医薬組成物。(以下「本件訂正発明1」という。下線が訂正で追加した部分。)
(以下、抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体を「本件抗体」と、本件抗体及びその抗原結合断片を併せて「本件抗体等」と、請求項1記載の対象患者を「本件患者」ということがある。)

本判決
知財高裁は、本件審決の取消しを求める原告の請求を棄却した(4部宮坂裁判長)。
本件訴訟の争点は、取消事由1(進歩性についての判断の誤り)、取消事由2(サポート要件違反)及び取消事由3(実施可能要件違反)である。
1 取消事由1(進歩性についての判断の誤り)について
(1)技術常識の誤認について
原告は、本件審決の技術常識の誤認を主張した。
しかし、裁判所は、「アトピー性皮膚炎は、炎症の強い急性期(急性病変)ではTh2細胞が優位になるが、慢性状態(慢性病変)になるとTh1細胞優位となり、炎症部位や病期によって、Th2細胞とTh1細胞間で揺れ動く(Th1/Th2バランスが変化する)という作用機序を有することが本件特許の優先日おける技術常識であった」と認定し、「慢性期に入ると、IL-4などのTh2系サイトカインよりもインターフェロンガンマ、IL-12産生が優勢となることが本件特許の優先日における技術常識であった」との本件審決の認定が誤りだったということはできないと、原告の主張を退けた。

(2)容易想到性について
原告は、甲1(被告らが、「REGN668(注:抗ヒトIL-4R抗体(本件抗体)であり、実施例の「mAb1」と同一物質)についての、中等度~重度の外因性アトピー性皮膚炎を患っている成人患者における試験」につき、米国FDAに提出した第Ⅱ相試験のプロトコル。臨床試験の結果は記載されていない。)を主引例として、本件訂正発明は容易想到であると主張した。
しかし、裁判所は、下記のとおり認定し、抗IL-4R抗体を実際に治験に使用して、効果を確認してみなければ、アトピー性皮膚炎への治療効果があるかは予測できなかったと判断し、原告の主張を退けた。
  • 炎症部位や病期によってTh1/Th2バランスが変化し、このバランスのみでアレルギー疾患を理解することは困難であった。
  • 特定の細胞とサイトカインのうちのいずれかを標的とすることによって、アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物(抗体等)の存在を解明するには至っていなかった。
  • アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物(抗体等)の標的となり得る抗原である特定の細胞とサイトカイン(Th2/IL-4)が知られていたとしても、他の多くの細胞とサイトカインも作用することが知られている中で、Th2/IL-4の働きを阻害することで、本件患者を含む慢性アトピー性皮膚炎の治療効果を奏するかどうかまで、当業者が認識できたとはいえない。

2 取消事由2(サポート要件違反)について
原告は、本件明細書に開示された薬理試験結果はmAb1に関するもののみであるところ、本件訂正発明はmAb1とは結合親和性や薬物動態が異なる抗体等を含むものであり、サポート要件の適合性に関する本件審決の誤りを主張した。
裁判所は、まず、サポート要件の「適合性の判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもの」との規範を示した。
そして、本件訂正発明の課題は、「中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)患者であって、局所コルチステロイドまたはカルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないか又は前記局所処置が勧められない患者を処置する方法に使用するための治療上有効な医薬組成物を提供すること」であり、課題を解決する手段は、治療上有効量のIL-4Rアンタゴニストを含む医薬組成物の患者への投与であると認定した。また、「インターロイキン-4受容体(IL-4R)アンタゴニスト」とは、IL-4Rに結合するか、又はそれと相互作用し、IL-4Rがin vitroまたはin vivoで細胞上で発現される場合にIL-4Rの正常な生物学的シグナリング機能を阻害する任意の薬剤であると記載されており、その非限定例として、ヒトIL-4Rに特異的に結合する抗体または抗体の抗原結合断片が挙げられていることを指摘した。
次いで、本件明細書には、①mAb1は、抗IL-4Rアンタゴニスト抗体であって、IL-4Rに結合し、IL-4のシグナルを遮断する作用を有するものであること、②mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎における臨床症状が改善したこと、③mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーであり、IL-4によって産生・分泌が誘導されることが知られているTARC及びIgEのレベルが低下したことが開示されていることから、これに接した当業者は、本件患者にmAb1を投与した際のアトピー性皮膚炎の治療効果は、mAb1のIL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用、すなわち、アンタゴニストとしての作用により発揮されるものと理解し、IL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用を有する抗IL-4Rアンタゴニスト抗体(本件抗体等)であれば、mAb1に限らず、本件患者に対して治療効果を有するであろうことを合理的に認識でき、本件訂正発明の課題を解決できるとの認識が得られると判断した。
薬理試験結果はmAb1に関するもののみしか開示されていないとの原告の指摘に対して、裁判所は、「課題解決の認識がいかなるロジックによって導かれるかという点を踏まえて検討されるべきであり、特許の権利範囲に比して実施例が少なすぎるといった単純な議論が妥当するものではない。」と判示し、サポート要件違反の主張を退けた。

