令和3年10月29日号

特許ニュース

特許侵害訴訟において、被告が構成要件充足性を「認める」と認否した構成要件について、知財高裁が裁判上の自白の成立を否定した事例

 原告が被告に対し特許権侵害に基づく差止めおよび損害賠償を求めた事件で、被告が、特許発明のある構成要件について充足性を「認める」と認否し、第一審が当該認否を前提として原告の請求を一部認容する判決をした後に、控訴審において被告が当該構成要件の充足性を争った事案において、知財高裁は、自白の成立を否定した上で、当該構成要件は充足されていないと認定し、原告の請求を棄却した(知財高裁令和3年6月28日判決(令和2年(ネ)第10044号))。

事案の概要

 コスモ石油マーケティング株式会社(「原告」)は、特許第4520670号(発明の名称:流体供給装置及び流体供給方法及び記録媒体及びプログラム)(「本件特許」)の特許権者であった。

 本件特許にかかる発明は、給油所等における流体供給装置において、プリペイドカードを用いて代金を支払う場合に生じる課題を解決するものであり、本件特許の請求項1に記載された発明(「本件発明1」)は、「記憶媒体に記憶された金額データを読み書きする」手段(構成要件1A)や、「流体の供給開始前に・・・読み取った記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取り込む」手段(構成要件1C)等を備える「流体供給装置」であった。

 他方、コモタ株式会社(「被告」)は、ガソリンスタンドにおける給油装置(「被告給油装置」)を構成する設定器(給油すべき量や顧客が支払う方法などを設定する装置)(「被告設定器」)の製造・販売等を行っていた。被告設定器は、Suica等の非接触式ICカードを使って、給油代金を支払うことを可能にするものであった。

 原告は、被告が被告設定器を製造・販売等する行為は本件特許を侵害するとして、差止めおよび損害賠償を求め、東京地裁に訴えを提起した。

 原告は、訴状において、本件発明1を構成要件1Aないし1Gに分説した上で、被告給油装置は各構成要件を充足すると主張した。

 これに対し、被告は、答弁書において、構成要件1E・1Fの充足性を争ったものの、その他の構成要件については「認める」と認否した。

 第一審判決(東京地裁令和2年1月30日判決(平成29年(ワ)第29228号))は、構成要件1E・1F以外の構成要件の充足性については当事者間に争いがないものと主張を整理した上で、構成要件1E・1Fについて均等論の成立を認め、被告給油装置は本件発明1の技術的範囲に属すると判断した。
 また、第一審判決は、本件特許には無効理由があるとの被告の主張を認めず、被告に対し、被告設定器の製造・販売の差止めおよび約4億5000万円の損害賠償を命じた。

 第一審判決に対し、原告および被告の双方が知財高裁に控訴した。
 控訴審において、被告は、①被告給油装置においては、顧客が設定した金額が非接触式ICカードから引き落とされるところ、このような顧客が設定した金額は「(記憶媒体の)金額データが示す金額以下の金額」に該当せず、被告給油装置は構成要件1Cを充足しない、②非接触式ICカードは「記憶媒体」に該当せず、被告給油装置は構成要件1A等の「記憶媒体」の文言を充足しない、と主張した。
 これに対し、原告は、被告の上記主張は、被告の第一審の答弁書における認否によって成立した自白の撤回に当たり、許されないと主張した。

本判決

 知財高裁判決(「本判決」)は、被告の上記①および②の主張は、いずれも自白の撤回に当たらないと判断した。 
 被告の上記①の主張については、本判決は、自白が成立しているかどうかは当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきものである、との一般論を述べた上で、被告が答弁書において、構成要件1Cにおいて引き落とす金額は設定機のシステムが設定するのに対して被告給油装置において引き落とす金額は顧客が指定する金額である等の主張をしていたことを挙げ、被告のこれらの主張は、実質的には、被告給油装置において行われている処理は構成要件1Cにおいて行われている処理とは異なることを主張するものであり、第一審判決が構成要件1Cの充足につき単純に争いがないとして扱ったのは不相当であり、被告の上記①の主張は自白の撤回に当たらない、と判断した。
 その上で、本判決は、顧客が設定した金額を引き落とす構成が本件特許の明細書に実施例として記載されていないこと等を理由として、顧客が設定した金額は「(記憶媒体の)金額データが示す金額以下の金額」に該当せず、被告給油装置は構成要件1Cを充足しない、と判断した。

