特許第3531170号(「本件特許権」)を保有する東レ株式会社(「原告」)が、沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社(「被告ら」)に対し、原告が製造販売承認を得た「レミッチ®OD錠2.5μg」(「原告製剤」)の後発医薬品(「被告製剤」)を被告らが製造販売する行為が、延長された本件特許権の効力に及ぶとして、損害賠償金の支払を求めた事案において、知財高裁は、特許権侵害を否定した東京地裁の判決を覆し、被告らに217億円の賠償を命じた(知財高判令和7年5月27日(令和3年(ネ)第10037号))。
(本件についての地裁の記事はこちら)事案の概要(経緯)
原告の東レ株式会社は、本件特許権の特許権者であり、2017年に商品名「レミッチ®OD錠2.5μg」の止痒剤についての製造販売承認を取得し、東レからライセンスを受けた鳥居薬品株式会社(「鳥居薬品」)が「レミッチOD錠2.5μg」を販売していた。
本件特許権は、出願日が1997年11月21日であり、発明の名称は「止痒剤」である。本件特許権は、原告製剤の製造販売承認に基づき、最長で5年間の延長登録(「本件延長登録」)が認められ、2022年11月21日まで存続期間が延長されていた。
被告の沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社は、レミッチ®OD錠2.5μgの後発医薬品について、本件特許の出願日から20年経過後の2018年2月15日に製造販売承認を得、同年6月15日に薬価基準に収載された後、製造販売を開始した。
東レは、2018年12月13日に沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社を被告として東京地裁に特許権侵害訴訟を提起した。2021年3月30日に東京地裁は、被告製剤は本件特許の技術的範囲に属せず、均等侵害も認められないとして原告の請求を棄却した。
時系列をまとめると下記の通りである。
1997年11月21日 原告特許出願
(出願から20年経過)
2018年6月15日 被告らが被告製剤の製造販売を開始
2018年12月13日 原告が被告らに対して侵害訴訟を東京地裁に提起
2021年3月30日 東京地裁は原告の請求を棄却、その後東レが控訴
2022年11月21日 本件延長登録の期間満了
2025年5月27日 知財高裁が被告らに対して損害賠償を命じる判決
本件特許と被告製剤
本件特許の請求項1(「本件発明」)を構成要件に分説すると、以下の通りである(一般式については省略)。本件発明は、構成要件Aの化合物を「止痒剤」の用途に用いることを特徴とする医薬用途発明である。
A 一般式(Ⅰ)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物(「本件化合物」)を有効成分とする
B 止痒剤。
被告製剤は、
a ナルフラフィン塩酸塩を含有する
b 止痒剤
である。
ナルフラフィン(フリー体)は、本件化合物(構成要件A)を充足する物質である。
原告製剤も被告製剤も、錠剤中にナルフラフィン塩酸塩が含まれており、人に投与した際、ナルフラフィン(フリー体)がナルフラフィン塩酸塩から遊離して生体に吸収されて止痒効果を発揮するものである。
東京地裁は、構成要件Aの「有効成分」とは、添加剤を加えて製剤として組成される基となる原薬を指すところ、本件発明は「ナルフラフィン(フリー体)」を有効成分とするのに対し、被告製剤において「有効成分」に当たるものはナルフラフィン(フリー体)の酸付加塩である「ナルフラフィン塩酸塩」であると判断し、被告製剤は、構成要件Aを充足しないと判断した。さらに、東京地裁は、出願経過に照らし、原告はあえて「薬理学的に許容される酸付加塩」を有効成分とする構成を特許請求の範囲から除外したものであるから、均等侵害は認められないと判断し、原告の請求を棄却した。
知財高裁判決
知財高裁は、複数の争点につき以下のとおり判断し、被告らの本件特許権の侵害を認め、被告らに対し、あわせて217億円の損害賠償を原告に支払うよう命じた
争点1:被告製剤は本件発明の技術的範囲に属する。
争点2:存続期間が延長された本件特許権の効力は被告製剤の製造販売に及ぶ。
争点3:本件延長登録は無効とされるべきではない。
争点4:本件延長登録の期間は過大ではない。
争点5:被告らの先使用権は認められない。
争点6:本件特許権の独占的通常実施権者である鳥居薬品は固有の損害賠償請求権を有し、鳥居薬品から損害賠償請求権を譲り受けた原告は、特許法102条1項に基づく逸失利益相当額の賠償を請求できる。
争点7:本件特許権の存続期間中に製造されたが未譲渡の被告製剤については、実施料相当額の損害が認められる。
このうち、争点1、2及び4の理由は以下のとおりである。
(1) 争点1について(文言侵害)
知財高裁は、以下の事実を認定し、特許請求の範囲及び本件明細書の記載、本件特許の出願経過及び本件特許出願日当時の技術常識によれば、本件発明は、酸付加塩の形態をとるか否かにかかわらず、一般式(Ⅰ)で表される化合物(ナルフラフィン)が、生体内において溶出して吸収され、そのオピオイドκ受容体作動性という属性に基づき「有効成分」としての薬理作用を発揮するような止痒剤をいうものと解されると判断した。
文責: 中岡 起代子(弁護士・弁理士)