弁護士Yがブログに反論する目的で自身に対する懲戒請求書のPDFファイルを掲載した行為が著作権侵害であるとして懲戒請求書の作成者Xが争った事件において、東京地裁は著作権侵害を認め、ブログに掲載されている懲戒請求書のPDFファイルの削除を命じたが(東京地裁令和3年4月14日判決(令和2年(ワ)第4481号、令和2年(ワ)第23233号))、同事件の控訴審において、知財高裁は、著作権侵害の主張は権利濫用に当たると判断し、懲戒請求書の削除を命じた地裁判決を取り消した(知財高裁令和3年12月12日判決(令和3年(ネ)第10046号))。
事案の概要(経緯)
本件は、個人であるXが、刑事事件の被告人Aの弁護を担当した弁護士Yに対し、第二東京弁護士会に対して懲戒請求を行ったことに端を発するものである。
弁護士Yは、令和2年1月4日付けで、自身のブログ上に、被告人Aが、保釈条件に反し、レバノンに出国したことについて、「まず激しい怒りの感情が込み上げた。裏切られたという思いである。」、「が、一つだけ言えるのは、彼がこの1年あまりの間に見てきた日本の司法とそれを取り巻く環境を考えると、この密出国を「暴挙」「裏切り」「犯罪」と言って全否定することはできないということである。」などと記載されたブログ記事を掲載した。
個人であるXは、令和2年1月7日、第二東京弁護士会に対し、弁護士Yを対象として、X自身が作成した懲戒請求書(「本件懲戒請求書」)を提出した。本件懲戒請求書には、弁護士Yに対する懲戒事由について、「保釈中の被告人を故意か重過失によりレバノンに出国させてしまった。これは保釈の条件に違反する行為であり、その管理監督義務を懈怠する行為であり、重大な非行に該当する」などとするとともに、ブログ記事についても、 「自身が被告人を管理監督する立場にいながら、このような発言をすることは、あまりに無責任であり、違法行為を肯定する発言であり、違法行為を助長する行為である。弁護士としての品位に反する行為であるのは明白である。」などと記載した。
産業経済新聞社は、令和2年1月17日、自社のニュースサイト上に、「弁護士Yにも懲戒請求 被告A逃亡肯定「品位に反する」」と題する記事(「産経記事」)を掲載した。産経記事において、弁護士Yの令和2年1月4日付けブログ記事の内容を紹介した上で、弁護士Yに対し、「東京都内の男性」から懲戒請求が出されたこと、及び本件懲戒請求書の内容の一部を報道した。
弁護士Yは、令和2年2月4日、ブログ上に記事(「本件記事」)を掲載し、「X氏による懲戒請求に対して私が第二東京弁護士会綱紀委員会に提出した弁明書の内容は次のとおりです。」として、反論文を記載するとともに、「X氏による懲戒請求」の部分にリンク(「本件リンク」)を張り、本件懲戒請求書のうち、Xの住所の「丁目」以下及び電話番号を墨塗りしたPDFファイルをインターネット上で閲覧し得るようにした。
Xは、弁護士Yに対し、下記の理由に基づき、ブログ上の本件記事(本件リンク先のPDFファイルを含む)の削除と慰謝料200万円の支払いを求め、東京地裁に提訴した。
① 弁護士YがXの氏名を明示して本件記事を掲載したことがXのプライバシー権を侵害する。
② 弁護士Yが、Xの氏名が請求人として記載された本件懲戒請求書をPDFファイルに複製し、インターネットにアップロードした上、本件記事内に同ファイルへの本件リンクを張った行為が、(a)著作権(公衆送信権)及び(b)著作者人格権(公表権)を侵害する。
争点
訴訟において、当事者は以下の5点を主に争った。東京地裁の判決
東京地裁は、各争点について以下の通り判断した。知財高裁の判決
知財高裁は、争点①~⑤のうち、争点①~③、⑤については地裁と同じ結論を下し、④については、以下の通り、地裁とは異なる判断を下した。
知財高裁は、争点④のXの著作権侵害の主張が権利濫用にあたるかどうかについて、(ア)公衆送信権及び公表権により保護されるべきXの利益、(イ)弁護士Yによる本件記事と本件リンクの目的、(ウ)本件リンクによる引用の態様の相当性を総合考慮して判断した。
上記(ア)(Xの利益)について、知財高裁は、本件懲戒請求書は、利用者に鑑賞してもらうことを意図して創作されたものではないから、それによって財産的利益を得ることを目的とするものとは認められず、その表現も懲戒請求の内容を事務的に伝えるものにすぎないから、高度の創作性を備えるものではなく、Xが本件懲戒請求書に関して有する財産的利益及び人格的利益は、もともとそれほど大きなものとはいえない上、Xは、産経新聞社に対し、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら提供した結果、弁護士Yがブログにより、本件懲戒請求書に記載された懲戒請求の理由及び産経記事の内容に対して反論しなければならない状況をX自ら生じさせたものであり、保護されるべきXの利益は、少なくとも産経新聞社のニュースサイトに産経記事が掲載された時以降は、相当程度減少していたと判断した。
上記(イ)(本件リンクと記事の目的の正当性)について、知財高裁は、Xが本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら産経新聞社に提供したため、弁護士Yに対して本件懲戒請求がされたことが報道され、広く公衆の知るところになったのであるから、弁護士Yが、公衆によるアクセスが可能なブログに反論文である本件記事を掲載し、本件懲戒請求に理由のないことを示し、弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ手段を講じることは当然に必要であったというべきであるとして、目的は正当であったものと認められると判断した。
