令和6年8月6日号

特許ニュース

知財高裁が、レミッチ®OD錠の後発医薬品の特許権侵害を否定した地裁判決を覆し、後発メーカに対し217億円の賠償を命じた事例

特許第3531170号(「本件特許権」)を保有する東レ株式会社(「原告」)が、沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社(「被告ら」)に対し、原告が製造販売承認を得た「レミッチ®OD錠2.5μg」(「原告製剤」)の後発医薬品(「被告製剤」)を被告らが製造販売する行為が、延長された本件特許権の効力に及ぶとして、損害賠償金の支払を求めた事案において、知財高裁は、特許権侵害を否定した東京地裁の判決を覆し、被告らに217億円の賠償を命じた(知財高判令和7年5月27日(令和3年(ネ)第10037号))。

(本件についての地裁の記事はこちら

事案の概要(経緯)
 原告の東レ株式会社は、本件特許権の特許権者であり、2017年に商品名「レミッチ®OD錠2.5μg」の止痒剤についての製造販売承認を取得し、東レからライセンスを受けた鳥居薬品株式会社(「鳥居薬品」)が「レミッチOD錠2.5μg」を販売していた。
 本件特許権は、出願日が1997年11月21日であり、発明の名称は「止痒剤」である。本件特許権は、原告製剤の製造販売承認に基づき、最長で5年間の延長登録(「本件延長登録」)が認められ、2022年11月21日まで存続期間が延長されていた。
被告の沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社は、レミッチ®OD錠2.5μgの後発医薬品について、本件特許の出願日から20年経過後の2018年2月15日に製造販売承認を得、同年6月15日に薬価基準に収載された後、製造販売を開始した。
東レは、2018年12月13日に沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社を被告として東京地裁に特許権侵害訴訟を提起した。2021年3月30日に東京地裁は、被告製剤は本件特許の技術的範囲に属せず、均等侵害も認められないとして原告の請求を棄却した。

 時系列をまとめると下記の通りである。
1997年11月21日  原告特許出願
(出願から20年経過)
2018年6月15日   被告らが被告製剤の製造販売を開始
2018年12月13日  原告が被告らに対して侵害訴訟を東京地裁に提起
2021年3月30日   東京地裁は原告の請求を棄却、その後東レが控訴
2022年11月21日  本件延長登録の期間満了
2025年5月27日   知財高裁が被告らに対して損害賠償を命じる判決
本件特許と被告製剤
 本件特許の請求項1(「本件発明」)を構成要件に分説すると、以下の通りである(一般式については省略)。本件発明は、構成要件Aの化合物を「止痒剤」の用途に用いることを特徴とする医薬用途発明である。
 A 一般式(Ⅰ)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物(「本件化合物」)を有効成分とする
 B 止痒剤。

被告製剤は、
 a ナルフラフィン塩酸塩を含有する
 b 止痒剤
である。
ナルフラフィン(フリー体)は、本件化合物(構成要件A)を充足する物質である。
原告製剤も被告製剤も、錠剤中にナルフラフィン塩酸塩が含まれており、人に投与した際、ナルフラフィン(フリー体)がナルフラフィン塩酸塩から遊離して生体に吸収されて止痒効果を発揮するものである。
東京地裁は、構成要件Aの「有効成分」とは、添加剤を加えて製剤として組成される基となる原薬を指すところ、本件発明は「ナルフラフィン(フリー体)」を有効成分とするのに対し、被告製剤において「有効成分」に当たるものはナルフラフィン(フリー体)の酸付加塩である「ナルフラフィン塩酸塩」であると判断し、被告製剤は、構成要件Aを充足しないと判断した。さらに、東京地裁は、出願経過に照らし、原告はあえて「薬理学的に許容される酸付加塩」を有効成分とする構成を特許請求の範囲から除外したものであるから、均等侵害は認められないと判断し、原告の請求を棄却した。

知財高裁判決
知財高裁は、複数の争点につき以下のとおり判断し、被告らの本件特許権の侵害を認め、被告らに対し、あわせて217億円の損害賠償を原告に支払うよう命じた
争点1:被告製剤は本件発明の技術的範囲に属する。
争点2:存続期間が延長された本件特許権の効力は被告製剤の製造販売に及ぶ。
争点3:本件延長登録は無効とされるべきではない。
争点4:本件延長登録の期間は過大ではない。
争点5:被告らの先使用権は認められない。
争点6:本件特許権の独占的通常実施権者である鳥居薬品は固有の損害賠償請求権を有し、鳥居薬品から損害賠償請求権を譲り受けた原告は、特許法102条1項に基づく逸失利益相当額の賠償を請求できる。
争点7:本件特許権の存続期間中に製造されたが未譲渡の被告製剤については、実施料相当額の損害が認められる。
このうち、争点1、2及び4の理由は以下のとおりである。

(1) 争点1について(文言侵害)
知財高裁は、以下の事実を認定し、特許請求の範囲及び本件明細書の記載、本件特許の出願経過及び本件特許出願日当時の技術常識によれば、本件発明は、酸付加塩の形態をとるか否かにかかわらず、一般式(Ⅰ)で表される化合物(ナルフラフィン)が、生体内において溶出して吸収され、そのオピオイドκ受容体作動性という属性に基づき「有効成分」としての薬理作用を発揮するような止痒剤をいうものと解されると判断した。

