令和7年1月14日号

著作権ニュース

音楽バンドの楽譜(バンドスコア)の模倣に約1億7千万円の賠償命令を下した事例

 他者によって採譜された音楽バンドの楽譜を無断でサイトに公開した行為について、模倣とは認められないとして不法行為の成立を否定した判決(東京地判令和3年9月28日(平30(ワ)19860号・平30(ワ)33090号)の控訴審で、東京高裁は、模倣性を認め、被控訴人が控訴人のバンドスコアを模倣して無料でサイトに公開した行為について不法行為が成立するとした(東京高判令和6年6月19日(令和3年(ネ)第4643号)。

事案の概要
控訴人Xは、音楽バンドの楽譜(バンドスコア)を制作し、電子的方法または紙媒体で出版し、自社および他社のウェブサイトや十店舗において販売している。被控訴人Y1は、「GLNET+」他のサイト(以下「本件サイト」という。)において、バンドスコアを無料で多数公開し広告収入を得ていた。また、Y1の代表取締役Y2は、訴外ウェブサイトからXのバンドスコア608曲を正規に購入し、そのうちの598曲について、購入した当日又は翌日以降に当該バンドスコア(以下「Y1スコア」という。)を本件サイトに公開した。
XがY1に対して公開終了を求める文書を送付したところ、Y1はこれを受けて本件サイトを閉鎖した。
Xは、Y1が公開した「Y1スコア」は、Xのバンドスコアを模倣して制作したものであり、これをXに無断で無料公開することは、Xの法律上保護される利益を侵害するものだと主張して、Y1に対し不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を、Y2に対しY1との共同不法行為(民法719条)に基づく損害賠償を請求して東京地裁に提訴した。
東京地裁は、模倣は無かったと判断しXの請求を棄却しため、Xが控訴した。

本判決
東京高裁は、楽譜の表記の一致率が90%超と極めて高いと認定し、579曲分について模倣があったとして不法行為の成立を認め、原判決を一部取り消し、Y1及びY2に対し連帯して約1億7,000万円を支払うよう命じた。

(1) バンドスコアの模倣による不法行為の成否
東京高裁は、概略以下のように述べて、不法行為の成立を認めた。
まず、バンドスコアを制作するには、バンドミュージックの楽曲の演奏を聴音してそれを楽譜に引き起こす「採譜」という作業が必要である。この採譜という作業には多大な時間、労力及び費用を要し、また、採譜という高度かつ特殊な技能の習得にも多大な時間、労力及び費用を要する。そのため、バンドスコアの制作者が販売等の目的で採譜したバンドスコアを制作者に無断で模倣してバンドスコアを制作し販売等すること、すなわち、バンドスコアの制作者が採譜にかけた時間、労力及び費用についてフリーライドすることが許されるとしたら、多大な時間、労力及び費用を投じて採譜の技術を習得しようとする者がいなくなり、ひいては、バンドスコアに限らず、採譜によって制作される全ての楽譜が制作されなくなって、音楽出版業界そのものが衰退し、音楽文化の発展を阻害する結果になりかねない。
バンドスコアの採譜を取り巻くこのような事情に鑑みれば、他人が販売等の目的で採譜したバンドスコアを同人に無断で模倣してバンドスコアを制作し販売等する行為については、採譜にかける時間、労力及び費用並びに採譜という高度かつ特殊な技能の習得に要する時間、労力及び費用に対するフリーライドにほかならず、営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものであると同時に、害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により他人の営業上の利益を損なう行為であって、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものということができるから、最高裁平成23年判決(筆者註:北朝鮮事件最高裁判決:最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁)のいう特段の事情が認められるというべきである。

(2) Y1がXのバンドスコアを模倣したかどうか
次に、東京高裁は、バンドスコアの模倣性の判断基準について、ポピュラー音楽の採譜がクラシック音楽とは異なり、演奏家の演奏が先にあってそれを採譜して楽譜が制作されるものであること、ポピュラー音楽のバンドスコアは様々な楽器で合奏された音源から各楽器の音を聞き分けて割り振る必要等から、その採譜は高度な技術を要する作業であり正確に採譜できる者は稀少であること、また、採譜の結果が採譜者によって異なること等を踏まえ、XスコアとY1スコアの間で、その楽曲を構成する、音自体の表記(音高、音価、音色)や音楽の表記(メロディ、ハーモニー、リズム)が一致する部分がどれほどあるかが判断の基礎になる、と述べた。
そして、「基本となる演奏情報」(メロディーの音高や音価、ハーモニーリズム、演奏ポジション、その他の演奏指示)がほとんど全て一致し、そのような事象が単一のパートに限られず、バンドスコア全体に及んでいるとすれば、当該楽曲に係るバンドスコアについて模倣性を認めることができ、また、Y1スコアは組織的に統一された方針の下で制作されていると推認されるから、上記のような事象が認められるのが1曲にとどまらず、相当数の楽曲に及んでいる場合には、Y1は全体として組織的にXスコアを模倣したものと認めることができる、とした。
さらに、本件楽曲に係る模倣性について、模倣主張楽曲(筆者註:Xが具体的根拠を上げて模倣を主張した11曲)について、(ア)誤りの一致、(イ)Xスコアに特有の表記の一致、(ウ)不自然な一致、(エ)表記の大部分の一致、(オ)Y1が先行公開している楽曲について、(カ)一致率、(キ)Y2によるXスコア等の購入及び利用、(ク)模倣主張楽曲以外の楽曲の模倣性について、という諸点について深く細かく検討を行い、Y1がY1スコアを制作するに当たり、Xスコアを模倣したと認めるのが相当である、と認定した。

検討
原審でXは、バンドスコアが著作権法6条各号所定の著作物に該当しないことを前提に、いわゆる「北朝鮮事件最高裁判決」を引用して、本件「Y1スコア」の無料公開は「著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害する」から不法行為が成立すると主張したが、東京地裁は、「北朝鮮事件最高裁判決」を引用せず、模倣は無かったと判断した。北朝鮮事件最高裁判決以降、著作権法で保護されない物の利用行為については、原則不法行為の成立は認めないという判例の傾向があるように思う。この点に関して東京地裁は、仮に「模倣」と認められた場合に不法行為に該当するか否かについては触れなかったが、東京高裁では「模倣性」について、北朝鮮事件判決のいう「特段の事情」該当性の判断に依るものと明言した。
本判決は、他人がかけた時間、労力及び費用への「フリーライド(ただ乗り)」を不法行為と認めた点でかなり踏み込んだものであり、その理由付けとして、音楽文化の発展を阻害すると述べている点で新しい。
北朝鮮事件最高裁判決以後、知的財産法と不法行為の谷間に落ちてしまう事件について、簡単に不法行為を認めてはならないという考え方と、不正競争防止法に一般条項がない以上、フリーライドは何らかの方法で救済されなければ不合理であるといった考えとが拮抗しているように思う。本件は上告されているようなので、今後の展開にも注目しておきたい。

文責: 加藤 ちあき(弁理士)