令和5年10月12日号

特許ニュース

知財高裁が、後発医薬品承認申請中の差止請求権等不存在確認請求は訴えの利益を欠くと判断した事例

 後発医薬品の製造販売承認申請中の企業による、当該後発医薬品の生産・譲渡等について先発医薬品の特許権者が差止請求権及び損害賠償請求権を有しないこと、並びに、当該後発医薬品が先発医薬品特許の技術的範囲に属しないことの確認請求は、訴えの利益を欠くとして、東京地裁は訴えを却下した。知財高裁も原判決は相当と判断し、控訴を棄却した(東京地裁令和4年8月30日判決(令和3年(ワ)第13905号)、知財高裁令和5年5月10日判決(令和4年(ネ)第10093号))。

当事者
・一審原告、控訴人:  ニプロ株式会社(「ニプロ」)
            ハラヴェン®の後発医薬品(「原告医薬品」)を製造販売承認申請中
・一審被告、被控訴人: エーザイ株式会社(「エーザイ」)
            ハラヴェン®(「被告医薬品」)を製造販売
          : エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社(「エーザイRD」)
            エーザイの子会社、本件特許の特許権者
前提事実

  1. 医薬品の製造販売については、品目ごとに厚生労働大臣の承認を受けなければならないことが法律で定められている。
  2. 保険医は、薬価基準に収載されている医薬品以外の薬物を患者に処方等してはならないことが、規則で定められている。
  3. 厚生労働省の課長通知(「二課長通知」 平成21年6月5日付、医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)により、医薬品の安定供給を図る観点から、後発医薬品の承認審査において、先発医薬品の有効成分に特許が存在するために製造できない場合には後発医薬品を承認しないこと、及び、効能・効果、用法・用量(「効能・効果等」)に特許が存在する場合は、特許が存在する効能・効果等については後発医薬品を承認しない方針であること、並びに、特許に関する懸念がある品目については、事前に当事者間で調整を行い、安定供給が可能と思われる品目についてのみ薬価収載手続きをとるよう求められている。 
  4. 一般に、医薬品の製造販売をしようとする者は、承認申請を行い、GMP適合性調査などを受けて、製造販売についての厚生労働大臣の承認を受け、承認を受けた医薬品が薬価基準に収載された後、当該医薬品の製造販売に至る。

 
原告の行為等
 
  1. ニプロが、原告医薬品の製造販売について本件特許権を行使しないことの確認をするよう求める旨を令和3年5月7日付でエーザイらに通知。
  2. エーザイらは、令和3年5月21日付け書面で原告医薬品の製造販売について本件特許権を行使する可能性がある旨回答(「本件回答」)。
  3. ニプロは、令和4年2月25日付で、被告医薬品の後発医薬品として、原告医薬品の製造販売についての承認を申請。
  4. 現在、原告医薬品の製造販売を予定して開発を進めており、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を行っている。

 
原告が確認を求めた事項
 
(1)主位的請求 
  • エーザイRDが、原告医薬品の生産・譲渡等について本件特許権による差止請求権を有しないこと
  • エーザイらが、原告医薬品の生産・譲渡等について、本件特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないこと

(2)予備的請求1
  • 原告医薬品が薬価基準に収載された場合に、エーザイRDが、原告医薬品の生産・譲渡等について本件特許権による差止請求権を有しないこと
  • 原告医薬品が薬価基準に収載された場合に、エーザイらが、原告医薬品の生産・譲渡等について、本件特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないこと

(3)予備的請求2
  • 原告医薬品が本件発明の技術的範囲に属しないこと

   

争 点
  1. エーザイRDに対する現在の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
  2. エーザイらに対する現在の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
  3. エーザイRDに対する将来の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
  4. エーザイらに対する将来の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
  5. エーザイらに対する原告医薬品が本件発明の技術的範囲に属しないことの確認請求に訴えの利益があるか。

裁判所の判断
 知財高裁は、一部訂正するほか、東京地裁判決記載のとおりとして、これを引用し、本件各訴えは、いずれも訴えの利益を欠くものであるから、却下すべきと判断した。
 
