令和3年6月30日号

特許ニュース

東京地裁、レミッチOD錠2.5μgの後発医薬品の特許権侵害を否定

 特許第3531170号(「本件特許権」)を有する東レ株式会社(「原告」)が、沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社(「被告ら」)に対し、被告らがそれぞれ製造販売する、原告のレミッチOD錠2.5μg(「原告製剤」)の後発医薬品(「被告ら製剤))が本件特許権に係る発明の技術的範囲に属すると主張して、特許権侵害に基づき、その差止め、廃棄、損害賠償金の支払を求めた事案において、東京地裁は、文言侵害も均等侵害も成り立たないとして、原告の請求を棄却した(東京地裁令和3年3月30日判決(平成30年(ワ)第38504号、平成30年(ワ)第38508号))。

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事案の概要(経緯)

 原告の東レ株式会社は、特許権者であり、商品名「レミッチOD錠2.5μg」の止痒剤を製造販売している。

 本件特許権は、出願日が平成9年11月21日であり、発明の名称は「止痒剤」である。原告は、本件特許権につき、平成29年6月29日に存続期間延長登録の出願を行ったが、特許庁は延長を認めなかったため、審決取消訴訟を提起したが、本件の口頭弁論終結時においては当該審決取消請求訴訟が係属中であった。

 被告の沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社は、レミッチOD錠2.5μgの後発医薬品について、本件特許の出願日から20年を経過した後の平成30年2月15日に製造販売承認を得、同年6月15日に薬価基準に収載されて以降、製造販売を行っている。

 時系列をまとめると下記の通りである。
平成9年11月21日  特許出願
平成29年6月29日  存続期間延長登録出願
  (出願から20年経過)
平成30年2月15日  被告らが後発医薬品の製造販売承認を得た
平成30年3月5日   存続期間延長登録出願に対し拒絶査定
平成30年6月15日  被告らが後発医薬品の製造販売を開始
令和2年3月30日   拒絶査定不服審判の請求不成立の審決
  (審決取消訴訟提起)

本件特許と被告製品

本件特許の請求項1(「本件発明」)を構成要件に分説すると、以下の通りである(一般式については省略)。
 A 一般式(Ⅰ)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物(「本件化合物」)を有効成分とする
 B 止痒剤。

被告ら製剤は、
 a ナルフラフィン塩酸塩を含有する
 b 止痒剤
である。

 被告ら製剤に含まれるナルフラフィン塩酸塩(構成a)は、本件化合物(構成要件A)には当たらないが、ナルフラフィン(フリー体)は、本件化合物(構成要件A)にあたる。

 原告製剤も被告ら製剤も、錠剤中にナルフラフィン塩酸塩が含まれており、人に投与した際、ナルフラフィン(フリー体)がナルフラフィン塩酸塩から遊離して生体に吸収されて止痒効果を発揮する。

 被告ら製剤において、ナルフラフィン塩酸塩とナルフラフィン(フリー体)のいずれが構成要件Aの「有効成分」に当たるのかについて当事者間で争いとなった。

本判決

本判決では、以下の2点の争点についての判断を示し、原告の請求を棄却した。

争点1:被告ら製剤は、本件化合物であるナルフラフィン(フリー体)を「有効成分」とするものか。
争点2:被告ら製剤は、本件発明の構成と均等か。

(1)争点1について(文言侵害)

 東京地裁は、構成要件Aの「有効成分」の文言について、医薬品に関する文献の記載を挙げ、当業者は、添加剤を加えて製剤として組成される基となる原薬のことをいうものと理解すると判断した。一方、本件の被告らの製剤は、ナルフラフィン塩酸塩を原薬としているため、被告ら製剤において構成要件Aの「有効成分」に当たるものは本件化合物であるナルフラフィン(フリー体)ではなく、その酸付加塩であるナルフラフィン塩酸塩であると判断し、被告ら製剤は、構成要件Aを充足しないと判断した。

 原告は、構成要件Aの「有効成分」とは体内に吸収されて薬理作用を有する部分(ナルフラフィン(フリー体))を意味すると主張し、当該主張に沿う文献を提出したが、裁判所は、原告の挙げた文献は製剤に関するものとはいえず、製剤に関するものいえるとしても製剤の組成について述べたものとはいえないとして、原告の主張を否定した。

(2)争点2について(均等侵害)

 次に、東京地裁は、本件発明は、ナルフラフィン(フリー体)を有効成分とするものであるのに対し、被告ら製剤は、ナルフラフィン塩酸塩を有効成分とするものである点で相違するが、被告ら製剤について均等侵害が成立するかについて検討した。

