令和6年4月2日号

商標ニュース

英国:名声を獲得している図形商標と背景部分が類似するロゴの使用について商標権侵害の成立が認められる一方、防衛目的で出願された商標について、真に使用する意思がなく悪意に基づく出願として無効と判断された事例

 英国においてディスカウントスーパーマーケットとして知られる原告は、青色の正方形の中に赤く縁どられた黄色の円を配置した構成を背景として、円の中央に図案化された「LiDL」(原告の名称)の文字を配置した商標について商標権を保有し、店舗の看板等に使用するとともに、中央の文字を取り除いた商標についても広範に及ぶ商品役務について商標権を保有していた。一方、英国大手スーパーマーケットチェーンである被告は、自社の顧客ロイヤリティプログラム「Clubcard」の新たなプロモーション活動に青色の正方形の中に黄色の円を配置した構成を背景として中央に「Clubcard Prices」等の文字を配置した標章を使用するようになった。被告による当該標章の使用について、原告が商標権侵害、詐称通用(passing off)及び著作権侵害を理由として差止請求を行った。被告は反訴として、原告の文字なし商標について、識別力を欠くこと及び不使用を理由とした取消し並びに悪意に基づく出願であるとして無効を主張した。英国高等法院は、被告による商標権侵害、詐称通用及び著作権侵害の成立を認めた。その一方で、被告の反訴中、文字なし商標も識別力があるとし、文字あり商標の使用を通して使用されてきたとして不使用による取消しは認めなかったものの、文字なし商標は防衛目的で出願され、出願時に真に使用する意思があったとはいえないとして、悪意に基づく出願として無効であると判断した(Lidl Great Britain Ltd & Anor v Tesco Stores Ltd & Anor [2023] EWHC 873 (Ch))。控訴審では、著作権侵害の成立は否定されたものの、その他は第一審判決が支持された(Lidl Great Britain Ltd & Anor v Tesco Stores Ltd & Anor (Rev1) [2024] EWCA Civ 262)。

事実関係
 原告(Lidl Great Britain Ltd及びその親会社)はドイツ系のスーパーマーケットチェーンであり、英国では1994年に第一号店を開き、現在はディスカウントスーパーマーケットとして知られている。原告は、第35類の小売等の役務について、以下の構成からなる商標(「原告文字入り商標」)に係る商標権(UK2570518)を有しており、店舗の看板等に使用してきた。これに加えて、原告は文字入り商標から中央の文字を取り除いた背景部分のみからなる以下の商標(「原告文字なし商標」)についても、1995年、2002年、2005年及び2007年に商標出願し、広範に及ぶ商品役務について商標権を保有している(UK2016658A、UK2016658C、UK2016658D、UK904746343、UK902936185及びUK9064605761)。また、2021年にもさまざまな商品役務を指定して文字なし商標を出願している(UK3599128)。もっとも、これらの原告文字なし商標が単独で使用されたことはなく、常に中央に「LiDL」の文字を伴って使用されてきた。


 被告(Tesco Stores Ltd 及びその親会社)は、英国の大手スーパーマーケットチェーンであり、以前から「Clubcard」と呼ばれる顧客ロイヤリティプログラムを実施していた。2020年9月より、被告はClubcardのプロモーション活動として、特定の商品についてClubcard会員に対して購入時に割引きを行うという特典を与えるようになった。当該プロモーション活動の中では、以下のような青色の正方形の中に黄色の円を配置した構成を背景として円の内部に「Clubcard」等の文字を配置したロゴ(総称して「被告標章」)が使用されていた。


 被告標章における背景部分の使用について、原告は、被告標章の中央部分の文字の違いや有無に拘わらず、名声を獲得している原告文字入り商標及び文字なし商標との関係性を想起させるものであり、被告の商品が原告の商品と同等に高品質かつ低価格であるとの印象を抱かせるものであるから、原告の商標の識別性を害する又は不当に利用する行為であるとして、両商標権の侵害を主張し、差止を求めた。併せて、原告は、被告標章を使用することで被告は原告と同等の品質及び価格で商品を販売しているかのように装っているとして詐称通用の主張及び被告標章は原告の商標(原告文字入り商標)の本質的な部分を模倣しているとして著作権侵害の主張も行った。
被告標章の背景部分

