令和2年6月15日号

特許ニュース

知的財産高等裁判所特別部、特許法102条第1項の逸失利益の推定とその覆滅についての基準を示す

特許第5356625号(以下「特許権1」という。)、特許第5847904号(以下「特許権2」という。)を有する一審原告が、一審被告に対し、一審被告が販売等する被告製品(美容器のローラー)が本件各特許権に係る発明の技術的範囲に属すると主張して、特許権侵害に基づき、その差止め、廃棄、損害賠償金の支払いを求めた事案において、原判決は、被告製品の販売は、特許権2を侵害するとして、被告製品の販売等の差止め及び廃棄を認め、一審被告に対する損害賠償請求の一部を認容したが、知財高裁は特許法102条1項についての基準を示した上で損害額についての原審の判断を変更した(令和2年2月28日知財高裁大合議判決(平成31年(ネ)第10003号))。

一審原告の特許発明の特徴部分は一審原告や一審被告が製造販売する製品の一部(美容器のローラーの軸受け)に関するものであるという事情があったが、原判決は、損害賠償額の認定に当たり、原告製品の単位数量当りの利益の額に被告製品の譲渡数量を乗じた額から、本件特許権2の寄与率は10%であるとして9割の減額をし、さらに、被告製品の価格が原告製品に比べて廉価であり購入者層等が異なるという事情から、被告製品の譲渡数量のうち50%については一審原告には販売することができない事情があったとして5割を控除した。知財高裁特別部(大合議)も特許権2についての侵害を認め、被告製品の販売等の差止め及び廃棄を認めたほか、発明の特徴部分が原告製品の一部にとどまることを「単位数量あたりの利益の額」の算定の問題として扱い、覆滅を6割認め、さらに、被告製品の譲渡数量のうち50%については一審原告には販売することができない事情があったとして5割を控除し、損害額についての原審の判断を変更した。

事案の概要

一審原告の株式会社MTGは、特許権者であり、美容機器等の企画、開発、製造販売を業とする株式会社であり、美容器を販売している。

一審被告の株式会社ファイブスターは、美容健康機器等の販売、輸出入業務等を業とする株式会社である。被告製品は、「ゲルマ ミラーボール美容ローラー シャイン」という名称の美容器等9種類の美容器(下記写真)である。


本判決

本件の争点は、充足論、無効論、損害論であった。本判決は、被告製品は特許権1を侵害するものではないが特許権2を侵害しており、特許権2については無効理由が存するとは認められないとし、約4億4000万円の損害賠償を命じた。以下損害論について、紹介する。

本判決は、以下に示す令和元年改正前特許法102条1項について判断したものであり、下線で示した4点についての解釈を示した。

令和元年改正前特許法102条1項
 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、(1)特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の(2)単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、(3)特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を(4)特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。

(1) 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物
 本判決は、「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品、すなわち、侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者の製品であれば足りることを示した。
本件については、原告製品は特許発明の実施品であるため、「侵害の行為がなければ販売することができた物」に当たることは明らかと判断した。

(2) 単位数量当たりの利益の額
ア 本判決は、「単位数量当たりの利益の額」は、特許権者の製品の売上高から、特許権者において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあることを示した。
具体的には、売上高から、製造原価及び原告製品の製造販売に直接関連して追加的に必要になった費用(販売手数料、販売促進費、ポイント引当金、見本品費、宣伝広告費、荷造運賃、クレーム処理費、製品保証引当金繰入、市場調査費)を控除した金額が限界利益(原告製品1個あたり5546円)となると判断した。
イ ただし、特許発明2が、美容器の一部である軸受け部材等に特徴のある発明であること、原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は美容器のうちローリング部の構成であり、また、原告製品は、ソーラーパネルを備え、微弱電流を発生させており、これにより、顧客誘引力を高めているものと認められるとして、本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから、原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく、原告製品においては、上記の事実上の推定が一部覆滅されると判断した。
その上で、特許発明2の特徴部分の原告製品における位置付け、原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると、同覆滅がされる程度は、全体の約6割であるとし、原告製品の単位数量当たりの利益の額は、2218円(5546円×0.4=約2218円)であると判断した。

(3) 特許権者又は専用実施権者の実施の能力
本判決は、「実施の能力」は、潜在的な能力で足り、生産委託等の方法により、侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合も実施の能力があるものと解すべきであり、その主張立証責任は特許権者側にあることを示した。
一審原告は、毎月の平均販売個数に対し、約3万個の余剰製品供給能力を有していたと推認できるのであるから、この余剰能力の範囲内で月に平均2万個程度の数量の原告製品を追加して販売する能力を有していたから、一審原告には、一審被告が販売した被告製品の数量の原告製品を販売する能力を有していたと認められるとした。

