令和7年8月6日号

特許ニュース

「分子量700以上」についての均等侵害が争われた事例

 被告製品に使用された分子量699.91848の紫外線吸収剤が、「分子量が700以上の紫外線吸収剤」との構成要件に該当するかが争点となった事件において、知財高裁は、(1)文言侵害について、「700以上」という数値限定は小数点以下の端数を持たない本来的な整数値と解釈して文言非侵害とし、また、(2)均等侵害について、分子量の相違は本質的部分ではない(第1要件充足)としたものの、出願人が「700以上」と任意に定めたことは「700未満」を除外することを客観的に承認したものと認定し、第5要件を欠くとして均等侵害も否定した(知財高判令和7年3月4日(令和6年(ネ)10026号))。

事案の概要

 本件は、特許権者である原告・控訴人(株式会社日本触媒)が、被告・被控訴人(株式会社カネカ)に対し、被告が製造販売等する製品(「被告製品」)およびその製造方法(「被告方法」)が原告の有する特許権(特許第4974971号)を侵害するとして、損害賠償・差止め・廃棄を求めた事案である。
 上記のとおり、争点の1つは、被告製品および被告方法が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かであり、とりわけ、構成要件の一つである「分子量が700以上の紫外線吸収剤」に関して、被告製品に使用されている紫外線吸収剤(「被告UVA」)がこれに該当するかが主要な争点となった。
 被告UVAの分子量は、「699.91848」であった(控訴審においてこの点は双方に争いない)。
 第一審の大阪地裁は、原告の請求を全部棄却し、原告がこれを不服として知財高裁に控訴したところ、知財高裁も文言非侵害、均等非侵害とした。

発明の内容
(1)発明の名称等
発明の名称 「熱可塑性樹脂組成物とそれを用いた樹脂成形品および偏光子保護フィルムならびに樹脂成形品の製造方法」
出願日   平成20年6月13日
優先日   平成19年6月14日、同年8月1日
設定登録日 平成24年4月20日(特許第4974971号(「本件特許」))

(2)各発明
 本件特許の請求項1(「本件発明1」)および請求項6(「本件発明6」)は、以下のとおりである。

(2-1)本件発明1(請求項1):
構成1A:ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、
構成1B:ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、
構成1C:を含み、
構成1D:110℃以上のガラス転移温度を有する
構成1E:熱可塑性樹脂組成物。
構成1F:ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1,3,5-トリアジン骨格)である。

(2-2)本件発明6(請求項6)
 本件発明6は、本件発明1に係る熱可塑性樹脂組成物の製造方法であり、上記1Aおよび1Bの成分を溶融混合して、110℃以上のガラス転移温度を有する熱可塑性樹脂組成物を得る方法である。具体的には、下記構成を有する。

構成6A:ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、
構成6B:ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、
構成6C:を溶融混合して、
構成6D:110°C以上のガラス転移温度を有する熱可塑性樹脂組成物を得る、
構成6E:熱可塑性樹脂組成物の製造方法。
構成6F:ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1,3,5-トリアジン骨格)である。

(3)本件発明の技術的特徴
 本件発明の技術的特徴は、耐熱性透明材料として好適な熱可塑性樹脂組成物という点であり、従来技術では、ガラス転移温度(Tg)が高い樹脂組成物を高温で成形する際に、発泡、紫外線吸収剤(UVA)のブリードアウトや蒸散による問題が生じやすいという課題があった。そこで、本件発明は、Tgが高く優れた耐熱性を有しながら、高温での成形時においても、発泡やブリードアウトの発生が抑制され、UVAの蒸散による問題の発生を低減できる樹脂組成物を提供することを目的としている。
 その解決手段として、特定の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、分子量が700以上の特定のヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有するUVAとを組み合わせる点を特徴としている。

(4)実施例等
 本件明細書には、分子量958のUVAを使用した実施例で効果が示され、分子量676以下のUVAを使用した比較例で効果が示されない旨の実験結果が記載されている。

第一審判決(大阪地裁令和6年2月26日判決(令和4年(ワ)第9521号))
 第一審である大阪地方裁判所は、概略以下のとおり判断して、原告の請求を全部棄却した。
(1)文言侵害
 特許請求の範囲及び本件明細書には、UVAの分子量がいずれも整数値で記載されているが、分子量の計算方法や整数値(小数点以下1位を四捨五入)とする根拠について明らかにされていないから、当業者の技術常識をもって解釈する、とした。
 そして、UVAの分子量を算出された分子量を丸めて整数値とすることが技術常識であると認めることはできないなどと認定し、被告UVAの分子量は699.91848と認定した。
 その上で、これは構成要件1Bおよび6Bの「分子量が700以上」を満たさない、被告製品および被告方法は構成要件1B・6Bを充足しない、と判断した。

