令和7年7月8日号
特許ニュース
日本型パテントリンケージ制度において医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組みの構築に向けた調査研究
厚生労働省(以下「厚労省」という。)は、後発医薬品及びバイオ後続品(以下「後発医薬品等」という。)の製造販売承認の審査にあたって、先発医薬品及び先行バイオ医薬品(以下「先発医薬品等」という。)の特許の抵触有無について確認を行い、承認の可否を判断するパテントリンケージ制度を採用しています。このパテントリンケージ制度の運用改善のために、研究班を設置していましたが、6月30日に、調査研究報告書が公表されました。本報告書では、①後発医薬品等の承認審査において考慮される特許の範囲、②特許抵触の有無の確認や後発医薬品等の承認可否判断の基準、③同制度において、医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組みの提案について、調査・検討結果がまとめられています。今後、本報告書をもとに、パテントリンケージ制度の改善のため、専門家への意見照会制度の導入について、検討が進むものと思われます。
背 景
厚労省は、医薬品の安定供給を図る観点から、後発医薬品等の承認審査にあたって、先発医薬品等をカバーする特許のうち、有効成分の物質特許、並びに、効能・効果及び用法・用量にかかる用途特許の抵触有無について確認を行い、承認の可否を判断しています。
パテントリンケージ制度採用当時(平成6年)は、有効成分の物質特許のみを考慮していましたが、用途特許も対象になり、審査基準の変更により、先行技術と有効成分及び効能・効果が同一でも用法・用量が異なる発明は特許されうるようになり、考慮すべき特許の範囲が広がってきています。そのうえ、オキサリプラチン事件(知財高大判平成29年1月20日、平成28年(ネ)第10046号)で大合議が判示した延長された特許権の効力範囲は、従来考えられていた範囲とはずいぶんと異なり、その後の判例蓄積はあまりありません。このような状況で、特許に関して専門外である厚労省における確認が困難なケースが増えてきています。
また、ハラヴェン事件(知財高判令和5年5月10日、令和4年(ネ)第10093号)において、後発医薬品の製造販売承認申請審査中の差止請求権等の不存在確認請求は、訴えの利益を欠くと判断されたことから、後発医薬品の承認前に、侵害有無について司法判断がされることは期待できません。
このような状況下で、令和6年7月25日の厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会において、厚生労働省医薬局が、「後発医薬品等の承認審査におけるパテントリンケージ制度の運用改善」として、下記検討の方向性(案)を示し、承認されていました。
下記①から③を検討するために研究班を設置して、調査・分析すること。
① 後発品(特にバイオ後続品)の承認審査で考慮される、先発品の「物質特許」及び「用途特許」の定義・範囲
② 特許抵触の有無を確認するための手続きや後発品の承認可否判断の基準
③ 医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組み
調査研究の成果をもとに、パテントリンケージ制度の改善のため、専門家への意見照会制度*の導入について、検討を進めること。
*税関には、税関長が、知的財産権に関し学識経験を有する者(学者、弁護士、弁理士)を専門委員として委嘱し、意見を聞く専門委員制度があり、輸入差止申立ての審査の際に利害関係者から意見書が提出された場合や侵害の事実が疎明されているか否かの判断が困難である場合、認定手続において認定手続に係る貨物が侵害物品に該当するか否か判断が困難である場合等に専門委員への意見照会が実施されます。これを参考にした制度です。
報告書の概要
1 後発医薬品等の承認審査において考慮される特許の種類、先発医薬品等の「物質特許」及び「用途特許」の定義・範囲
- 医薬品の有効成分に関する物質特許や用途特許ではない特許(例:製法特許)に関しては、これまでと同様にパテントリンケージの対象とはしない。
- パテントリンケージの対象となる物質特許とは、化学式等を発明特定事項とすることで医薬品の有効成分それ自体を特定しようとする特許であり、特許請求の範囲の末尾の記載から物質であることが明らかな特許。
- ここでいう物質特許は、単独でその「塩」、「結晶」、「水和物」のみを発明特定事項とする特許、製造方法によって特定された化合物に関するクレーム(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)は、含まない。
- パテントリンケージの対象となる用途特許とは、医薬用途に特徴があり、これを発明特定事項としてクレームに記載する特許であり、特許請求の範囲の末尾における「治療剤」、「治療用組成物」、「治療薬」等の記載から医薬用途であることが明らかな特許。
- 第二医薬用途発明や、投与時間・投与手順・投与量・投与部位等の用法及び用量が特定された、特定の疾病への適用を医薬用途とする発明に関する特許(用法用量特許)、対象患者や治療レジメンを細分化して、先発医薬品の添付文書の効能又は効果や用法及び用量にはない文言を請求項に記載する特許(治療態様特許)、及び、スイスタイプクレームについても、用途特許の一態様として、考慮する。
- パテントリンケージの対象とすべきバイオ医薬品の特許は、上記と同様。物質特許は、例えばアミノ酸配列、核酸それ自体を保護対象とする請求項を含む特許であり、用途特許は、それらの物質が適用される疾患等を保護対象とする請求項を含む特許。