3 取消事由3(実施可能要件違反)について
原告は、①本件特許の特許請求の範囲に記載されている抗体等には、結合親和性が弱いため治療に使用できないものがあり、臨床で治療に使用可能なものを選別しなければならず、また、②治療上の有効量についても、都度臨床試験で確認する必要があり、いずれについても過度の試行錯誤を要すると主張した。
裁判所は、まず、「明細書の発明の詳細な説明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、特許請求の範囲に記載された発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているかを検討すべき」との規範を示した。
そして、当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、本件訂正発明1における抗体を、公知の方法及びスクリーニングすることにより、過度の試行錯誤を要することなく製造することができ、それを、本件患者に対して投与した場合に治療効果を有することを合理的に理解でき、また、本件明細書には、mAb1の具体的用量300mgが開示されており、他に用量の目安の記載もあるから、mAb1以外の抗体についても、アンタゴニスト活性の程度に応じて治療上有効量を設定することが当業者にとって過度の試行錯誤を要するとまで認めることはできないと、実施可能要件違反の主張を退けた。

検討

1 進歩性について
治験(ヒトにおける試験(「臨床試験」)のうち、「くすりの候補」を用いて国の承認を得るための成績を集める臨床試験)については、原則として事前に情報を公開することで、その透明性を確保し、被験者保護と治験の質が担保されるよう世界的に取り組まれている。そのため、ヒトで試験を行うことにより初めて完成するタイプの医薬用途発明については、出願前に試験のプロトコル記載の治験薬、対象患者、治験薬の投与量や投与方法等が公開され、進歩性否定の引例に挙がることがしばしばある。
過去には、臨床試験のプロトコルを主引例として新規性が否定された事件(注1)や進歩性が否定された事件(注2)がある。
本件では、実際に治験に使用して確認してみなければ、治療効果があるかは予測できなかったと判断され、臨床試験のプロトコルにより進歩性欠如との主張は退けられた。上記過去の判決との違いは、裁判体の違いによるところもあるかもしれないが、裁判所に技術常識をどのように理解してもらったかが結論に大きく影響したと思われる。

注1:タキソール事件(知財高判平成19年3月1日(4部塚原裁判長)、平成17年(行ケ)第10818号)では、「特許を受けようとする発明が新規なものであるか否かを検討するために、当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるべきであるところ、その投与プロトコールの有効性及び安全性は、甲1ないし4に記載された臨床試験においても当然に期待されているものであり、その期待どおりの効果が得られることを確認する試験として進行中のもの」と判断し、新規性を否定した。
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注2:逆流性食道炎の再発抑制剤事件(知財高判令和3年6月29日(2部森裁判長)、令和2年(行ケ)第10094号)では、本薬剤の従来の用法・用量に基づき構成は容易に想到することができ、予測し得た範囲の効果や安全性を超える顕著な効果であったとは認められないと進歩性を否定した。
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2 サポート要件について
機能的クレームの要旨認定は、①明細書等の記載及び当業者の技術常識に基づいて特許請求の範囲の記載を限定解釈される事件(注3)と、②特許請求の範囲を限定解釈せずサポート要件等を非充足の場合は特許無効とされる事件(注4)がある。
本件は、クレーム記載の「抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL−4R)抗体またはその抗原結合断片」を、明細書の記載に基づいて抗IL-4Rアンタゴニスト抗体(IL-4Rに結合し、IL-4のシグナルを遮断する作用を有するもの)と限定解釈されたことが、サポート要件違反は認められないとの判断につながったと思われる。
また、必要な実施例等の裏付けの数については、「課題解決の認識がいかなるロジックによって導かれるかという点を踏まえて検討されるべき」であり、「課題を解決できると認識できる範囲が幅広い実施例から帰納的に導かれる場合とは異な」り、本件のような「演繹的に導かれる推論」である場合は、効果確認の実施例が少なくてもそれを理由にサポート要件違反にはならないことを判示している点は、妥当と考える。

注3:PIVKA-Ⅱに関する抗体事件(知財高判令和6年1月16日(3部東海林裁判長)、令和4年(行ケ)第10082号)では、明細書等の記載及び特許出願当時の技術常識を踏まえて、「PIVKA-Ⅱを特異的に認識して結合」するとは、「『結合性タンパク質』が、PIVKA-Ⅱにおける6位及び/又は7位のGluを含む構造と、プロトロンビンにおける6位及び7位のGlaを含む構造とを識別し、両者の構造の違い(すなわち、PIVKA-Ⅱにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無)に依存して、その両者に対する反応性が異なることを意味する」と判断した。
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注4:抗PCSK9抗体事件
知財高判令和5年1月26日(4部菅野裁判長、令和3年(行ケ)第10093号、第10094号)では、「本件発明の『PCSK9との結合に関して、参照抗体と競合する』との性質を有する抗体には、上記本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載される数グループの抗体以外に非常に多種、多様な抗体が包含されることは自明」と認定し、「本件明細書の発明の詳細な説明には、参照抗体と競合する抗体のうちPCSK9とLDLRタンパク質との結合に立体的妨害が生じる位置に結合する様式で競合する抗体が結合中和活性を有することについて何らの開示がないというほかなく、この点からも、本件発明はサポート要件を満たさない。」と判断された。
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東京地判令和5年9月28日(47部杉浦裁判長、令和2年(ワ)第8642号)では、「本件明細書に記載された抗体の作製方法に関する記載をもって、本件明細書の発明の詳細な説明が、本件発明に含まれるEGFa ミミック抗体を当業者が作製できるように記載されているということも、また、本件発明に含まれるEGFa ミミック抗体が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているということもできない。」、「本件特許は、サポート要件及び実施可能要件に違反し、特許無効審判により無効にされるべきものである。」と判断された。
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文責: 矢野 恵美子(弁理士)