(4) 特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情
本判決は、「特許権者が販売することができないとする事情」は、侵害行為と特許権者の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい、例えば、①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当し、上記の事情及び同事情に相当する数量の主張立証責任は、侵害者側にあることを示した。

一審被告は、販売できない事情として、(a)原告製品と被告製品の価格の差異や販売店舗の差異、(b)競合品が多数存在すること、(c)被告製品における軸受けの製造費用は全体の製造費用の僅かな部分を占めるにすぎないこと、(d)軸受けの部分は外見上認識することができず、代替技術が存すること、(e)原告製品は、微弱電流を発生する機構を有しているが、被告製品はそのような機構を有していないこと、(f)一審被告の営業努力を主張した。

本判決は、(a)については、原告製品は、比較的高額な美容器であるのに対し、被告製品は、原告製品の価格の8分の1ないし5分の1程度の廉価で販売されていることからすると、被告製品を購入した者は、被告製品が存在しなかった場合には、原告製品を購入するとは必ずしもいえないというべきであるから、価格の差異を販売できない事情として認めることはできるが、販売態様の差異については販売できない事情として認めることはできないとした。(b)及び(f)については、証拠上認めることができない、(c)は既に「単位数量当たりの利益の額」として考慮済であり、(d)や(e)は販売できない事情とはならないとして否定した。

販売できない事情として認められる(a)については、原告製品及び被告製品の価格差は小さいとはいえないが、美容器という商品の性質からすると、その需要者の中には、価格を重視せず、安価な商品がある場合は同商品を購入するが、安価な商品がない場合は、高価な商品を購入するという者も少なからず存在するものと推認でき、原告製品は、ローラの表面にプラチナムコートが施され、ソーラーパネルが搭載されて、微弱電流を発生させるものであるから、これらの装備のない被告製品に比べてその品質は高いということができ、原告製品の販売価格が約2万4000円であるとしても、3000円ないし5000円程度の販売価格の被告製品の需要者の一定数を取り込むことは可能であると認定した。そして、このような事情を考慮すると、販売できない事情に相当する数量は、全体の約5割であると認めるのが相当であると判断した。

(5) 損害額について
以上より、特許法102条1項に基づく一審原告の損害額は、
被告製品の譲渡数量35万1724個×販売できない事情5割×単位当たりの利益率2218円(限界利益5546円×0.4=約2218円)≒3億9006万円
となり、これに弁護士費用5000万円を加えた合計4億4006万円が原告の損害額として認定された。

検討

特許法102条2項及び3項については、令和元年6月7日知財高裁大合議判決(平成30年(ネ)第10063号)(以下「令和元年知財大合議判決」という。)において既に基準が示されていたが、本判決は、特許法102条1項についての基準を網羅的に示した点で意義がある。なお、102条は、令和元年(令和2年4月1日施行)に改正されたが、本判決は、改正後の特許法102条の解釈にも妥当するものと考えられる。
特に、原審と本判決では、特許発明の特徴部分が原告製品及び被告製品の一部であるという事情に基づく減額方法についての理論構成及びその適用(上記(2)イ)が異なるが、かかる問題の理論構成及び基準を示した点で本判決の意義は大きい。以下、上記(1)から順に検討する。

(1) 侵害の行為がなければ販売することができた物
特許権者等が販売等する製品が特許発明の実施品であることを要するか競合品であれば足りるとするかについては、従来議論があったが、本判決により、近年の多くの裁判例で示されていた競合品であれば足りるとする考え方を採用することが示された。なお、原告製品は特許発明の実施品であるため、この点は判決の結論には影響しない。また、本判決は、原告製品は、ソーラーパネルにより発生された微弱電流を発生する機構を有しており、百貨店等での希望小売価格が2万3800円であること等、原告製品が被告製品とは異なる機構を備え、被告製品とは異なる販売ルートを持つ高額商品である事実を挙げてはいるが、これらの違いから原告製品が被告製品の「競合品」であることを否定していない。価格が異なる点は、「特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」で考慮されており、競合品であるか否かについてはそれほど厳密には判断されないものと考えられる。

(2)単位数量当たりの利益の額
ア 本判決は、単位数量当たりの利益の額について、通説となっていた限界利益説を採用することを明示した。
イ 特許発明の特徴部分が原告製品及び被告製品の一部であるという事情をどのように扱うかについては、従来、①「単位数量あたりの利益の額」の問題として考慮する説(本文説)、②「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」の問題として考慮する説(但書説)、③1項但書以外の減額事由として考慮する説(但書外説)等、見解が分かれていた。