2 専門委員における特許抵触リスクに関する評価基準
- 専門委員は、「承認申請がされた後発医薬品の承認・製造販売開始後に特許侵害訴訟が発生した場合に、裁判所がその製造販売行為の差止めを認める可能性がどれほど高いか」という観点から、特許抵触リスクを評価する。
- 原則として、専門委員は、均等侵害や間接侵害を含めた特許抵触リスクについては評価しないことが適切であると考える。
- イ号は、原則として、先発医薬品の添付文書を参照して認定する。
- 特許請求の範囲の記載された構成中にイ号と同一の部分のみが存するときは、原則として特許発明の技術的範囲に属すると解して、特許抵触のリスクが高いと評価する。ただし、特許請求の範囲に記載された構成中に、イ号と異なる部分が存するときには、原則として特許発明の技術的範囲に属しないと解して、特許抵触のリスクが低いと評価する。
- 先発医薬品の特許が物質特許である場合には、原則として、イ号が先発医薬品の特許発明の技術的範囲に属するか否かの判断を中心に、特許抵触リスクを評価する。技術的範囲に属するか否かのみが争点である場合において、後発医薬品の承認申請者又は先発企業から特許庁作成の判定書が提出されたときは、当該判定の結果を参照する。
- 先発医薬品の特許が用途特許である場合には、上記における対比に加えて、先発医薬品の特許発明の用途に使用される蓋然性が高い態様においてイ号が実施される可能性についても検討し、その可能性が高い場合には、当該特許に抵触するリスクが高いと評価する。
3 パテントリンケージにおける専門委員制度の運用指針(案)の考え方
- パテントリンケージ制度において医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組みとして、専門委員制度を導入する。
- 専門委員制度の実効性を確保するため、これまで任意に提出されていた医薬品特許情報報告票について、所定の期間内において必ず提出すること。
- 専門委員は、厚労省から特許公報等の公開情報や各当事者企業が提供に同意した資料を受領し、案件の概要説明を受けた後、合議(3名又は5名)を経て、連名で特許抵触リスクについての意見書を作成し、厚労省に提出する。
- 意見書は、専門委員が厚労省に対して、中立的な立場からの鑑定的な判断を示すものであり、何らの法的拘束力も有さない。
- 厚労省は、専門委員から提出された意見書の内容を参考にして、医薬品の安定供給を確保する観点から特許抵触の有無について確認を行い、後発医薬品等の承認可否の最終的な判断を行う。
- 厚労省は、選定要件を満たす学識経験者、弁護士及び弁理士を専門委員候補として選定し、厚労省のウェブサイト上で、氏名及び所属をリストにして公開する。
- 厚労省は、後発医薬品等の承認審査の中で、医薬品特許に関する専門家から意見を聴取することが必要と認めるときは、専門委員候補リストの中から、選任要件を満たし、審査の公平さに疑念を生じさせると考えられる特別の利害関係を有しないことを確認することができた者を、当該案件における専門委員として選任し、業務を委嘱する。
- 厚労省は、先発医薬品等と後発医薬品等との特許抵触の有無について確認を行うにあたり、専門委員から意見を聴取することとした場合、当該後発医薬品等の承認申請者及び先発企業にその旨通知する。
- 通知を受けた後発医薬品等の承認申請者及び先発企業は、特許抵触の有無に関する見解を記載した書面や関連する判例・学説、外部専門家の意見書・鑑定書等の証拠のうち、厚労省から専門委員への共有について同意する資料を特定し、厚労省に連絡する。
- 厚労省は、後発医薬品等の承認可否の最終的な判断を公表した後、速やかに、意見書の開示を希望する後発医薬品等の承認申請者及び当該審査対象品目の先発企業に対して、専門委員から受領した意見書を開示する。ただし、①専門委員の氏名及び所属、②個人情報、③公にすることにより法人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある法人に関する情報は不開示情報とし、該当箇所をマスキングする。
検 討
- 今後のパテントリンケージ制度の改善において、後発医薬品等の承認審査で考慮される特許の範囲が、本報告書で示された範囲となるのかは不明です。本報告書では、スイスタイプクレーム(例えば、「~薬X を製造するための化合物Y の使用。」)も、用途特許の一態様として、考慮するとしています。しかし、スイスタイプクレームについて、「特許庁などでは、『~治療用の薬剤の製造のための物質X の使用方法』として、(単純)方法の発明であると解されている」と研究分担者も記載している(「医薬品の物質特許及び用途特許のクレーム文言解釈やその権利行使に関する研究」/札幌医科大学医学部 講師 清水紀子 注記37)ように、裁判所がスイスタイプクレームを用途特許と判断するのかには疑問があります。
- また、裁判所において判例の積み重ねがない延長された特許権の効力が及ぶ範囲については、専門委員の判断もかなりばらつく可能性があると思われます。研究分担者が、「特許に関して専門外である厚生労働省が特許の侵害等の有無を判断するという現在の制度は、たとえ今後、特許の専門家の意見聴取プロセスを含む制度に変更したとしても合理的ではないと考えられる。」(米国の薬事制度におけるパテントリンケージの仕組みに関する研究/山口東京理科大学薬学部 教授 下川昌文 9頁)と指摘しているように、特許の侵害等の有無は、厚労省ではなく、司法が行う仕組みにすることが好ましいように思われます。
文責: 矢野 恵美子(弁理士)