  • 本件発明の目的は、止痒作用が極めて速くて強いオピオイドκ受容体作動薬及びこれを含んでなる止痒剤を提供することにあること
  • 製剤の技術分野において、「有効成分」とは体内(血中)で溶出し作用する物質の意味で用いられており、本件特許の出願当時、薬物の溶解性や安定性を向上させるために酸付加塩の形態をとることは、技術常識であったと認められること
  • 本件明細書をみた当業者は、本件発明の目的である止痒作用を発揮する化学物質は「κ受容体作動性化合物」であって、「薬理学的に許容される酸付加塩」の形態は、物質の止痒作用自体を変化させるためのものではなく、薬としての溶解性や安定性を向上させるための形態にすぎないことは容易に理解することができたはずであること
  • 出願経過をみても、請求項1から薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする止痒剤が意識的に除外されたものとはいえないこと

 知財高裁は、被告製剤は、生体内において溶出して吸収され、オピオイドκ受容体作動性という属性に基づき止痒作用を及ぼし薬効を奏するナルフラフィンが、その酸付加塩であるナルフラフィン塩酸塩の形態で配合された医薬品であると認められるとして、被告製剤は、本件発明の構成要件を充足し、その技術的範囲に属すると判断した。

(2) 争点2について(延長登録の効力)
 知財高裁はオキサリプラチン大合議判決を挙げ、特許法68条の2によれば、延長登録により延長された特許権の効力は、延長登録の理由となった処分の対象となった物についての発明の実施以外の行為には及ばないが、同条の解釈として、本件で薬機法に基づく本件処分の対象となった原告製剤(対象物)と医薬品としての「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」が特許法の観点から「実質同一」であると認められる物については、延長後の特許権の効力が及ぶと解するのが相当であると述べた。
 そして、本件発明は、「一般式(Ⅰ)で表される化合物のκ受容体作動性」という未知の属性に基づき新たな止痒剤としての医薬用途を提供する医薬用途発明である点に発明としての技術的特徴があり、原告製剤と被告製剤がナルフラフィンを有効成分とする止痒剤という点でその技術的特徴及び作用効果が同一であり、かつ、医薬品としての具体的な剤形を同一にすることを認定した。このような場合において、被告製剤が、有効成分ではない「成分」に関して、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、添加等しているにすぎないと認められるときや、有効成分以外の被告製剤との「成分」等の差異が医薬品としての「効能及び効果」に影響を与えず、当該差異が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎないと認められるときは、医薬品としては、本件処分の対象となった原告製剤と実質同一なものに該当すると述べた。
 被告製剤は、初回承認、効能追加、処方変更によって処方が変更されて添加剤が異なっており、原告製剤に使用されている添加剤とは異なるものが使用されていた。例えば、初回承認時の製剤の添加剤と原告製剤の添加剤とは全く異なっていた。
 知財高裁は、添加剤が異なる点に関し、
  • 本件発明は止痒剤としての用途発明であり、添加剤については何ら特定していないこと
  • 被告製剤は原告製剤との生物学的同等性が確認されていること
  • 被告製剤と原告製剤は添加剤の限度で成分が異なること
  • 一般に、添加剤とは、その製剤の投与量において薬理作用を示さず、無害であり、有効成分の治療効果を妨げないものとして添加されるとの技術常識があること
  • 本件明細書の記載や被告製剤の開発経過に照らしても、両製剤の各添加剤がこれと異なる技術的意義を持たないこと
  • 被告製剤に、被告らにより独自に開発され、特許出願がされた添加物群が用いられていたとしても、それが薬理効果を有さず、ナルフラフィンの治療効果を妨げない添加剤であることは変わりないこと

等を挙げ、原告製剤と被告製剤の添加剤における差異は僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり、被告製剤は、医薬品として本件処分等の対象となった原告製剤と実質同一なものに該当するというべきであると述べた。結論として、本件延長登録により存続期間が延長された本件特許権の効力は被告製剤の製造販売等に及ぶものと認めるのが相当であると述べた。

(3) 争点4について(延長期間)
 特許権の延長登録を求める期間は、政令処分を受けるためにその特許発明の実施をすることができなかった期間を超えないことが必要となる。本件では、軟カプセル錠の臨床試験が行われたのち、軟カプセル錠とOD錠(口腔内崩壊錠)との生物学的同等性を確認するための試験が行われ、OD錠が承認された。被告らは、特許発明の実施をすることができなかった期間は、OD錠の生物学的同等性試験の臨床試験とその審査期間である1年11月26日であるのに、最長で5年の延長期間が認められたのは過大であると主張した。
 知財高裁は、OD錠の承認申請においては、「生物学的同等性」資料だけでなく、既に承認されたカプセル剤に関する審査報告書等の資料が提出されて審査され、承認されており、軟カプセル錠の臨床試験を「特許発明の実施をすることができなかった期間」に含めて判断したことに誤りはないと述べ、延長登録の期間が過大であるとの被告らの主張を排斥した。

検討
 本件で認められた損害賠償額は、過去の特許権侵害訴訟における最高額とみられている。
 存続期間が延長された特許権の効力については、オキサリプラチン大合議判決においてその判断手法が示されていたが、同判決は、技術的範囲に属しないことを理由として請求を棄却したものであったため、実際に延長登録の効力が問題とされた場合の判断が注目されていた。本件は医薬用途発明であり、先発医薬品と後発医薬品とで添加剤が異なっていたが、本件発明の技術的意義や、添加剤の技術常識に照らし、先発医薬品と後発医薬品は医薬品として実質同一であると判断した点は、「特許発明の実施をすることができなかった期間」を回復するとの延長登録制度の趣旨にも沿ったものといえる。
 被告らは、知財高裁の判決に対して、上告及び上告受理の申立てを行ったことを発表しており、最高裁が本件を取り上げるかどうか、取り上げた場合にどのような判断となるのかが注目される。
 
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文責: 中岡 起代子(弁護士・弁理士)