令和元年9月27日号

特許ニュース

最高裁、法令の解釈適用を誤った違法があるとして、発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定した知財高裁判決を破棄

発明の効果が、予測できない顕著なものであるかについては、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することが必要(最高裁令和元年8月27日第三小法廷判決(平成30年(行ヒ)第69号)。

事案の概要

被上告人が、本件特許(特許第3068858号)に対し、特許無効審判を請求したところ、同請求は成り立たない旨の審決を受けたため同審決の取消しを求める事案である。

争点は、進歩性の有無に関し、当該発明が予測できない顕著な効果を有するか否かである。

経緯を以下に示す。

平成23年2月3日 特許無効審判請求(無効2011-800018)
平成23年5月23日 訂正請求(第1次訂正)
平成23年12月16日 審決(第1次審決:第1次訂正を認め、特許無効の審決)
平成24年4月24日 第1次審決の取消訴訟提起(平成24年(行ケ)第10145号)
平成24年6月29日 訂正審判請求
平成24年7月11日 知財高裁、第1次審決を取消
平成24年8月10日 訂正請求(第2次訂正)
平成25年1月22日 審決(第2次審決:第2次訂正を認め、請求不成立)
平成25年3月1日 第2次審決の取消訴訟提起(平成25年(行ケ)第10058号)
平成26年7月30日 知財高裁、第2次審決を取消(前訴判決)
平成28年1月12日 上告不受理の決定により、前訴判決確定
平成28年2月1日 訂正請求(本件訂正)
平成28年12月1日 審決(本件審決:本件訂正を認め、請求不成立)
平成29年1月6日 本件審決の取消訴訟提起(平成29年(行ケ)第10003号)
平成29年11月21日 知財高裁、本件審決を取消(原判決)

請求の範囲記載の用途の概要

*特許登録時のクレーム
化合物Aまたはその塩を含むアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な眼科用組成物

*第1次訂正
化合物Aまたはその塩を含むヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な眼科用組成物

*第2次訂正
化合物Aまたはその塩を含むヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な、点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤

*本件訂正
化合物Aまたはその塩を含むヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な、点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤

前訴判決

以下に基づき、KW-4679(注:化合物Aのシス異性体の塩酸塩であり、請求項で特定された有効成分に含まれる)についてヒト結膜肥満細胞安定化作用を確認し、ヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到できたと判断し、第2次審決を取り消した。なお、予測し難い顕著な効果の有無については判断していない。

*引用例1記載の動物実験結果に基づき、KW-4679を含む点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として試みる動機づけがあった。

*上記を試みる際には、ヒトのアレルギー性結膜炎を抑制する薬剤の研究・開発で一般に行っていた肥満細胞から産生・遊離される化学伝達物質に対する拮抗作用と化学伝達物質の肥満細胞からの遊離抑制作用の確認を当然に行ったであろう。

*引用例2には、化合物Aを含む一般式で表される化合物のPCA抑制作用について、皮膚肥満細胞からの化学伝達物質の遊離抑制に基づくものと考えられるとの仮設が記載されており、仮説を検証するために化合物Aについて肥満細胞からの化学伝達物質の遊離抑制作用を確認する動機づけがあった。

原判決

知財高裁は、以下のとおり、本件審決には、引用発明1に基づく進歩性判断の誤りがあるとして、本件審決を取り消した。

1)発明の容易想到性は、当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであるが、その効果が明細書に記載されている、或いは、明細書又は図面の記載から当業者がその効果を推論できることが必要である。

2)確定した前訴判決によれば、引用例1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる際に、KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し、ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる。そうすると、請求項で特定された化合物がヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有すること自体は、当業者にとって予測し難い顕著なものであるということはできない。

3)引用例には、請求項で特定された化合物がヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかということについて、明示的な記載はされていないものの、請求項で特定された化合物とは別の化合物について、眼でのアレルギー反応誘発試験を行い、涙液中のヒスタミン遊離抑制率を測定した結果(データ)が開示されており、広い濃度範囲にわたって高いヒスタミン放出阻害効果を維持する化合物が存在することが知られていた。

4)上記を考慮すると、本件明細書に記載された、本件発明の化合物を含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が、当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。

本判決

最高裁は、令和元年8月27日、原判決を破棄し、知財高裁に差し戻す判決を下した。

「本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに、当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず、また、本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると、本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって、本件各発明の効果の程度が、本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。」

「原審は、結局のところ、本件各発明の効果、取り分けその程度が、予測できない顕著なものであるかについて、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく、本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく、このような原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」

検討

1)進歩性判断における効果の程度の考慮

本判決は、進歩性の判断において、本件発明の効果が、予測できない顕著なものであるかについて、本件発明の構成から当業者が予測することができた効果か否か、さらには予測できた範囲の効果を超える顕著なものであるかを検討する必要があることを示した。