 均等侵害の判断に当たっては、均等侵害成立のための5要件のうち、第5要件について、マキサカルシトール事件で最高裁が示した「出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の上記製品と異なる部分につき、上記製品に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、上記製品に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、上記製品が特許発明の特許出願手続に特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる」という基準(最高裁平成29年3月24日第二小法廷判決、平成28年(受)第1242号)に従うことを述べた。

 本件特許の当初の明細書には、本件化合物(ナルフラフィン(フリー体))の他に、本件化合物の塩酸塩を含む酸付加塩も明示的に記載されていた。そのため、出願人たる原告は、特許出願時に、本件化合物の薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったものであるといえ、しかも、客観的、外形的にみてナルフラフィン塩酸塩が本件発明に記載されたナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるとして、ナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする被告ら製剤は、本件特許の請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるとして、均等侵害は認められないと判断した。

検討

 本件特許に関し、事案の概要で述べた存続期間延長登録出願について、本判決が出される直前である本年3月25日に、知財高裁は、存続期間の延長を認めなかった特許庁の審決を取り消した(令和2年(行ケ)第10063号。なお、本件特許についての延長登録無効審判の審決取消訴訟についても同日付で同様の判決が出されている(令和2年(行ケ)第10096号、令和2年(行ケ)第10097号、令和2年(行ケ)第10098号))。

 原告は、ナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする医薬品の承認を理由に存続期間の延長登録出願を行っていたが、特許庁は、本件発明はナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする本件医薬品を含むものではないとして、延長登録を認めないとの審決を出した。一方、知財高裁は、存続期間の延長の判断にあたっては、承認書の「有効成分」の記載内容から形式的に判断すべきでないと述べ、本件処分の対象となった医薬品の有効成分はナルフラフィン(フリー体)とナルフラフィン塩酸塩の双方であるとし、審決を取り消した。

 「有効成分」の解釈に当たり、知財高裁は、東京地裁と異なり、医薬品に関する文献、ナルフラフィン塩酸塩を含む医薬品についての文献、薬事行政における有効成分の取り扱い、専門家の意見書の内容を検討し、医薬品分野の当業者は、医薬品の目的たる効能、効果を生ぜしめる作用に着目して、医薬品に配合される付加塩だけでなく、そのフリー体も「有効成分」と捉えることがあるものと認められると判断した。東京地裁の判決と知財高裁の判決とで挙げられている文献は異なっていたが、同時並行で行われた訴訟においては、同じ証拠が提出されていたのではないかと思われる。本判決に対して、原告は控訴したとのことである。存続期間延長登録と侵害訴訟という場面は異なるものの、同じ「有効成分」の言葉の解釈が、本件の東京地裁と知財高裁で分かれていることから、控訴審である知財高裁がどのように判断するのか、興味深いところである。

 マキサカルシトール事件では、シス体のビタミンD構造がクレームされ、トランス体のビタミンD構造は明細書に開示されておらず、トランス体のビタミンD構造を使用する製造方法について均等侵害が認められた。一方、本件では、明細書にフリー体の他、塩酸塩も開示されていたことから、均等の第5要件を満たさないと判断された。

 存続期間延長登録についての特許庁の審決では、本件特許の出願当初は、薬理学的に許容される塩を有効成分とする止痒剤は特許請求の範囲及び明細書に記載されていたが、拒絶理由通知に応答してされた補正により、薬理学的に許容される塩を有効成分とする止痒剤が特許請求の範囲から削除されたという出願経緯からすると、酸付加塩を有効成分とする止痒剤は、特許請求の範囲から除外されたものと解されると判断していた。この点について、原告は、審決取消訴訟において、当該補正は、実施可能要件違反、明確性要件違反に対応するために、実務的・技術的な理由から行われたのであって、酸付加塩を有効成分とする止痒剤を除外したものではないと主張していた。審決取消訴訟において知財高裁は、「原告製剤」における「有効成分」について、本件処分の対象となった医薬品の有効成分はナルフラフィン(フリー体)とナルフラフィン塩酸塩の双方であると判断し(取消事由1)、「本件発明」における「有効成分」の解釈については判断せず(取消事由2)、酸付加塩を有効成分とする止痒剤が意識的に除外されたものかどうかについては判断しなかった。本件の東京地裁は、均等の判断に当たり、補正の経緯や目的等に触れず、明細書の実施例の記載に基づき、上記の通り判断した。

 マキサカルシトールの最高裁は、「特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、明細書の開示を受ける第三者も、その表示に基づき、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえるから、当該出願人において、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。」と述べており、本件は、この例にそのまま当てはまるともいえる。

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文責: 中岡 起代子(弁護士・弁理士)