知財高裁令和2年8月20日判決(令和2年(ネ)第10016号)(本判決)は、共同出願契約における、他の共有権者の許可なく実施した場合に権利を剥奪するとの契約条項の意義が問われた裁判例であり、実務上の参考になると思われるため、紹介する。
事案の概要
X(原告、控訴人)、Y1(被告、被控訴人)、訴外B、訴外A(共有者ら)は共同事業として結ばない靴ひもを販売することとし、平成24年7月、発明の名称「チューブ状ひも本体を備えたひも」(本件発明1)に係る特許出願をし、その実施品を、Aが中国で製造し、Bが梱包し、Y1が仕入れ、Xが日本に輸入して販売を開始した。平成24年9月、当該特許出願について設定登録を受けた(本件特許権1)。
共有者らは平成24年8月に発明の名称「チューブ状ひも本体を備えた固定ひも」に係る特許出願をし、平成25年10月にその設定登録を受けた。
共有者らは、結ばない靴ひもの製造販売に関し、その権利関係等について取り決めるため、平成25年4月1日付で「共同出願契約」を締結した。共同出願契約には以下の定めがあった。
第1条(発明・発明者の確認)
控訴人、被控訴人Y、B及びAは、以下のとおり特定される本件発明について、その内容及び発明者を確認し、かつ本契約の各種権利を共有する。
発明の名称:チューブ状型組立基体の紐
発明の内容・・・
第7条(本件発明の実施)
X、Y1、B及びAは、本件発明の実施に対する協議の後、別途に定める。
第13条(違反行為)
事前の協議・許可なく、本件の各権利を新たに取得し、又は生産・販売行為を行った場合、本件の各権利は剥奪される。(X、Y1、B及びAの全員が対象である)(「本件定め」)
Xは、平成27年のY1からの最低購入数量の要請、値上げの要請、度重なる品質不良などから、Y1からの取引を拒絶されたものと判断し、日本において、独自に本件発明1の技術的範囲に属する靴ひも(X製品)の製造・販売を行うこととした。
平成28年6月15日、Y1は、Xに対し、X製品の販売行為は本件特許権1の共有持分権を侵害すると主張する別件訴訟を提起した。
Y1はY2を設立し、平成29年4月から、本件発明1の技術的範囲に属する靴ひも(Y製品)の販売を開始した。これにXは許可しておらず、A及びBは許可していた。
別件訴訟について、東京地裁(東京地判平成29年3月29日(平成28年(ワ)第19633号))は請求を棄却し(但し、Y1は本件定めにかかる主張をしていなかった)、控訴審である知財高裁は、Xによる販売行為は、特許法73条2項の「別段の定」である本件定めに違反し、本件特許権1に係るY1の持分権を侵害するとの内容を含む中間判決(知財高裁平成30年12月26日平成29年(ネ)第10049号中間判決)を言い渡した。
Xは、Y1及びY2に対し、Y2による販売行為は本件特許権1を侵害するとして、Y製品の輸入販売行為の差止め等を求めて、本件訴訟を提起した。原審は請求を棄却したため、Xは控訴した。
本判決の原審東京地裁の判断(東京地裁令和2年1月30日判決(平成31年(ワ)第4944号))
原審である東京地裁は本件定めについて以下のとおり判断し、Xの請求を棄却した。
「本件定めは、特許法73条2項の「別段の定め」として、本件各特許権の共有者がその特許発明の実施である生産又は販売をすることについて、事前の協議及び許可を要するとして、他の共有者との事前の協議及び許可がなければ本件発明を実施することができないとしてその実施を制限している。そして、本件定めは、これに違反した場合には「本件の各権利は剥奪される。」との効果を定めるところ、・・・違反をした共有者は、違反行為後は、少なくとも、他の共有者に対してそのような許可を与えたり、許可を与えないとしたりする根拠を失うと解するのが相当である。そして、その結果、違反者以外の共有者は、違反者との事前の協議及び許可を得なくとも、違反者以外の共有者との事前の協議及び許可により本件各特許権を実施できるようになると解される。」
本判決
知財高裁(第1部)は本件定めについて以下のとおり判断し、Xの控訴を棄却した。
「本件共同出願契約の約定のうち「本件発明の実施」との見出しを有する第7条は、各共有者が協議の上で別途定めるとするものの、「違反行為」との見出しを有する第13条が、事前の協議・許可なく、本件特許権を実施して生産・販売行為を行った場合、その特許権が剥奪されるとしている(本件定め)。
そして、上記各約定を併せて読み、本件共同出願契約が締結された上記の経緯や、靴ひもの製造販売に関する共同事業の前提となる権利関係等を確認するための法的合意文書であるという契約書の性格にも照らせば、各共有者は、既に明示又は黙示的に合意されている事業形態(商流)に沿って発明を実施することは、各共有者においてすることができる一方、それと異なる態様での自己実施については、別途の協議、すなわち、事前の協議・許可を要し、これをすることなく、既に取得された特許権の実施として製品の生産・販売行為をすることは許されないとして制約したものと解される。
