ECサイトにおける競争者による商品の販売は実際には商標権者の商標権を侵害しないにもかかわらず、これを商標権侵害であると示唆する申告をECサイトの運営者に対して行った商標権者は、競争者の取引先(ECサイト)に対して虚偽の事実を告知(不正競争防止法2条1項21号)したものとして、ECサイトの出品停止措置により得られなかった利益(逸失利益)等の損害について競争者に対し賠償責任を負う(大阪地判令和令和5年(ワ)第893号)。
事案の概要
(1) 原告は、日用雑貨の販売等を行う株式会社であるところ、「Qbitいつでも簡単トイレ」、「いつでも簡単トイレ」等の標章(計15種類。以下「原告標章1」等という)を付した簡易トイレ(以下「原告商品」という)を、ECサイトであるアマゾンで販売していた。
原告標章は15種類あるが、そのうち、原告標章1~10は、「いつでも簡単トイレ」の文字で構成される標章に①「Qbit」または②「Qbit」と「Q」の字を模した丸い絵柄部分が付されたものである。他方、原告標章11~15は、「いつでも簡単トイレ」の文字で構成される標章である。以下に原告標章の一例を示す。
(2) 被告会社は、竹活性炭を使用した製品の開発・販売等を行う株式会社であり、自社サイトで「非常用ささっとトイレ」を販売していた。被告会社は原告と競争関係に立つ。
被告代表者は、被告会社の代表取締役であり、以下の商標(以下「被告商標」という)に係る商標権(以下「被告商標権」という)を有していた。
登録番号:商標登録第6533721号
出願日 :令和3年10月4日
登録商標:
指定商品:第1類 化学剤、廃棄物処理剤
第21類 災害時用簡易トイレ、ペット用トイレ、携帯用簡易トイレ、寝室用簡易便器
(3)被告代表者は、以下のとおり、アマゾンの運営者に対して、同社所定の権利侵害申告フォームを使用し、被告商標権との関係で原告商品を問題とする旨を申告した(本件申告1~本件申告3、以下原文ママ)。
ア 本件申告1(令和4年10月31日)
「『いつでもどこでも簡単トイレ』は私の商標です。商品パッケージの文字が酷似しています。お客様が勘違いして購入してしまいます。amazon様の見解をお聞かせください。」
イ 本件申告2(令和4年11月4日)
「私の商標である『いつでもどこでも簡単トイレ』を他で認めていません。専用権を主張します。
アマゾンブランドとしても認められています。該当商品(ASIN:B089K1PCRN)を購入し現物の確認をしました(注文番号(略))。
この商品のブランドは『Qbit』です。パッケージに『いつでも簡単トイレ』と大きく記載があり、弊社の営業上の信用が害される恐れがあります。
他人による類似範囲の使用の排除を求めます。アマゾン様のご意見をお聞かせください。適切なご対応をお願い致します。」
ウ 本件申告3(令和4年11月8日)
「『いつでもどこでも簡単トイレ』は特許庁に認められている私の商標です(登録番号第6533721号)。
アマゾンブランドとしても認められています。権利侵害と思われる商品を購入しました(注文番号(略))
該当商品のパッケージに『いつでも簡単トイレ』と表記があり私の商標と類似しています。
以上のことから商標権の専用権と禁止権を求め、該当商品(ASIN:B0B8C4KHH1)の権利侵害の申告を行います」
(4)アマゾンは、本件申告1~3を受け、原告商品6点の出品を停止した。その後、出品停止の措置が解除されたが、長いものでは1か月弱出品が停止された。
(5)原告は、本件申告1~3は不正競争防止法2条1項21号に定める虚偽事実の告知に該当するとした上で、以下の損害を被ったとして、被告会社および被告代表者に対し、約2300万円の損害賠償等を求め、本件訴訟を提起した。
出品停止措置により被った損害(逸失利益):約670万円
無形損害:200万円
広告費(SEO対策費):約1140万円
弁護士費用:約300万円
判決の内容
次のとおり、裁判所は、原告の主張を概ね認め、本件申告1~3は虚偽事実の告知に該当するとして、被告代表者および被告会社に対し、約710万円の損害賠償を命じた。
(1)本件申告1~3が「事実」の告知に該当するかについて
被告らは、本件申告1については、原告商品のパッケージの文字が被告商標に酷似していることを前提にアマゾンの意見を求めたもの、本件申告2、3については、原告商品のパッケージの文字が被告商標の類似している旨を申告したものであって、いずれも、被告代表者の主観的な意見の表明に止まり、「事実」の告知ではない、と主張した。
しかし、裁判所は、本件告知1、2は、必ずしも商標権侵害であるという断定的表現を含んでいないが、商標権侵害の事実を示唆する内容を含むものであること、また、本件告知1、2において使用された、アマゾンの申告フォームを利用した権利侵害告知は権利侵害の事実を報告することが前提されていることを指摘した上で、本件申告1および同2は主観的な意見の表明に止まらず「事実」の告知にあたると判断した。
そして、本件告知3についても、裁判所は、同告知は原告商品が権利侵害品と思われること、同商品について権利侵害申告を行うことを内容としているものであるから、商標権侵害という「事実」の告知にあたると判断した
(2)本件申告1~3の内容が「虚偽」であるかについて
被告は、原告標章と被告商標とが類似している等として、原告商品の販売は被告商標権の侵害に該当するから、本件申告1~3の内容は「虚偽」ではないと主張した。