 これに対して、被告は各侵害の成立について争うとともに、反訴として、原告文字なし商標は識別力を欠くこと又はそれ単独で使用されたことがないことから取り消されるべきであり、また文字なし商標の出願は、法的な武器としての使用を目的としていて原告に真に使用する意思はなく、悪意に基づく出願であるから無効とされるべきと主張した。

本判決

商標権侵害
英国高等法院は、2023年4月19日の判決で、商標権侵害の主張に関して、本件で特に問題となる各要件について以下のように判断して、原告文字入り商標に対する侵害の成立を認めた。

(1) 原告文字入り商標と被告標章の類似性
 Clubcardのプロモーション活動用のロゴを考案する中で、被告内部からも被告標章が原告文字入り商標と類似しその構成を流用しているようにみられるのではないかといった懸念が表明されていたことや、SNS上でも被告標章が原告文字入り商標と似ているとの指摘があったとの事実が認められた。そのような事実から、原告文字入り商標と被告標章とでは、中央の文字等の異なる点があるものの、青色の正方形の中に黄色の円が配置されているという背景について類似するとの印象が強いことから、平均的な消費者は両者が類似すると認識すると判断した。
(2) 原告文字入り商標と被告標章との結びつき
 原告文字入り商標と被告標章とで商品役務及び需要者の範囲は同一であり、原告文字入り商標は高い名声を獲得していること自体が当該商標と被告標章との結びつき(Link)を裏付けるものであるとした。そのうえで、SNS上での投稿内容や原告の顧客からの指摘、プロモーション活動開始前に被告が行った消費者調査において多くの回答者が被告標章を見て原告との関連性について言及したこと、被告内部でも混同の可能性を指摘する声があったことを挙げ、実際にも商品役務の出所及び商品価格に関する混同が生じており、被告標章を見た平均的な消費者は原告文字入り商標との結びつきがあるものと考えると判断した。
(3) 識別性への毀損
 原告は、それまで原告のような商標を使用するスーパーマーケットが他になかった状況で、それと類似する被告標章を用いた被告のプロモーション活動により、低価格なディスカウント業者としての原告の名声が希薄化したと主張していた。原告は、被告のプロモーション活動によって消費者の消費行動が変化するために原告に生じる損害を回避するために、主に被告のClubcard価格に焦点を当てた価格比較キャンペーンを行わなければならなかったと主張していた。裁判所は、これらの原告の主張を受け入れ、被告標章の使用は原告文字入り商標の識別性を毀損するものであると判断した。
(4) 識別性の不当な利用
 裁判所は、被告標章の使用は消費者の消費行動に影響を与えることも意図されており、目立たない形で徐々に原告文字入り商標のイメージを被告標章に転移させるものであったとして、被告は原告文字入り商標に化体した低価格なディスカウント業者としての高い名声を不当に利用していると判断した。
(5) 正当な理由
 被告は、通常スーパーマーケットは消費者の目を引くような色を使用するものあって、黄色を使用することや円や正方形といった図形を使用することは極めて一般的であり、また青色は被告のシンボルカラーであるため、被告標章の使用には正当な理由があると主張していた。これに対して、裁判所は、上記各要素の組合せを使用することについての正当な理由にはならないとして、被告の主張を退けた。

 原告文字なし商標についても、文字入り商標に対する侵害と同様に、裁判所は商標権侵害の成立を認めた。なお、原告文字なし商標も、それ単独では使用されたことがないものの、原告文字入り商標の使用を通して、名声を獲得していると認定された。

