知財高裁は、トナーカートリッジの再生品に対する特許権の行使が独占禁止法に抵触し、権利の濫用にあたるとした東京地裁判決を覆し、特許権の行使は独占禁止法に抵触するものではないとして、特許権者の差止及び損害賠償請求を認容する判決を下した(知財高裁令和4年3月29日判決(令和2年(ネ)第10057号))。
事案の概要
一審原告(控訴人、以下「原告」)の株式会社リコーはプリンタとトナーカートリッジ等の製品の製造販売を行うメーカーであり、トナーカートリッジに用いられる電子部品の物理的構造と部品の配置に関する特許3件を保有している。一審被告ら(被控訴人ら、以下「被告ら」)が本件訴訟の対象となった再生品のトナーカートリッジを製造販売するに至った経緯は以下のとおりである。
①原告のトナーカートリッジには、本件発明の実施品である電子部品(「原告電子部品」)が取り付けられており、原告のトナーカートリッジが原告製プリンタに装着されると、原告電子部品のメモリに記録された情報を読み取り、トナーの残量が段階的に表示され、トナー残量が少なくなると、トナー交換の予告表示がなされるものとなっている。
②被告らは、使用済みの原告のトナーカートリッジにトナーを補充し、再生品を製造販売している。使用済みの原告のトナーカートリッジにインクを補充して原告製プリンタに装着すると、支障なく印刷動作を行うことはできるが、トナーの残量が「?」と表示され、異常が生じていることを示す黄色ランプが点滅し、「非純正トナーボトルがセットされています。」という通常とは異なる表示がなされる。また、トナー交換の予告がされず、トナーを使い切ると「トナーがなくなりました。」との表示がされるようになっていた。そのため、被告らは、従前、原告のトナーカートリッジ(旧製品)を回収した際、原告電子部品のメモリのデータを書き換え、トナーの残量表示ができるようにした上で、再生品を製造販売していた。
③その後、原告は、原告製プリンタのうち、一部の機種について原告電子部品のメモリの書き換えを制限する措置(「本件書換制限措置」)を行った。
④被告らは、メモリの書き換えができないと、残量表示に支障が生ずるため、原告のトナーカートリッジ(「原告製品」)から電子部品を取り外し、被告らが製造した電子部品に交換した上で再生品(「本件再生品」)の製造販売を行った。
原告は、被告らが製造する電子部品は原告の特許権を侵害するものであるとして、被告らが製造した電子部品と一体として販売されている本件再生品の販売等の差止及び損害賠償を求める訴訟を提起した。
争点は多岐にわたるが、以下、消尽の成否および権利濫用の成否について紹介する。
地裁判決
知財高裁判決
地裁 | 知財高裁 | |
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①トナー残量表示に「?」と表示されることによる被告の不利益 | 品質に対する不安から、ユーザーに広く受け入れられる可能性は低い。 | 「印刷できます」との表示がなされるため、ユーザーは不安を抱くものとはいえない。予備のトナーをあらかじめ用意しておくことで対応でき、ユーザーの負担は大きいものとはいえない。
→残量表示がされない再生品と純正品との機能上の差異及び価格差を考慮して、再生品を選択するユーザーも存在する。 |
残量表示がされない製品が入札条件を満たす可能性は低い。 | 残量表示がされることが入札条件ではない。 | |
競争上著しく不利益を受ける。 | 競争上著しく不利益を受けることはない。 | |
②本件特許権の侵害回避 | 回避できない。 | 回避可能。 |
③本件書換制限措置の合理性 | トナー残量表示の正確性担保のための措置としては、必要性の範囲を超え、合理性を欠く。 | 残量表示の正確性の担保という目的には、相応の合理性あり。 |
検討
原判決が、特許権の権利行使が独占禁止法に抵触し、権利の濫用として許されないと判断した稀有な裁判例であったことから、控訴審でどのような判断が下されるのか注目されていた。控訴審は、地裁と結論を異にしたが、その理由は上記①~③の事実認定が異なるためであり、特に②特許権侵害の回避可能か否かという事実が結論に影響を与えたのではないかと考える(すなわち、地裁は、書換制限措置が行われた結果、被告らによる特許権侵害が余儀なくされた、と認定したが、知財高裁の認定によれば、それが成り立たなくなる)。
原判決については、結論には賛成するとしながらも、独占禁止法によるのではなく消尽論や消尽を回避したことを理由とする権利濫用法理で解決すべきではないかとの指摘1 がなされていた。知財高裁は、消尽の成立を否定した上で、独占禁止法に抵触するかという観点から権利濫用を判断した地裁判決の枠組みについては否定しなかったが、今後、同種の事案において、どのような判断枠組みで判断されるのかも含めて、引き続き注目する必要があると考える。
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文責: 中岡 起代子(弁護士・弁理士)