しかし、裁判所は、原告標章1~10について、「いつでも簡単トイレ」の文字部分は商品の使用方法・効能を表示するか普通名称であって出所識別機能を有していない一方、その余の「Qbit」または「Q」の字を模した丸い絵柄部分こそ強い出所識別機能を有している点を考慮し、原告標章1~10は被告商標と類似していないと判断した。
そして、原告標章11~15については、裁判所は、これらの標章は商品の使用方法・効能を表示するものか普通名称であり出所識別機能を有しない以上、商標法26条1項2号により、これらの標章には被告商標権の効力は及ばないと判断した。
その上で、裁判所は、原告商品の販売は被告商標権を侵害する行為ではないところ、これを商標権侵害とする本件申告1~3の内容は「虚偽」であるとした。
(3)故意・過失の有無について
裁判所は、知的財産権の侵害の告知に際し、告知者はそれが虚偽告知とならないように注意義務を負うこと、このことは、告知の相手方がECサイトやプラットフォーマーであっても同様であるという一般論を示した。
進んでアマゾンへの権利侵害申告が問題となった本件について検討し、アマゾンのサイトでは申告者は「侵害されたと思われる知的財産権の特定の情報」と「侵害の内容」を申告しなければならず、申告が承認された場合には出品停止を含む適切な措置がとられるところ、知的財産権に関する質問は専門家に相談するよう案内されていると認定した上で、これによれば、申告にあたって権利侵害の事実について十分調査検討すべき注意義務を負っていることが容易に理解できると判断した。
その上で、被告代表者は本件申告1~3にあたり上記注意義務を尽くしたと認められないとし、被告代表者には過失があると認定した。
(4)損害
裁判所は、原告が主張する損害のうち、逸失利益として、ほぼ原告の主張するとおりの約650万円、弁護士費用として、逸失利益の1割にあたる約65万円、合計約710万円を認め、被告らは同額の損害賠償責任を負うと判断した(被告会社は本件申告1~3を行った直接の当事者ではないが、会社法350条に基づき同責任を負う)。
他方、裁判所は、無形損害を認めなかった。また、広告費(SEO対策費)も、具体的なSEO対策の内容・効果や、本件においてSEO対策を行う必要性は明らかではないとして、本件申告1~3と相当因果関係のある損害とは認めなかった。
検討
競業者の取引先に対する知的財産権等の権利侵害の通知等が不正競争防止法2条1項21号に規定する虚偽事実の告知行為に該当するか否かが争われた裁判例は多くあるが、通知先がECサイトの運営者であるケースを扱った裁判例は限られている(同種の裁判例としては、東京地判令和2年7月10日(平成30年(ワ)第22428号)〔COMAX事件〕、ならびに、大阪地判令和5年5月11日(令和3年(ワ)第11472号)および同事件の控訴審判決の大阪高判令和6年1月26日(令和5年(ネ)第1384号)〔韓流BANK事件〕が挙げられる)。このような裁判例に本件は新たな一事例を付け加えるものである。
ECサイトの運営者が権利侵害の通知先である場合は、他の場合とは異なり、権利侵害申告フォームや申告にあたっての注意事項が用意されている等、権利侵害の通知がシステム化されていること、ECサイトでは極めて多数の商品が扱われていること、権利侵害の通知の件数が極めて多数に上ること等が特徴として挙げられる。しかしながら、これらのECサイトの特徴によって、権利侵害の通知が虚偽事実の告知に該当するか否か等の判断の枠組みが大きく変わることはないと思われ、少なくとも、告知者の責任が軽減される理由は見出し難い。本件においても、知的財産権の侵害の告知に際し、告知者は虚偽告知とならないように注意義務を負うことは、告知の相手方がECサイトやプラットフォーマーであっても同様であると判断されている。
そして、現在の商取引においてECサイトは重要な地位を占めているところ、商品によっては、ECサイト上で多くの数量の商品が売買されている。そのような商品については、一旦、誤った権利侵害の通知等がECサイトの運営者になされれば、ECサイトによる出品停止措置によって当該商品が販売できなくなり、その結果、出品者が多額の損害を被ることもある。本件では、出品停止措置が長くて1か月弱であったが、約650万円の逸失利益相当額の損害が認められている。
ECサイトでは権利侵害の申告のためのシステムが整備されていることもあり、知的財産権等の権利侵害の通知は権利行使の手段として容易かつ効果的なものであるが、結果的に権利侵害がないと判断された場合には、本件のように、決して少なくはない金額の損害賠償責任を負うこともあることに注意が必要である。
なお、ECサイトの運営者を告知の相手方とする場合に限らず、競業者の取引先に対する知的財産権等の権利侵害の通知等が虚偽事実の告知行為が問題となるケースにおいては、告知者が、告知者自身に故意・過失がないこと、告知行為は知的財産権侵害に対する正当な権利行使であることを理由に、損害賠償責任を負わないと争う場合が多い。しかしながら、一般的には、告知者自身に故意・過失がない、または、正当な権利行使であると判断されることは稀である。そのため、権利侵害がないと判断されれば、原則として、告知者は損害賠償責任を負うと考えるべきである。このような観点からも、ECサイトの運営者に対する通知に限られたことではないが、権利侵害の通知の際には、侵害の有無を慎重に判断しなければならないといえる。
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文責: 今井 優仁(弁護士・弁理士)