「パクとモグ」の文字からなる商標登録を有する原告が、被告による「PAKUMOGU」及び「パクモグ」等の文字から構成される標章の使用に対する差止及び損害賠償を求める訴訟を提起し、東京地裁は、商標及び指定役務の類似性を肯定し、差止及び損害賠償を認めた(東京地判令和7年1月24日(令和4年(ワ)第11316号)。
事案の概要
原告は、菓子の製造販売等を業とする株式会社グレープストーンである。被告は、国内外外食事業宅食事業等を業とするワタミ株式会社である。
原告の登録商標及び被告の使用商標は以下のとおりである。
原告登録商標の指定役務は、いずれも「菓子及びパンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、但し、パンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供を除く」である。
パンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供の指定役務については、令和4年12月2日に、被告が不使用取消審判を請求し、原告が何も答弁しなかった結果、取り消されるに至った。
被告は「PAKU MOGU(パクモグ)」という名称のミールキット(カット済み、下ごしらえ済み食材、調味料、レシピ等がセットになったもの)を販売していたところ、その包装、ウェブサイト及びYouTubeチャンネルに被告各標章が使用されていた。
本件は、原告が上記各使用行為についての差止め及び包装の廃棄を求めるとともに、損害賠償として、合計6456万2313円の支払いを求めた事案である。
本判決
(1)判断基準及び要部の認定
本判決は、まず商標の類否の判断手法について以下のように判示した。
「商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品又は役務に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者及び需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかも、その商品又は役務の取引の実情を明らかにし得るかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。」
「そして、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部が取引者及び需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合のほか、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである。」
そのうえで、被告標章6(Pakumogu-Mealkit.jp)及び被告標章7(PAKUMOGU/子どもたちのおすみつきミールキットの二段書き)については、いずれも「PAKUMOGU」部分を要部として抽出し、当該要部と原告各商標を比較して類否を判断することができると述べた。
(2)原告商標1と被告標章1の類否
外観については、原告商標1と被告標章1は、その文字の種類及び構成、色彩並びに図案化の有無が異なるものであり、両者の外観が類似するということはできない。
称呼については、原告商標1は「パクトモグ」という称呼が生じるのに対し、被告標章1は「パクモグ」という称呼が生じるところ、両者の称呼は、通常比較的弱く聴覚されることが多い中間音である「ト」が相違するのみであり、「パク」及び「モグ」という大部分の称呼が共通していることからすれば、両者の称呼が全体として長いものとはいえないことを考慮しても、類似するというべきである。
観念については、「パクとモグ」及び「PAKUMOGU」はいずれも造語であり、一般的に使用されているものはない。
もっとも、国語辞典においては、「さかんに食べるようす」などを意味する単語として「ばくばく」という単語が、「口をとじたままで物をかむようす」を意味する単語として「もぐもぐ」という単語が、それぞれ掲載されていること、食育、食品又は飲食店等の名称やその説明の際には、食べることを想起されるものとして「ぱくぱく」及び「もぐもぐ」という単語が使用されており、「ぱくぱく」という単語は「ぱく」と、「もぐもぐ」という単語は「もぐ」と、それぞれ省略され得ることが認められる。
そして、原告商標1の指定役務、及び、被告標章1の被告ミールキットの提供に係る使用に照らすと、原告商標1及び被告標章1は、いずれも物を食べることを意味する「ぱくぱく」及び「もぐもぐ」を想起させるというべきである。