本判決は、本件発明の構成から予測することができた効果であっても、その程度が本件発明の構成から予測できない顕著なものであれば、進歩性が認められることを明らかにしている。


2)原判決の判断
原判決では、本件発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討をしておらず、化合物の構造の類似性に関わりなく、本件発明の有する効果と同等の効果を有する化合物が知られていることより、予測できた範囲の効果を超える顕著なものではないと判断した。

そして、本判決により、この判断の仕方が、否定された。


3)審査基準について
現在の審査基準では、進歩性の具体的な判断の方法として、以下を記載している。

*審査官は、先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、以下の(1)から(4)までの手順により、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断する。
(1) 審査官は、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情に基づき、他の引用発明を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。
(2) 上記(1)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。
(3) 上記(1)に基づき、論理付けができると判断した場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く要素に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で論理付けができるか否かを判断する。
(4) 上記(3)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。
上記(3)に基づき、論理付けができたと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断する。

そして、「進歩性が肯定される方向に働く要素」として、「引用発明と比較した有利な効果」と「阻害要因」が記載されており、「引用発明と比較した有利な効果」について、以下の説明を行っている。

 引用発明と比較した有利な効果が、明細書等の記載から明確に把握される場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く事情として、これを参酌し、引用発明と比較した有利な効果とは、発明特定事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。

そして、以下の(i)又は(ii)のような場合に該当し、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであることは、進歩性が肯定される方向に働く有力な事情になるとしている。

 (i) 請求項に係る発明が、引用発明の有する効果とは異質な効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたものではない場合

 (ii) 請求項に係る発明が、引用発明の有する効果と同質の効果であるが、際だって優れた効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたものではない場合

また、以下の(i)又は(ii)の場合は、意見書等において主張、立証がなされた、引用発明と比較した有利な効果が参酌される。

(i) その効果が明細書に記載されている場合

(ii) その効果は明細書に明記されていないが、明細書又は図面の記載から 当業者がその効果を推論できる場合

(「特許・実用新案審査基準 第 III 部 第 2 章 第 2 節 進歩性」)(外部ウェブサイト)

4)審査基準と原判決の比較
審査基準に則ると、進歩性の判断において、本件発明の効果の程度が、予測できない顕著なものであるかを判断する際に、引用発明1との比較において際だって優れた効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたかどうかを出願人が主張立証し、その出願人の主張に基づいて判断することになる。

したがって、知財高裁の採った判断手法は、本件発明の効果の程度を引用発明1と比較していない点で、審査基準の判断手法とは異なる。

一方、進歩性の判断において考慮される効果は、明細書に記載されている、或いは、明細書または図面の記載から当業者がその効果を推論できることが必要であるとの知財高裁の判断は、審査基準と一致しているように思われる。


5)審査基準と本判決の比較および今後について
前述のとおり、審査基準には、進歩性が肯定される方向に働く要素として、引用発明と比較した有利な効果、および、副引用発明を主引用発明に適用する阻害要因が挙げられている。

一方、今回最高裁が示した、本件発明の効果が、本件発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである場合には、進歩性が肯定される方向に働くことは記載されていない。

本判決に基づけば、引用発明として、本件発明の有効成分と構造類似の別化合物の物質またはその用途発明が挙がっており、優先日前の先行技術に基づきその引用発明の化合物の効果の程度が予測できる場合は、構造類似性に基づいて、本件発明の構成から効果の程度を予測し、実際に測定した本件発明の効果の程度が、予測できた範囲の効果を超える顕著なものであれば、進歩性を認められるのであろう。

医薬分野の通常の審査では、引用発明として、本件発明と構造類似の別化合物の物質またはその用途発明が挙げられた際に、同質の効果の程度が顕著であることを主張する場合は、審査基準に則り、本件発明と引用発明の化合物の効果の程度を比較し、本件発明の化合物の効果が引用発明の化合物の効果を超える顕著なものであることを立証することにより、進歩性を主張するのが一般的であるように思われる。

しかし、本件のように、本件発明の有効成分である化合物が引用発明と重複する場合、引用発明の化合物と実験的に比較することでは、効果が同等になってしまうために、その効果の程度が際だって優れていることを示すことはできない。

一方、本判決に基づけば、引用発明と比較して優れた効果であるかどうかを問わず、本件発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである場合には、進歩性が肯定されるので、優先日前の先行技術に基づいて、本件発明の有効成分であり引用発明の化合物の効果の程度を本件発明の構成から予測し、実際に測定した本件発明の効果の程度が、予測できた範囲の効果を超える顕著なものであれば、進歩性を認められるのであろう。


化学の分野では、構造からその活性を予測することが難しいといわれている。

したがって、構造が類似している化合物の効果の程度、または、その効果の程度を推論できるデータなどが出願前に知られている場合を除き、本件発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を立証することは難しいと思われ、今後、実務においてどのような判断がなされるのか見守りたい。

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 矢野 恵美子(弁理士)