1 争点1及び争点2について 
  • 確認の訴えは、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される。
  • 上記前提事実記載の内容や、ニプロが二課長通知に基づく運用のために原告医薬品の製造販売について承認がされることはないと主張していることなどより、近い将来において、原告医薬品の製造販売承認がされ、薬価基準への収載がされる蓋然性、並びに、近い将来において、承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための製造を除き、原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない。
  • エーザイは、製造販売承認の申請等のための原告医薬品の製造については、本件特許権に基づく主張をしておらず、今後も、主張をする意思もないとし、現在、エーザイらに損害は生じていないと主張している。
  • ニプロの通知に対する、本件特許権を行使する可能性がある旨の本件回答をもって、現在の本件特許権による差止請求権や不法行為による損害賠償請求権の不存在を争っているとは認められない。
  • 知財高裁は、以下も判示した。
    • 仮に、二課長通知等に基づく運用によれば、本件特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされないことが控訴人にとって問題であるとしても、控訴人と厚生労働大臣(国)との間の公法上の紛争であって、承認申請に対して不作為の違法確認の訴えの提起や厚生労働大臣等に対する不服申立て等の法的手段によって救済を求めるべきであるから本件訴訟において確認判決を得ることが必要かつ適切であると解することもできない。
    • (パテントリンケージのシステム、つまり、厚生労働省が後発医薬品の承認手続において、先発医薬品に係る特許権の侵害性を考慮するシステムが発動するということ自体が、控訴人において、特許権の侵害の有無という法律的地位が問題になっている状況にあることを意味するとの主張に対して、)「医薬品として原告医薬品が厚生労働省から承認されない」という控訴人の有する権利又は法律的地位の危険又は不安とは、控訴人と厚生労働大臣との間で問題となる事柄であり、控訴人と被控訴人らとの間の「請求権の存否に係る法律上の紛争」に係るものではない。
  • 以上より、現に、当事者間に紛争が存在し、ニプロの有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在するとは認められず、これらの各訴えに、即時確定の利益があるとは認められない。

 
2 争点3及び争点4について
  • 将来の法律関係は、法律関係としては現存せずしたがってこれに関して法律上の争訟はあり得ないのであって、仮にある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり将来争訟の起こり得る可能性があるような場合においても、このような争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前あらかじめこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというがごとき意味で確認の訴えを認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる。
  • 近い将来において、原告医薬品の製造販売承認がされ、薬価基準への収載がされる蓋然性が高いとは認められず、原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない
  • 近い将来において、ニプロとエーザイらとの間に、エーザイRDのニプロに対する本件特許権による差止請求権及びエーザイらのニプロに対する本件特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて法律上の紛争が発生することは何ら確実ではなく、現時点において、ニプロの有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。
  • 知財高裁は、以下も判示した。
    • (現在の二課長通知に基づく承認審査の実務において、裁判所が判断すべき技術的範囲の属否について、厚生労働省が機械的な処理を行っているという状況は、法治主義に反する状況というべきであって、後発医薬品メーカの裁判を受ける権利や営業の自由といった憲法上の権利をも侵害するものである旨の主張に対し、)本件で控訴人が確認を求めている対象は、控訴人と被控訴人らとの間の法律関係であって、仮に承認審査の実務に控訴人が指摘するような問題があるとしても、そのことによって、上記法律関係について確認の利益が認められることにはならない。

 
3 争点5について
  • 原告医薬品が本件発明の技術的範囲に属しないか否かの判断は事実上の判断であって、権利又は法律関係の確認を目的としないものであり、ニプロとエーザイらとの間に生じ得る法律上の紛争を解決するためには、本件特許権による差止請求等訴訟、本件特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求訴訟、不当利得返還訴訟、即時確定の利益がある場合にこれらに係る請求権の不存在確認の訴えを提起する必要があるのであり、かつ、それで足りる。
  • 知財高裁は、以下も判示した。
    • 仮に、二課長通知等によれば本件特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされることがないとしても、控訴人と厚生労働大臣(国)との間の公法上の紛争であって、かかる公法上の紛争については承認申請に対して不作為の違法確認の訴えの提起や厚生労働大臣等に対する不服申立て等の法的手段によって救済を求めるべき。
 