原審は、「製品全体の販売による利益を算定の根拠とした場合、本来認められるべき範囲を超える金額が算定されかねないことから、当該特許が製品の販売に寄与する度合い(寄与率)を適切に考慮して、損害賠償の範囲を適切に画する必要がある。」とし、「軸受は、美容器の一部分であり、需要者の目に入るものではないし、被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり、ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解されるから、本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合いは高くなく、上記事情を総合すると、その寄与率は10%と認めるのが相当である。」と判断した。原審は、「販売することができないとする事情」とは別に寄与率について判断していることから、②但書説によったものではないといえるが、その理論構成は明確ではなかった。

本判決は、「特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても、特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定される」としながらも、「本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから、原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく、したがって、原告製品においては、上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべき」として、「原告製品の『単位数量当たりの利益の額』の算定に当たっては、原告製品全体の限界利益の額である5546円から、その約6割を控除するのが相当」であると判断した。このように、本判決は、特許発明の特徴部分が製品の一部であるという事情を、①「単位数量あたりの利益の額」の問題として考慮する本文説に立つことを明確にしたものといえる。

なお、本判決は、損害額の算定前に、「仮に、一審被告の主張が、これらの控除とは別に、本件発明2が被告製品の販売に寄与した割合を考慮して損害額を減額すべきであるとの趣旨であるとしても、これを認める規定はなく、また、これを認める根拠はないから、そのような寄与度の考慮による減額を認めることはできない。」と述べた。かかる判示は、③1項但書以外の減額事由として考慮する説(但書外説)は採用しないことを明らかにしたものと考えられる。

原判決も本判決も、軸受けが製造原価に占める割合を貢献度(寄与率)とすべきであるとする一審被告の主張を排斥した点は同様である。ただし、上記述べた理論構成に加えて、原判決が「本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合い」である「寄与率」を考慮して9割の覆滅を認めたのに対し、本判決では、「特徴部分が原告製品の販売による利益に貢献」した割合を考慮して6割の覆滅と判断している点が異なっており、原審と知財高裁では覆滅の割合が異なるために、最終的な損害額が地裁と比較して大幅に増額された。覆滅の割合が地裁と知財高裁で異なる理由は明らかではないが、本判決では、原則的には限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが推定されるという立場をとり、原告製品において特徴部分がどれだけ販売に貢献したかということに着目して覆滅の程度を定めており、原審であげた(a)軸受は美容器の一部分であり需要者の目に入るものではなく、(b)代替技術も存在するという、特許発明の技術の寄与率を否定する事情については単位数量当たりの利益の額の算定に当たり挙げられていない。つまり、本判決は、寄与率ありきで減額事情を考慮するのではなく、原則は逸失利益の全額であるが、覆滅されるような事情があればその割合を考慮するという立場をとったがために覆滅の割合が原審より低くなったのであろうと考えられる。(なお、本判決では、上記(a)と(b)については「販売することができないとする事情」として認められないと判断している)。

上記述べた通り、本判決は、寄与度の考慮による減額を認めることはできない旨述べ、原告製品の販売による利益に貢献した割合を考慮して推定が「覆滅」されるとして、寄与率という言葉を避けた。この点も、損害額の認定に当たっては、寄与率ではなく、推定覆滅事由を考慮すべきという昨今の知財高裁の立場が表れているといえる。

なお、原判決が被告製品への販売の寄与度を考慮したのに対し、本判決では、特徴部分が原告製品の販売の利益に貢献したかを考慮しており、対象とする製品が被告製品か原告製品かで異なっている。ただし、原告製品を基準とすると、被告製品にはない装備を原告製品が備えているため、むしろ特許技術が貢献する割合は低くなるのではないかと考えられるため、この違いにより覆滅割合が大きく変わったものとは考えられない。ただし、本判決のように(原告製品の)「単位数量あたりの利益の額」をベースとするのであれば、原告製品の販売の貢献度を基準とすべきであろうと考える。また、本件は、特許製品が特許発明の実施品であったため、「特徴部分が原告製品の販売による利益に貢献した割合」を考慮することができたが、特許製品が競合品にすぎず、特許発明の実施品ではない場合、かかる問題をどのように判断するかは、本判決からは明らかでなく、今後の判決を待つ必要がある。

(3) 特許権者又は専用実施権者の実施の能力
実施の能力については、一般的に潜在的な能力で足りるものと解されており、本判決もかかる基準に従うことを明らかとした。

(4) 特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情
「特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」とは、従来から侵害行為と特許権者の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情であると解されており、本判決もかかる考え方を採用することを明らかとした。本判決で挙げられた市場の非同一性等の事情は、令和元年知財高裁大合議判決において示された特許法102条2項における推定覆滅の事情と同じである。

以上述べたとおり、本判決は、特許法102条1項についての基準を網羅的に示し、特に、特許発明の特徴部分が原告製品及び被告製品の一部である場合の損害額の考え方や基準を示した点で意義は大きい。

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文責: 中岡 起代子 (弁護士・弁理士)