令和5年5月12日号

特許ニュース

知財高裁が、特許発明に関し実施品・競合品等を製造・販売しない特許権者の損害の算定において特許法102条2項の適用を認めた事例

 特許権者(原告)は、本件で侵害されたとされる特許権を含め、自らが属するグループ会社内の知的財産権を管理する法人であるが、自らは同特許権に係る発明を実施していない。知財高裁は、同特許権者の間接的な完全親会社による管理・指示の下でグループ全体として当該特許権を利用した事業が遂行されていること、同特許権者は同グループにおける利益を追求するために当該特許権について権利行使をしていること、同グループ内で特許権者の外に当該特許権について権利行使をする主体が存在しないことを理由に、同特許権者が特許権侵害により被った損害の額の算定において特許法102条2項の適用を認めた(知財高裁令和4年4月20日判決(令和3年(ネ)第10091号))。

事案の概要

 原告バイオメット シー ブイ(オランダ法人)は、発明の名称を「軟骨下関節表面支持体を備えた骨折固定システム」とする特許(以下同特許に係る権利を「本件特許権」、発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。
 原告は、Zimmer Biomet Holdings, Inc.を最終的な親会社とするジンマー・バイオメットグループに属する会社であり、同グループの知的財産権の一部を管理する法人である。しかし、本件特許発明の実施品や競合品はもとより、何らかの製品の販売等をすることはなかった。
 本件特許発明の実施品の①設計、②製造、③輸入および日本国内での販売は、それぞれ、原告と同じジンマー・バイオメットグループに属する原告とは別の会社が行っていた。 被告メイラ株式会社は本件特許発明の技術的範囲に属する骨折固定プレート等(以下「被告製品」という。)を製造・販売していた。
 本件における争点は多岐にわたるが、本稿では、特許権侵害による損害額の算定に係る特許法102条2項に関する裁判所の判断について紹介・検討する。

第一審判決(東京地判令和3年9月30日(令和元年(ワ)第14314号))

 東京地裁は、被告による被告製品の製造・販売は本件特許権を侵害するものと判断した上で、原告の差止・廃棄請求を認めた。
 他方、損害賠償請求について、東京地裁は、「特許法102条2項が適用されるのは、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合である」と判示しつつ(知財高判平成25年2月1日(平成24年(ネ)第10015号)〔ゴミ貯蔵器大合議事件〕に同旨)、原告はジンマー・バイオメットグループの知的財産権の一部を管理しているが、本件特許権の管理を超えて何らかの製品の販売等をしていることは認められないとした上で、特許法102条2項の適用を否定して同条3項のみを適用し、90万1910円および遅延損害金の支払いを被告に命じた。

本判決(控訴審判決)

 知財高裁も、第一審と同様、被告は本件特許権を侵害しているものとして、原告の差止・廃棄請求を認めた。
 しかし、知財高裁は、損害賠償請求については、特許法102条2項の適用に関し第一審と同様に「侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められる」としつつ、概ね以下のとおり、ジンマー・バイオメットグループはZimmer Inc.の管理・指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していること、原告は同グループにおける利益を追求するために本件特許権について権利行使をしていること、同グループ内で原告の外に本件特許権について権利行使をする主体が存在しないことを理由に、第一審とは異なり特許法102条2項の適用を認めた。

  • 「…一審原告製品は本件特許権の実施品であり、一審被告製品1~3と競合するものである。そして、一審原告製品を販売するのはジンマー・バイオメット合同会社であって特許権者である一審原告ではないものの、…一審原告は、その株式の100%を間接的に保有するZimmer Inc.の管理及び指示の下で本件特許権の管理及び権利行使をしており、グループ会社が、Zimmer Inc.の管理及び指示の下で、本件特許権を利用して製造した一審原告製品を、同一グループに属する別会社が、Zimmer Inc.の管理及び指示の下で、本件特許権を利用して一審原告製品の販売をしているのであるから、ジンマー・バイオメットグループは、本件特許権の侵害が問題とされている平成28年7月から平成31年3月までの期間、Zimmer Inc.の管理及び指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価することができる。そうすると、ジンマー・バイオメットグループにおいては、本件特許権の侵害行為である一審被告製品の販売がなかったならば、一審被告製品1~3を販売することによる利益が得られたであろう事情があるといえる。」
  • 「一審原告は、ジンマー・バイオメットグループにおいて、同グループのために、本件特許権の管理及び権利行使につき、独立して権利を行使することができる立場にあるものとされており、そのような立場から、同グループにおける利益を追求するために本件特許権について権利行使をしているということができ、上記のとおり、ジンマー・バイオメットグループにおいて一審原告の外に本件特許権に係る権利行使をする主体が存在しないことも併せ考慮すれば、本件について、特許法102条2項を適用することができるというべきである。」