 
検討
 
 確認の訴えは、即時確定の利益がある場合に限り許されるのであり、その要件を満たさないニプロの訴えは却下された。
 
 日本では、後発医薬品が安定供給できるよう(つまり、上市後に特許権侵害を理由に販売を続けられなくなることがないよう)、後発医薬品の承認審査において、先発医薬品の有効成分に特許が存在する場合、及び、特許が存在する効能・効果等については後発医薬品を承認しないとの運用(パテントリンケージ)がされている。ここで、承認申請された後発医薬品の有効成分、効能・効果等が、先発医薬品の製造販売承認取得者(「先発医薬品企業」)が提出している特許情報報告票記載の特許のうち、先発医薬品の有効成分、効能・効果等に係る特許の技術的範囲に含まれるか否かは、厚生労働省が判断している。
 厚生労働省が、有効成分、効能・効果等に係る特許の技術的範囲に含まれると判断した後発医薬品は、当該特許存続中は承認されない。
 本件は、本来は含まれないにもかかわらず、厚生労働省に本件特許の技術的範囲に含まれると判断され、原告医薬品が承認されないことを回避するために、ニプロが、エーザイらは差止請求権などを有さないことや、原告医薬品が本件発明の技術的範囲に属しないこと(つまり、上市後に販売を差し止められず、安定供給できること)を厚生労働省に示すために、提起した訴訟だと思われる。
 先発医薬品企業が、パテントリンケージが働き後発医薬品は承認されないと考えていたにもかかわらず後発医薬品が承認された事例や、後発医薬品を承認申請した企業が特許上問題ないと考えていたにもかかわらずなかなか承認されずパテントリンケージが働いたのであろうかと心配する事例も起きているようである。
 
 判決では、本件の確認の訴えではなく、「承認申請に対して不作為の違法確認の訴えの提起や厚生労働大臣等に対する不服申立て等の法的手段によって救済を求めるべき」とされている。しかし、医薬品の承認申請をしており、今後も別の医薬品の承認申請を行う予定のある製薬企業が、厚生労働大臣(国)を相手に訴えを提起するのは現実には難しかろう。
 
 後発医薬品承認審査の実務において、本来裁判所が判断すべき技術的範囲の属否を、厚生労働省が判断しているという状況は、ニプロが主張する「法治主義に反する状況」であり、「後発医薬品メーカの裁判を受ける権利や営業の自由といった憲法上の権利をも侵害するもの」であるか否かはともかく、適切であるとは考え難い。
 ニプロも、厚生労働省による判断が適切になされないことを心配し、本件請求を提起したのであろう。
 厚生労働省が技術的範囲の属否判断を誤ったことにより後発医薬品を承認しなかった場合、後発医薬品を承認申請した企業は、目的とする後発医薬品の上市により得られるはずの利益を得ることができず、患者の立場からは、早期に使用できるはずである薬価の安い後発医薬品を使用することができない。一方、厚生労働省が技術的範囲の属否判断を誤って後発医薬品を承認した場合、特許権侵害訴訟による後発医薬品の差止めにつながり、後発医薬品の安定供給というパテントリンケージ制度の目的は達成できず、先発医薬品企業も後発医薬品参入により、大きな損害を受ける。
 技術的範囲の属否判断の結果が与える影響は大きく、慎重に判断されるべきことであり、後発医薬品の承認審査の約1年という期間を考えると難しいことではあるが、司法判断を取り入れるなどの適切に判断される仕組みが必要なのではなかろうか。
 
 また、日本のパテントリンケージ制度については、不明確な事項も多い。
 日本のパテントリンケージについて定める法律、政令および省令はなく、二課長通知により運用されている。二課長通知では、詳しいことは定められておらず、例えば、先発医薬品の有効成分、効能・効果等に係る特許に対し無効審決が出された場合は、無効が確定する前であっても、後発医薬品を承認するのか、それとも、無効が確定するまでは後発医薬品を承認しないのか、明確にされていない。本来、無効が確定するまでは特許は有効であるが、無効審決が出された後、無効が確定する前に、後発医薬品を承認している事例がある。先発医薬品に係る特許の無効審決の取消も珍しいわけではなく、後発医薬品の安定供給を図るとの観点からも、特許の無効が確定するまでは、後発医薬品を承認しない方がよかろう。
 日本のパテントリンケージ制度として、明確であり、技術的範囲の属否が適切に判断される仕組みの創設が望まれる。
 
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文責: 矢野 恵美子(弁理士)