さらに、上記(ウ)(本件リンクの態様の相当性)について知財高裁は、以下の事情から、ブログに本件リンクを張って本件懲戒請求書を公開した行為は、本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったと認められると判断した。
- 産経記事には本件懲戒請求書の一部が引用されていたものの、その全体が公開されていた ものではないが、本件懲戒請求書の理由の欄には、その全体にわたって、懲戒請求を正当とする理由の主張が記載されていたから、弁護士Yと しては、本件記事において本件懲戒請求書の要旨を摘示して反論しただけでは、自分に都合のよい部分のみを摘示したのではないかという疑念を抱かれるおそれもあったため、その疑念を払拭し、懲戒請求の全部を引用して開示し、弁護士Yによる要旨の摘示が恣意的でないことを確認することができるようにする必要があった。
- 本件記事においては、本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書を引用しており、本件懲戒請求書が本件記事を見る者全ての目に直ちに触れるものでなく、本件懲戒請求書の全文を確認することを望む者が閲覧できるように工夫しており、本件懲戒請求書が必要な限りで開示されるような方策をとっていた。
- 本件記事は、本件懲戒請求書とは明確に区別されており、懲戒請求に理由のないことを詳細に論じるものであって、その反論の前提として本件懲戒請求書が引用されていることは明らかであり、仮に主従関係を考えるとすれば、本件記事が主であり、本件懲戒請求書はその前提として従たる位置づけを有するにとどまる。
以上から、知財高裁は、(ア)Xが本件懲戒請求書に関して有する、公衆送信権により保護されるべき財産的利益、公表権により保護されるべき人格的利益は、もともとそれほど大きなものとはいえない上、X自身の行動により、相当程度減少していたこと、(イ)弁護士Yが本件記事を作成、公表し、本件リンクを張ることについて、その目的は正当であったこと、(ウ)本件リンクによる引用の態様は、本件事案における個別的な事情のもとにおいては、本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったことを総合考慮すると、Xの弁護士Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は、権利濫用に当たり、許されないと判断した。従って、知財高裁は、懲戒請求書の削除を命じた地裁判決を取り消し、Xの請求を全て棄却した。
検討
上記述べた通り、弁護士Yがブログに本件懲戒請求書の「全文」を掲載する必要性があったかどうかという点で地裁と知財高裁とで判断が分かれ、権利濫用が成立するか否かの結論が異なった。
地裁及び知財高裁ともに、引用による利用は、本件懲戒請求書が未公表のために要件を満たさないと判断された。なお、地裁は、「未公表」という要件に加え、本件懲戒請求書の全体をアクセス可能とした行為について、「引用が公正な慣行に合致すること」、「引用が・・目的上正当な範囲内で行われるものであること」という要件も満たさないと判断した。一方、知財高裁は、引用による利用は認めなかったものの、権利の濫用の判断要素として、引用と同じような主従関係性、明瞭区別性、手段の相当性という要素をもとに判断し、反論を行うために「全文」の掲載が必要であったとして権利濫用の成立を認めた点は興味深い。
著作権の行使が権利の濫用にあたることを認めた事例は少ない。東京地判平成8年2月23日(判時1561号123頁〔やっぱりブスが好き事件〕)では、出版社の編集長が漫画家の著作物に係る原画の絵柄、セリフを改変した行為について、自ら事前に二回にわたり、皇族の似顔絵や皇族を連想させるセリフ等の表現を用いないことを合意しておきながら、締切を大幅に経過し、製版業者への原画持込期限のさし迫った時刻になって、ようやく本件原画を渡し、長時間にわたる修正の要求、説得を拒否し、編集長を他に取りうる手段がない状態に追い込んだXが、自己の懈怠、背信行為を棚に上げて、編集長がやむを得ず行った本件原画の改変及び改変後の掲載をとらえて、著作権及び著作者人格権の侵害等の理由で本件請求をすることは、権利の濫用であって許されないと判断された。
本件は、懲戒請求がなされたことが報道され、弁護士の信用や名誉の低下を防ぐために懲戒請求の内容を明らかにして反論を行うことが必要であったという特殊な事情のあるケースであるが、権利者の利益の大きさ、被疑侵害行為の目的の正当性、同行為の態様という要素を総合考慮して、権利の濫用を判断するという手法については、参考になると考えられる。
本件訴訟において、弁護士Yの行為は米国のフェア・ユースの法理により許容されるとの主張もなされたが、知財高裁は、日本の著作権法には、米国のフェア・ユースの法理を定めた規定はなく、著作権法の条文を超えて、米国における同法理を我が国において適用することはできないと判断した。
なお、本件の懲戒処分について、第二東京弁護士会は、令和3年6月14日、弁護士Yを懲戒しないことを決定した。
本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)
第一審判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)
文責: 中岡 起代子(弁護士・弁理士)