令和4年11月25日号

特許ニュース

知財高裁が、特許権の行使が独占禁止法に抵触し権利濫用にあたるとした原判決を覆した事例

 知財高裁は、トナーカートリッジの再生品に対する特許権の行使が独占禁止法に抵触し、権利の濫用にあたるとした東京地裁判決を覆し、特許権の行使は独占禁止法に抵触するものではないとして、特許権者の差止及び損害賠償請求を認容する判決を下した(知財高裁令和4年3月29日判決(令和2年(ネ)第10057号))。

事案の概要

 一審原告(控訴人、以下「原告」)の株式会社リコーはプリンタとトナーカートリッジ等の製品の製造販売を行うメーカーであり、トナーカートリッジに用いられる電子部品の物理的構造と部品の配置に関する特許3件を保有している。一審被告ら(被控訴人ら、以下「被告ら」)が本件訴訟の対象となった再生品のトナーカートリッジを製造販売するに至った経緯は以下のとおりである。

①原告のトナーカートリッジには、本件発明の実施品である電子部品(「原告電子部品」)が取り付けられており、原告のトナーカートリッジが原告製プリンタに装着されると、原告電子部品のメモリに記録された情報を読み取り、トナーの残量が段階的に表示され、トナー残量が少なくなると、トナー交換の予告表示がなされるものとなっている。

②被告らは、使用済みの原告のトナーカートリッジにトナーを補充し、再生品を製造販売している。使用済みの原告のトナーカートリッジにインクを補充して原告製プリンタに装着すると、支障なく印刷動作を行うことはできるが、トナーの残量が「?」と表示され、異常が生じていることを示す黄色ランプが点滅し、「非純正トナーボトルがセットされています。」という通常とは異なる表示がなされる。また、トナー交換の予告がされず、トナーを使い切ると「トナーがなくなりました。」との表示がされるようになっていた。そのため、被告らは、従前、原告のトナーカートリッジ(旧製品)を回収した際、原告電子部品のメモリのデータを書き換え、トナーの残量表示ができるようにした上で、再生品を製造販売していた。

③その後、原告は、原告製プリンタのうち、一部の機種について原告電子部品のメモリの書き換えを制限する措置(「本件書換制限措置」)を行った。

④被告らは、メモリの書き換えができないと、残量表示に支障が生ずるため、原告のトナーカートリッジ(「原告製品」)から電子部品を取り外し、被告らが製造した電子部品に交換した上で再生品(「本件再生品」)の製造販売を行った。

 原告は、被告らが製造する電子部品は原告の特許権を侵害するものであるとして、被告らが製造した電子部品と一体として販売されている本件再生品の販売等の差止及び損害賠償を求める訴訟を提起した。

 争点は多岐にわたるが、以下、消尽の成否および権利濫用の成否について紹介する。

                 

地裁判決


(1)消尽の成否
 地裁は、「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られる」(インクタンク事件最高裁判決)と解されるので、特許製品である原告電子部品を被告電子部品に取り替える行為については、消尽は成立しないと判断した。

(2)権利濫用の成否
 独占禁止法第21条は、この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しないと定めている。地裁は、独占禁止法第21条の趣旨などに照らすと、特許権に基づく侵害訴訟においても、特許権者による特許権の行使が競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為に該当するなど、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、当該事案に現れた諸事情を総合して、その権利行使が、特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして、権利の濫用に当たる場合があり得る、との一般論を定立した。

 その上で、
①トナーの残量が「?」と表示される再生品が販売されても、品質に対する不安等からユーザーに広く受け入れられる可能性は低く、公的機関による入札において入札条件を満たす可能性が低いことから、被告らが競争上著しく不利益を受ける。

②特許権を回避しながら、残量表示を可能とする再生品の製造が可能であることをうかがわせる証拠は存在しない。

③本件書換制限措置は、トナー残量表示の正確性担保のための措置としては、必要性の範囲を超え、合理性を欠くものである。

 と認定し、原告は、十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより(上記③)、リサイクル事業者が各特許権を侵害する行為に及ばない限り(上記②)、トナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した(上記①)上で、各特許権に基づき権利行使に及んだと認められると判断した。

(3) 結論
 地裁は、原告の一連の行為を全体としてみれば、トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し、公正な競争を阻害するものとして、独占禁止法と抵触するとし、原告の特許権の権利行使は特許法の目的や趣旨に反するものとして、権利の濫用にあたり許されないと判断し、原告の請求を全て棄却した。これに対し、原告は知財高裁に控訴した。

                 