また、本件定めの「剥奪される。」との文理からすると、他の共有者の事前の協議・許可を経由することなく、本件各特許権に係る発明を、自ら実施して、製品の生産又は販売をした共有者は、本件各特許権に係る自己の持分権を喪失するものと解するのが相当である。なお、特許権の移転、放棄による消滅が登録しなければ効力を生じないことを定めた特許法98条1項は、権利の得喪に伴い権利の帰属が問題となる当事者間において、当該権利の得喪の効果を認めることの支障にはならない。」
「Xは、平成28年4月以降、従前の事業形態(商流)とは異なり、独自にX製品を日本で製造し販売している。そして、原告販売行為について、他の共有者であるY1、B及びAとの事前の協議や許可はされていないから、Xは、本件定めに違反したものとして、本件各特許権の持分権を喪失したというべきである。」
「本件定めにいう「事前の協議・許可」をすることできる法的地位、すなわち、他の共有者が特許発明を実施することについて事前の協議及び許可をすることのできる法的地位は、本件各特許権の共有持分権の内容を構成するものと解されるから、本件定めに違反し、持分権を喪失した共有者は、以後、他の共有者がする発明の実施について協議や許可に関与する余地はなくなるものと解される。」
「そして、Xが、被告販売行為の開始に先立つ平成28年4月以降、従前の事業形態(商流)とは異なるものとして、独自にX製品を日本で製造し販売したことにより、その共有持分権を喪失していることは、前記・・・のとおりであるから、Y販売行為についてXの同意ないし許可は要しないというべきである。」
解説
共同でなした特許出願が特許査定を受け登録されると、又は、単独所有の特許権であっても持分が他者に譲渡されると、特許権は複数の者の共有となる。特許権の共有は、共同研究開発を契機として生じることが多いと思われるが、それ以外にも、事業上の関係の維持や強化のために、共有関係が作出されることもある。
特許権が共有となった場合、共有者間で別途合意をしていない限り、特許法上の規律がそのまま適用され、第三者への実施許諾や持分譲渡には他の共有権者の同意が必要となる(特許法73条1項・2項)。自己実施については、特許法73条2項に「各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる。」との定めがあり、「別段の定」がない限り、各共有権者が共有にかかる特許発明を実施することは自由とされている。特許法の定めとは異なる運用をし、あるいは特許法に定めのない事項を規定するためには、特許権の共有者間で、あるいは特許権の共有者となることが想定される共同出願者の間で、共有となった特許権をどのように取り扱うかについて事前に合意しておくことが必要となる。また、特許権の共有関係の解消は、共有持分の移転又は放棄により実現されるところ、その効力発生には登録原簿への登録という特許庁における手続きが必要とされている(特許法98条1項1号)。
本件において、共同出願契約13条は「事前の協議・許可なく、本件の各権利を新たに取得し、又は生産・販売行為を行った場合、本件の各権利は剥奪される。」と定めていたところ、XがY1を含む他の共有者の許可なく独自に製造販売を開始した後、Y1もXの許可なく独自に製造販売を開始していた。
別件訴訟においてY1は、Xの実施行為がY1の共有持分権を侵害するものと主張したところ、知財高裁は共同出願契約13条が特許法73条2項の「別段の定」にあたると判断した。そうすると、共同出願契約により、いずれの共有権者も、他の共有権者の許可なく自己実施はできないことになり、これに違反するXの行為はY1の共有持分権の侵害を構成することになる。
本件訴訟においては、Xの側が、Y1・Y2の実施行為についてXの共有持分権を侵害すると主張した。原審東京地裁は、Xは、共同出願契約13条が特許法73条2項の「別段の定」にあたるところ、Xの行為によりXの「本件の各権利は剥奪される」ことについて、13条に定める許可を与える根拠を失うと解釈し、これによりY1はXの許可なく実施することができることになると判断した。
本判決は、「本件の各権利は剥奪される」について、「本件各特許権に係る自己の持分権を喪失する」と解釈した。特許法98条1項1号は、特許権の移転、放棄による消滅について登録を効力発生要件と定めるため、登録なくして「剥奪」の効果が発生するのかが問題となり得る。特許権の共有者間においても、移転や放棄を登録しなければ共有持分権の喪失の効力を発生しないとすると、共有者間において何らかの事由に該当した場合に共有持分権を喪失することを合意したとしても、共有持分権を喪失する者の協力を要する移転や放棄の手続きを行わなければ、意味がないことになる。
この点について、本判決は、「特許法98条1項は、権利の得喪に伴い権利の帰属が問題となる当事者間において、当該権利の得喪の効果を認めることの支障にはならない」と判示した。本判決は、共有者間など、権利の帰属が問題となる当事者間においては、登録せずとも合意のみで、権利の得喪の効果を認めることができるとの判断を示したという意義を有する。
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