したがって、両者は同一の観念を想起させるものであるといえる。
取引の実情については、被告ミールキットは、被告ウェブページやコールセンターから注文するものであること、被告ウェブページ等には、目立つ位置に記載されているわけではないものの、「ワタミ」、「watami」などといった被告の名称を意味する記載が存在することが認められる。
そうすると、需要者としては、このような記載から被告ミールキットが被告によって提供をされていることを認識することも可能であるから、原告商標1と被告標章1の称呼や観念に共通点があったとしても、それだけで需要者がその商品の出所を誤認混同するおそれがあるとまでは認められない。
以上のとおり、原告商標1と被告標章1は、その称呼において類似し、同一の観念を想起させるものであるといえるが、外観は類似するとはいえない。そして、前記の取引の実情に加え、「パクとモグ」と「PAKUMOGU」はいずれも造語であるため、「パクとモグ」を「と」を抜いた上アルファベットで記載したとしても、その表記が必ずしも「PAKUMOGU」となるわけではないこと、原告商標1はゴシック体様かつ黒色であるのに対し、被告標章1は野菜のイラストのように文字を図案化している上、各文字に八種類の異なる着色がされており、その外観は大きく異なることも踏まえると、その需要者である一般消費者において、「PAKUMOGU」が「パクとモグ」をアルファベット表記にしたものであると容易に認識できるとはいえず、原告商標1と被告標章1の外観の差異は、需要者に異なる印象を強く与えるものということができる。
したがって、原告商標1と被告標章1が類似するとは認められない。
裁判所は、被告標章2~4、6及び7については、概ね上記と同様の理由から原告商標1と非類似であると判断したが、以下の理由から、原告商標1と被告標章5は類似すると判断した。
原告商標1は、ゴシック体様の片仮名及び平仮名から成る「パクとモグ」という文字が横書きされたものであり、文字は全て黒色であって、被告標章5は、ゴシック体様の片仮名の「パクモグ」という文字が横書きされたものであり、文字は基本的に黒色である。両者の外観を比較すると、片仮名の「パク」と「モグ」の間に平仮名の「と」が含まれるか否かという点において相違するものの、その点以外の大部分においては共通している上、原告商標1において、「と」が他の文字と比べてやや小さく記載されていることも考慮すれば、両者の外観は類似するというべきである。
前述のとおり、称呼は類似し、同一の観念を想起させることから、前述の取引の実情を踏まえても、原告商標1と被告標章5とが同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれ生じるものと認められる。
したがって、原告商標1と被告標章5は類似するものと認めるのが相当である。
(3)原告商標2と被告各標章の類否
裁判所は、原告商標2は「PaQ to MOG」の文字を図案化していることから、被告各標章のいずれとも外観上相違するとし、また「PaQ」及び「MOG」の語が一般に使用されるものでもないことも踏まえ、2文字目と8文字目をそれぞれ「a」や「G」と認識できず、「パクトモグ」という称呼は生じないし、そのため「ぱくぱく」や「もぐもぐ」の観念は生じないとし、いずれも非類似と判示した。
(4)指定役務と被告標章5が使用される役務の類否
原告商標1の指定役務は「菓子の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」である。
被告ミールキットは、(a) 被告が子どもたちの意見を基にメニューの開発等をした上で、(b) 一般消費者は、被告ウェブページやコールセンターからミールキットの注文を行い、(c) 被告は、上記の注文に基づき、定期的にミールキットを注文者宅に送付し、(d) 注文者は、被告から送付されたミールキットを利用して食事を完成させるという形で提供されている。そして、被告標章5は、被告ウェブページ、被告ミールキットのパンフレット、被告ミールキットのチラシ、被告YouTubeチャンネルに「パクモグ」という記載が、それぞれ存在することが認められる。
このような事情からすれば、被告標章5は、被告ミールキットという商品のみならず、被告による一般消費者へのミールキットの提供という役務に対しても使用されていると認めるのが相当である。
そして、菓子とミールキットとは、いずれも飲食物の範疇に含まれることから、原告商標1の指定役務と被告標章5が使用される役務は、いずれも飲食物の販売に係る顧客に対する便宜の提供を目的とする役務であるといえ、提供の目的は一致する。