 また、被告の上記②の主張については、本判決は、被告は答弁書における構成要件1A等の認否に際し、被告給油装置の電子マネー媒体が本件発明の「記憶媒体」に当たるとの対比を明確に争っていた訳ではないが、従前から、被告給油装置が本件発明の技術的思想を具現化したものでないことを主張しており、被告の上記②の主張は、これを、使用される決済手段の差異(プリペイドカードと非接触式ICカード)という観点から論じたものであるといえるから、被告が充足論全体について単純に認めるとの認否をしていない以上、被告が自白を撤回して新たな主張をしているとはいえない、とした。
 その上で、本判決は、非接触式ICカードには、本件特許の明細書に記載された課題が当てはまらないこと等を理由として、非接触式ICカードは「記憶媒体」に該当せず、被告給油装置は構成要件1A等の「記憶媒体」の文言を充足しない、と判断した。

なお、本判決は、仮に、被告給油装置が構成要件1Cおよび「記憶媒体」の文言を充足すると仮定した場合には、被告が控訴審において新たに主張した無効理由(公然実施発明に基づく進歩性欠如、および公知文献に基づく進歩性欠如)により、本件特許は無効とされるべきものであると判示した。 

結論として、本判決は第一審判決の被告敗訴部分を取り消し、原告の請求を棄却した。

検討

 特許侵害訴訟においては、原告が訴状の「請求の原因」の項目において、特許発明を複数の構成要件に分説した上で、各構成要件と被告製品等を対比し、被告製品等が各構成要件を充足すると主張することが一般的である。
これに対し、被告は、答弁書の「請求の原因に対する認否」の項目において、構成要件ごとに、被告製品等が当該構成要件を充足することを「認める」か「否認する(争う)」かを明らかにするのが一般的である。そして、被告が構成要件充足性を「認める」と認否した構成要件については、裁判所は、構成要件充足性について当事者間に争いがないものと主張を整理することが一般的である。
 他方、被告が答弁書において、ある構成要件の充足性を「認める」と認否した場合に、当該構成要件の充足性について裁判上の自白が成立するか否か、という問題がある。
 この点については、各構成要件の充足性がそれぞれ主要事実であり、構成要件ごとに自白が成立する、とする見解と、被告製品が特許発明の構成要件を全て充足することが主要事実であり、個々の構成要件の充足性については自白が成立しない、とする見解があり得る。

 本判決は、被告の上記②の主張に関して、被告が充足論全体について単純に認めるとの認否をしていないことを自白不成立の根拠として挙げており、このような判示からすると、本判決は、後者の見解を前提とするものであると理解することができる。

 なお、被告の上記①の主張に関して、本判決は、自白が成立しているか否かは単純に認否だけで決まるものではなく、当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきである、と述べており、この見解は妥当であると解される。

もっとも、たとえ、個々の構成要件の充足性については自白が成立しないとしても、被告がいったん構成要件の充足を認めた上で、後になって当該構成要件について非充足の主張をすることは、時機に後れた攻撃防御方法(民事訴訟法第157条第1項)として却下される可能性がある。従って、自白の成否に関わらず、被告としては、答弁書において適切に認否を行う必要があることは言うまでもない。 

なお、前述のとおり、本判決は、仮に、被告給油装置が構成要件1Cおよび「記憶媒体」の文言を充足すると仮定した場合には、被告が控訴審において新たに主張した無効理由により本件特許は無効とされるべきものである、とも判示している。
 このように、本判決の事案は、構成要件充足性が認められるためには広いクレーム解釈を採用する必要があるものの、かかるクレーム解釈を採用した場合には進歩性欠如により特許は無効になる、という事案である。このような事案において、無効論の文脈においては狭いクレーム解釈を原告が主張することを許しつつ、充足論の文脈において同じ狭いクレーム解釈を被告が主張することは自白の撤回に当たり許されない、とすることは、当事者間の公平を失している感があるのは否めない。
本判決が、被告の上記①②の主張が自白の撤回に当たらず、また、時機に後れた攻撃防御方法にも当たらないとしているのは、このような背景事情も影響していると推測されるのであり、本判決は、被告が構成要件充足性について「認める」との認否をした後に、これを撤回する余地を幅広く認めたものではないと解するのが相当である。

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

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文責: 乾 裕介(弁護士・弁理士・ニューヨーク州弁護士)