 損害額の算定について特許法102条2項が適用される場合、同項但書に定める推定覆滅の規定により損害額が減額され得るところ、被告は、推定覆滅事由の一つとして、本件特許権を保有・管理するのみの原告の利益は何ら害されていないことを主張した。
 しかし、知財高裁は、原告の属するジンマー・バイオメットグループにおける原告製品に係る事業遂行の状況を考慮し、本件特許権を第三者が侵害することによって原告製品の売上げが減少して、ジンマー・バイオメットグループの利益が減少し、その結果、本件特許権の保有による利益が帰属する原告の利益が害されたとして、被告が主張したことは推定覆滅事由に該当しないとした。
 そして、知財高裁は、推定覆滅に関する被告の他の主張を退け、本件において特許法102条2項但書の推定覆滅を認めず、結局、同項に基づいて算定される損害額の454万4478円および遅延損害金の支払いを被告に命じた。

検討

 特許法102条2項は、特許権の侵害行為により侵害者が得た利益をもって特許権者等が被った損害額と推定する旨を定めた規定であり、特許侵害訴訟の実務上しばしば損害賠償額の算定根拠として主張される。
 この点、特許法102条2項の適用について、平成25年のゴミ貯蔵器事件知財高裁大合議判決は、同項が適用されるためには、特許権者等が自ら特許発明を実施する必要なく、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在すれば足りると判断した。そして、かかる判断の枠組みはその後の多くの裁判例で踏襲され、現在に至っている。
 もっとも、特許法102条2項が適用されるためには、特許権者等が自ら特許発明を実施している必要はないとしても、何かしらの実施(競合品の取扱いを含む)が必要か否か、特許権者等から許諾を受けた通常実施権者による実施があれば足りるか否かという点については定まった見解はない。
 本判決は、原告自身は本件特許権に関し何かしらの実施はしていないものの、原告や事業会社を含むグループ全体で本件特許権を利用し事業を遂行していると評価でき、また、原告は独立して権利を行使し得る立場にあり、グループの利益を追求するために本件特許権を行使しているところ、他に特許権に係る権利行使をする主体が存在しないとして、特許法102条2項の適用を肯定したものである。
 このように、本判決は、原告を含むグループ全体の事業遂行の態様といった、本件特許発明の利用態様や原告に係る具体的な事情を考慮して特許法102条2項の適用を認めた事例的な裁判例であり、同項の適用に関する一般的な判断を示したものではない。また、特許法102条2項が適用されるためには、特許権者等自らによる何かしらの実施(競合品の取扱いを含む)を必要とするのが現在の通説・裁判例とされている。してみると、特許権者等が自ら特許発明を実施していない場合にもグループ会社内で同特許発明が実施されていれば一般的に特許法102条2項が適用されるということを本判決から導き出すには無理がある。
 昨今、国内企業や海外企業を問わず、特許の一括管理等を目的に、グループ会社内で生じた特許を特定の会社に帰属させるケースが見受けられる。しかし、前述のとおり、特許を管理する会社自身が当該特許等を実施・使用しない場合は、特許法102条2項に基づき算定される損害額を侵害者に請求できるとは限らない。グループ会社内の特許が特定の会社で一括的に管理されている場合において特許法102条2項に基づき算定される損害額を主張するのであれば、最低限、あらかじめ、当該特許発明を実施している事業会社と特許権を共有するか、事業会社に専用実施権または独占的通常実施権を設定し(独占的通常実施権者も特許法102条2項に基づいて算定される損害額を主張できるとされている。)、同社を損害賠償請求の主体に含めるのが適当であると考えられる。
 なお、事業会社が複数ある場合でも、実施の態様等によって専用実施権を設定し、また、専用実施権自体を共有することも可能であるため(専用実施権に関する特許法77条5項は特許の共有に関する同法73条を準用している)、複数の事業会社に専用実施権を設定することに特段支障はないと思われる。

控訴審判決(本判決)の全文はこちら(外部ウェブサイト)

第一審判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 今井 優仁  (弁護士・弁理士)