(2)均等侵害
 均等論の要件を挙げた上で、第1要件に関し、数値をもって技術的範囲を限定する「数値限定発明」において、その数値に設定することに意義がある発明は、その数値範囲内の技術に限定して特許が付与されたと考えられるため、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の「本質的部分」に当たると解すべきである、と判断した。
 その上で、本件において、分子量を「700以上」とすることには技術的意義があるといえ、被告UVAの分子量が「700以上」ではないとの相違点は、本件各発明の本質的部分に係る差異であると判断し、均等の第1要件を満たされないとして、均等侵害を否定した。
 原告はこれを不服として知財高裁に控訴した。
 なお、上記地裁判決については、当該判決が公開された当時から、均等の第1要件の判断方法として妥当ではないのではないか、「従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分」なのではないか、との意見もあった。

本判決
 知財高裁は、以下のとおり、第一審判決を支持し控訴人の請求を棄却してはいるが、均等論の判断について、第一審とは若干異なる理由付けをしている。
   
(1)「分子量が700以上」の技術的意義
 裁判所は、「作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、実施例(958)と比較例(676)の間の広い幅にまたがる数字と考えられるところ、「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したもの」との理由付けで、「分子量が700以上」という数値限定は、いわゆる臨界的な意義を有するものではないと認定した(なお、この点は、原告も自認している。)。

(2)文言侵害の成否
 原告(控訴人)は、学者の意見書や技術常識を補完する証拠(JISハンドブック)などを提出した上で、「分子量が700以上」の「700」は小数第1位を四捨五入した数値と理解されるため、「699.5以上」と解釈すべきである旨を主張した。
 しかしながら、裁判所は、以下の理由からこれを採用せず、分子量が整数値で示される場合の技術常識として小数第1位を四捨五入することが通常であっても、クレーム解釈にはそのまま適用されない、とした。

裁判所の判示:「特許請求の範囲は、特許発明の技術的範囲を画するものであり(特許法70条1項)、第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」としての役割が求められるものである。したがって、その解釈は、特許法固有の観点を抜きに行うことはできない。このような観点から考えるに、本件で問題となっている(紫外線吸収剤の分子量)「700以上」という数値範囲は、権利者(出願人)が、権利範囲を画定するために自ら定めたものであり、特許発明の技術的範囲(独占の範囲)に属するものと属さないものを、一線をもって区分する線引きにほかならない。そうである以上、上記数値範囲の下限である「700」は、切り下げられた小数点以下の端数も、切り上げられた小数点以下の端数も持たない、本来的な意味での整数値と解釈するのが相当である。」


結論として、被告UVAの分子量は699.91848であり、700未満なのであるから、構成1Bおよび構成6Bを充足しないと判断した。

(3)均等侵害
均等の第1要件(非本質的部分)
 第1要件(非本質的部分)について、裁判所は、第一審とは異なり、分子量700に臨界的意義がなく、作用効果との関係で広い幅に技術的意義があること、および、分子量699.91848の場合と700の場合とで紫外線吸収剤としての性質が実質的に異なるとは考え難いことを理由に、均等論の第1要件は充足すると判断した。
 
均等の第5要件(意識的除外等の特段の事情)
 裁判所は、分子量700という数値に臨界的意義がないことから、控訴人が任意に選択して定めた数値であること、そして、分子量の下限値を「699.5以上」とすることや、小数点以下の数値の取り扱いを定めることも容易にできたにもかかわらず、あえてそのような手当をしなかったことなどから、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当であるとし、意識的除外に該当するとして、均等論の第5要件を満たさないと判断した。