知財高裁判決


(1)消尽の成否
 知財高裁は、地裁と同様に、本件において消尽は成立しないと判断した。

(2)権利濫用の成否
 知財高裁は、権利濫用についての地裁の判断枠組みに沿って、以下のとおり、地裁が認定した①~③について異なる認定を行い、地裁判決の結論を覆した。

①電子部品を取り換えていない再生品が装着された原告製プリンタでは、トナー残量表示に「?」と表示され、残量表示や予告表示がされないものの、印刷機能に支障はなく、「印刷できます。」との表示がされるので、ユーザーが印刷機能に支障があるとの不安を抱くものではない。また、ユーザーは残量表示がされないことについて予備のトナーをあらかじめ用意しておくことで対応できることからユーザーの負担は大きいものとはいえない。そのため、残量表示がされない再生品と純正品との機能上の差異及び価格差を考慮して、再生品を選択するユーザーも存在すると認められる。さらに、残量表示がされることが公的入札の条件であるともいえない。

②電子部品の形状を工夫することで、特許権侵害とならない電子部品を製造して侵害を回避し、残量表示させることは技術的に可能である。①、②の事実に基づけば、本件書換制限措置によるリサイクル事業者の不利益の程度は小さいものと認められる。

③本件書換制限措置を行った理由が、原告製プリンタに自ら品質等をコントロールできない第三者の再生品のトナーの残量が表示され、残量表示の正確性を自らコントロールできないという弊害を排除したいというものであり、経営戦略としてハイエンドの製品にのみこれを搭載したという原告の主張には、相応の合理性が認められる。

 地裁と知財高裁の①~③の認定をまとめると下記の表のとおりである。
      
地裁 知財高裁
①トナー残量表示に「?」と表示されることによる被告の不利益 品質に対する不安から、ユーザーに広く受け入れられる可能性は低い。 「印刷できます」との表示がなされるため、ユーザーは不安を抱くものとはいえない。予備のトナーをあらかじめ用意しておくことで対応でき、ユーザーの負担は大きいものとはいえない。
→残量表示がされない再生品と純正品との機能上の差異及び価格差を考慮して、再生品を選択するユーザーも存在する。
残量表示がされない製品が入札条件を満たす可能性は低い。 残量表示がされることが入札条件ではない。
競争上著しく不利益を受ける。 競争上著しく不利益を受けることはない。
②本件特許権の侵害回避 回避できない。 回避可能。
③本件書換制限措置の合理性 トナー残量表示の正確性担保のための措置としては、必要性の範囲を超え、合理性を欠く。 残量表示の正確性の担保という目的には、相応の合理性あり。


(3) 結論
知財高裁は、以上より、原告の権利行使が、競争者に対する取引妨害として独占禁止法に抵触するものということはできないし、また、特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものであるということはできないから、権利の濫用に当たるものと認めることはできないと判断し、本件再生品の販売等の差止及び損害賠償等を認めた。

検討

 原判決が、特許権の権利行使が独占禁止法に抵触し、権利の濫用として許されないと判断した稀有な裁判例であったことから、控訴審でどのような判断が下されるのか注目されていた。控訴審は、地裁と結論を異にしたが、その理由は上記①~③の事実認定が異なるためであり、特に②特許権侵害の回避可能か否かという事実が結論に影響を与えたのではないかと考える(すなわち、地裁は、書換制限措置が行われた結果、被告らによる特許権侵害が余儀なくされた、と認定したが、知財高裁の認定によれば、それが成り立たなくなる)。
 原判決については、結論には賛成するとしながらも、独占禁止法によるのではなく消尽論や消尽を回避したことを理由とする権利濫用法理で解決すべきではないかとの指摘1 がなされていた。知財高裁は、消尽の成立を否定した上で、独占禁止法に抵触するかという観点から権利濫用を判断した地裁判決の枠組みについては否定しなかったが、今後、同種の事案において、どのような判断枠組みで判断されるのかも含めて、引き続き注目する必要があると考える。

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

第一審判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

第一審判決の解説についてはこちら


1) 田村善之「特許製品を取り替えて再生品を製造販売する行為と消尽・権利濫用の成否」新・判例解説Watch29号289~292頁、田村善之「特許にかかる電子部品を取り替えてトナーカートリッジの再生品を製造販売する行為が権利濫用を理由に特許権を侵害しないとされた事例」WLJ判例コラム臨時号236号9~16頁、張唯瑜「電子部品の取替えにより製造されたトナーカートリッジの再生品について 特許権の行使が権利濫用とされた事例―情報記憶装置事件―」知的財産政策学研究63号217-277頁、張唯瑜「再生品の製造販売に対する特許権の行使が権利濫用とされた事例」ジュリスト1573号137~140頁

文責: 中岡 起代子(弁護士・弁理士)