反訴
 原告文字なし商標についてはアンケート調査が行われており、原告文字なし商標の画像を見せられそれを何だと思うかという質問に対し、73%の回答者が原告について言及した。この調査結果から、裁判所は、消費者は原告文字入り商標の背景部分を単なる装飾的な要素ではなく、原告を示すブランドであり原告が提供する商品役務の出所を示すものとして認識していることが認められるとして、原告による永年に亘る原告文字入り商標の使用を通して文字なし商標も使用されていると判断した。
 また、原告文字なし商標の識別性について、文字なし商標の特徴は各要素の組合せにあり、ありふれたものではないとしたうえで、原告が使用してきたのは文字入り商標であるが、文字の存在が背景部分に認められる識別性に影響を与えるものではないと述べた。
 このように裁判所は、不使用による及び識別力を欠くことによる取消しを否定した一方で、悪意に基づく出願の主張について、「悪意」とは、出願時点での出願人の主観的な動機であり、倫理的行動規範や商慣行から逸脱する行為が含まれ、具体的に他者を対象としていない場合にも商標の機能の範囲から外れる目的で出願している場合には悪意が認められ得るとした。そのうえで、1995年に出願された原告文字なし商標は、広範な商品役務について独占権を確保するための法的な武器として登録されたものであり、この時点で原告には文字入り商標の使用を通じてでも真に使用する意思はなかったとし、悪意に該当すると認定した。また、その後の2002年、2005年及び2007年の出願についても、不使用に対する制裁を回避すること及び法的な武器として用いることが意図されており、これらについても悪意に基づく出願であると認定した。これに対して、2021年の出願については、2007年の出願が登録されてから約11年間の空白があったことに加え、前年に行われたブランドカラーの変更を反映したものであり、2007年以降に取扱いを始めた商品役務に関連したものでもあったことから、原告においても真に使用しているとの認識があったと認め、悪意に基づく出願には該当しないと判断した。

 その他、原告による詐称通用及び著作権侵害の主張も認められた。著作権侵害に関しては差止の必要性についても争いがあり、その後の補足判決によってこれに基づく差止も認められた。

控訴審
 第一審判決に対しては、原告文字なし商標の登録を無効とした判断について原告が、商標権侵害、詐称通用及び著作権侵害が成立するとした判断とさらに著作権侵害に基づく差止を認める判断について被告が控訴した。

 2024年3月19日に控訴院から判決が出され、商標権侵害及び詐称通用の成立と原告文字なし商標の登録を無効とする判断については、第一審判決を概ね認める内容で、双方の控訴が棄却された。なお、著作権侵害の成立については、原告の商標に独創性が認められないわけではないもののその保護範囲は狭く、被告は原告の商標中で創作性が認められる部分(青色の色調、円を正方形の中心に配置していること、円と正方形との距離)の中で少なくとも2点については模倣していないと判断され、著作権侵害の成立が否定される結果となった。

 この判決を受けて、被告はロゴを変更する予定であると報じられている。

検討
 図形の内部に文字を表示した構成の商標とその図形部分のみからなる商標の両方が登録されている状況で、図形部分についても単独で識別標識として認識されている場合に、実際には文字を伴って使用されているという事実があっても図形部分単独の識別力には影響を与えず、後者についても登録商標の使用と認めるという考え方は、従来の判断に則ったものである。
 悪意に基づく出願の問題について、それ単独で使用することはないものの、自社のロゴの背景や枠部分についても単独で商標登録している例は本件のほかにも見られる。また、不使用に基づく取消(英国及びEUでの要証期間は5年)を回避するために、それ自体は実際には使用しない防衛目的の商標について、一定の間隔で繰り返し出願するということも出願戦略として採られることがある。このように出願・登録を繰り返す行為はEvergreenと呼ばれる行為の一種であるが、欧州においてはEvergreen商標に対しては厳しい姿勢が採られており、2021年には欧州一般裁判所によって、不使用取消回避のために繰り返し出願・登録された商標が悪意に基づく出願に該当し無効と判断されている(Hasbro Inc v EUIPO (Case T‑663/19))。このような欧州における防衛目的での出願に対する厳しい対応を前提とすれば、出願戦略の見直しが必要になる可能性もあり注意が必要である。

 本判決の全文はこちら(第一審)及びこちら(控訴審)(外部ウェブサイト)

文責: 本阿弥 友子(弁護士)