 判決の該当部分は以下のとおりである。
第 9-2(1) 均等論の第5要件とは、「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと」であり(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)、被疑侵害者側が主張立証責任を負う。
第 9-2(2) そこで検討するに、まず、特許請求の範囲の記載は、特許発明の技術的範囲を画する機能を有するものであり(特許法70条1項)、第三者に対しては「権利の公示書」としての役割を果たすことが求められるものである。構成要件1B、6Bの「分子量700以上」との記載は、一般的な技術文献の記載ではなく、上記のような役割を担う特許請求の範囲の記載であることが本件の大前提となる。
 そして、証拠(甲8、9)によれば、化合物の分子量は、その分子を構成する原子の原子量の和に等しく、原子量の選定については歴史的変遷があるものの、小数第4位又は第5位の数字で示される原子量表記載の数値によることになるから、そのような小数点以下の数値を有する数値として算出されるということは、本件特許の出願日当時の技術常識であったと認められる。それにもかかわらず、控訴人は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、6の「分子量が700以上の紫外線吸収剤」との構成の数値範囲について、「700以上」という整数値をあえて使用している。
 本件において、分子量700という数値に臨界的意義も認められないから、当該数値は控訴人がいわば任意に選択して定めたものといえる。また、控訴人としては、その数値範囲を「699.5以上」とすることや、分子量の小数点以下の数値の取扱いについて定めることも容易にできたと解されるにもかかわらず、あえてそのような手当もしていない。これは、小数点以下の数値は、技術的に意味のある数字でないという理解に加え、法的にも特段の含意がない(特別な意味を持たせない)ことを前提とするものと解するべきである。
 そうすると、控訴人が特許請求の範囲において分子量を「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって特許発明の技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当である。
第 9-2(3) 控訴人は、平成29年最高裁判決は、意識的除外と評価できる場合を、特許請求の範囲の構成に代替し得る技術を明細書に記載し、客観的、外形的に表示した場合に限定しており、出願人の主観的認識だけを問題としていない旨主張する。しかし、同最判は、いわゆる出願時同効材に関する判断を示したものであって、本件に適切でない上、上記第 9-2(2)の判断は、特許請求の範囲の記載の公示機能を重視する同最判の趣旨に何ら反するものとはいえない。
第 9-2(4) 以上のとおり、紫外線吸収剤の分子量が699.91848(本来的には700未満であり、小数第1位を四捨五入することによって初めて「700以上」に含まれることになる数値)の被控訴人UVAを使用する被控訴人製品及び被控訴人方法は、本件特許の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきである。したがって、本件においては、均等論の第5要件を充足せず、控訴人主張の均等侵害は成立しない。     

これにより、均等侵害も否定された。

検討
 
 文言侵害については、文言どおりに整数値の「700」として解釈する点には異論もあるかも知れないが、近年の、文言どおりに、という傾向からしても、筆者としては妥当なものであると考える。
 判決も言うように、もし、「分子量700」は699.5以上だという趣旨なのであれば、分子量の計算方法や小数点以下の数値の処理等を明細書で説明しておく必要があった。
 ただ、それだけで良い、というものでもない。本件でも、四捨五入などについて明細書に書いてあったならば今回のイ号は補足できた可能性が高いが、もし、イ号が分子量「699.4」であったならば、四捨五入を書いただけでは対応できなかったということになる。

 均等侵害の判断においては、第一審と異なり、数値限定に臨界的意義がないことや、分子量699.91848と700の間で紫外線吸収剤としての性質に実質的な相違が見られないことから、第1要件(非本質的部分)は満たすと判断しているのであり、数値自体に臨界的意義がない場合にあっては、その数字に捉われず、ある程度の幅を持った技術的思想あるいは本質的特徴というものを認める余地があることを示したとも評価できるだろう。
 今回、均等侵害を否定したのは、第5要件(意識的除外)であった。本件では、出願段階で、もう少し低い数値、たとえば、分子量「699.5」などを下限値とすることも容易であったはずであり、それにもかかわらず敢えて「700以上」と整数値で限定したことが重視されたと言える。

 近年、特許は無効とされにくいと言われており、出願段階では、無効論よりも充足論検討が重要だと説かれることがある。
 本件では、比較例で一番大きな分子量は676(他は659と315)であったのであるから、クレームの数値範囲の下限値は、それより少しでも大きい数字であれば良かった可能性もあり、どの範囲を権利範囲としたいのかについては、実施例との関係も含め、権利行使を想定して十分に検討する必要がある。

 充足論の考え方だけではなく、出願時の検討事項などについても示唆を与える事件であり、また、出願経過(補正)で除外したわけではない部分についての均等第5要件の判断ということで、実務上参考になると思われるためご紹介した次第である。
 
 第一審判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)
 本判決(知財高裁判決)の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 鈴木 佑一郎 弁護士・弁理士・カリフォルニア州弁護士