そして、被告標章5が使用される役務に関連する物品は、食材、調味料、レシピ、食器、スプーン等であり、上記の物品のうち少なくとも食材や食器については、原告商標1の指定役務である「菓子の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」にこれらの物品が関連する場合もあり得ることが認められ、原告商標1の指定役務と被告標章5が使用される役務とで関連する物品が一致する場合があるといえる。
さらに、原告商標1の指定役務及び被告標章5が使用される役務の需要者は、いずれも飲食物の提供を求める一般消費者であるから、両者の需要者の範囲は一致する。
加えて、ミールキットを提供している事業者が菓子の提供を行う場合もあることが認められるから、原告商標1の指定役務と被告標章5が使用される役務が同一の事業者によって提供される場合もあるといえる。
したがって、原告商標1の指定役務と被告標章5が使用される役務は類似するものと認められる。
(5)差止及び損害賠償請求
上記のとおり、被告標章5の使用が原告商標1の商標権を侵害することを前提に、裁判所は差止め及び廃棄の請求を肯定した。
また、損害賠償額については、商標法38条3項により、ロイヤルティ料率をベースに、以下のように損害額の算定を行った。
経済産業省知的財産政策室編の「ロイヤルティ料率データハンドブックによれば、本件指定役務のロイヤリティ料率は、平均3.9パーセント、標準偏差3.5パーセント、最大値11.5パーセント、最小値0.5パーセントと記載されている。
もっとも、上記の使用料率は、菓子やミールキット以外に係る使用料率の例が含まれると推認されることに加え、被告ウェブページ等で主に使用されているのは、アルファベットの「PAKUMOGU」であり、片仮名の「パクモグ」は補助的に使用されているにすぎず、そのまま本件に妥当するものではない。
一方で、標権侵害をした者に対して事後的に定められるべき登録商標の使用に対し受けるべき使用料率は、通常の使用料率に比べて自ずと高額になる
以上の事情を総合考慮すると、本件において、原告商標1の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額を算定する際の使用料率は、被告ミールキットの売上高の1パーセントとするのが相当であるとし、510万3740円の損害の発生を肯定した。
検討
本件は原告商標1(「パクとモグ」)と被告標章5(「パクモグ」)を類似と判断したが、それ以外の被告標章については、すべて原告商標1及び2のいずれとも類似しないと判断した。
この点、原告商標1(「パクとモグ」)と被告標章1・2・7の図案化された「PAKUMOGU」が非類似とされた点、及び原告商標2と被告標章のいずれもが非類似であると判断したことについては、図案化の程度と、「と」の文字の有無の相違を考慮すると妥当であると考える。
一方で、類似とされた被告標章5(「パクモグ」)は、例え中間の「と」の文字が目立ちにくいとしても、5文字という短い構成の商標においては、「と」の有無は無視できるほど需要者に与える印象が小さいとはいえないように思える。特に「と」が意味するのは「AND」であり、被告が主張していたように、「パク」と「モグ」という二体のキャラクターがいるかのような印象を与え、観念が完全に同一とまではいえないことから、非類似という判断も十分あり得、結論も変わり得たケースであったようにも思われる。
なお、被告標章3(「PAKU MOGU」)と被告標章4(「PAKUMOGU」)は、被告標章5(「パクモグ」)をローマ字表記に置換したものである。このような場合、片仮名表記をアルファベット表記に変更することはありふれた変更であり、需要者に与える印象は大きく異ならないと考えるのが自然であるように思われる。特に、被告標章3(「PAKU MOGU」)は、間にスペースがあることで、「PAKU」と「MOGU」のように、「AND」が省略されていると考えることもできたように思われ、仮に被告標章5(「パクモグ」)と原告商標1(パクとモグ)が類似であるという判断を前提とするならば、被告標章3・4ともに類似とすべきだったように思われ、判断が一貫していないようにも思われる。
本判決は、「AとB」という構成の商標と「AB」という構成の商標の類否に関する一つの事例であり、今後の実務における類否判断において参考になると思われるため紹介した次第である。
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文責: 山田 康太(弁護士)