令和6年8月12日号

特許ニュース

東京地裁が、先発医薬品に係る特許権者がパテントリンケージにおいて後発医薬品が特許に抵触する旨の虚偽の回答した行為は不正競争行為に該当しないと判断した事例

東京地裁は、先発医薬品である「アイリーア」に係る特許権を保有するバイエル・ヘルスケア・エルエルシー(「バイエル」)が、アイリーアの後発医薬品(「アイリーアBS」)の製造販売承認の審査がなされている際に、アイリーアBSが製造販売されれば特許権を侵害する旨、厚生労働省(「厚労省」)に情報提供した行為は、虚偽の告知にあたるが、当該告知行為はパテントリンケージの趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものではないとして不正競争行為に当たらないと判断し、アイリーアBSを販売予定のサムスン バイオエピス カンパニー リミテッド(「サムスン」)が申し立てた仮処分を却下した(東京地決令和6年10月28日(令和6年(ヨ)第30029号))。

事案の概要
 債務者であるバイエルは、先発医薬品である「アイリーア」を、申立外のリジェネロン・ファーマシューティカルズ・インコーポレイテッドと共同開発し、債務者の関連会社であるバイエル薬品株式会社が2012年11月から「アイリーア」を販売している。
 バイエルは、発明の名称を「小さい活動性脈絡膜新生血管病変を有する加齢黄斑変性症の治療」とする特許第7320919号(「本件特許」)について、2023年7月27日に設定登録を受けた。本件特許の請求項1を分説すると、以下のとおりである。

A1 抗VEGF剤としてアフリベルセプトを含む、
A2 フルオレセイン蛍光眼底造影によって決定される全病変サイズの50%未満の活動性CNV病変サイズを有する湿潤加齢黄斑変性症(wAMD)患者の治療における使用のための医薬組成物であって、
B wAMD患者が以下の重要な組み入れ基準
・試験眼においてフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)によって明らかになる、中心窩に影響を及ぼす傍中心窩病変を含む、AMDに続発するクラシック主体型活動性中心窩下脈絡膜新生血管(CNV)病変、
・ETDRSの試験眼の最高矯正視力(BCVA)は73~25文字(試験眼のスネレン等価視力は20/40~20/320)、及び
・50歳以上の年齢 を満たし、
C wAMD患者が以下の重要な除外基準
・全病変サイズは、FAによって評価される12の乳頭領域(30.5mm2、血液、瘢痕および新生血管を含む。)より大きい、
・網膜下出血は全病変領域の50%以上であるか、または血液が中心窩の下にある場合、1つまたは複数の乳頭領域のサイズである(血液が中心窩の下にある場合、中心窩は目に見えるCNVによって270度囲まれていなければならない)、
・ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)を有する被験者を含む、wAMD以外の起源を持つCNVの存在、
・実質的に不可逆的な視力喪失を示す中心窩を含む瘢痕、線維症または萎縮症の存在、
・網膜色素上皮断裂または黄斑に関与する裂け目の存在、及び
・糖尿病性網膜症、糖尿病性黄斑浮腫またはwAMD以外の何らかの網膜血管疾患の病歴または臨床的証拠を含む、wAMD以外の起源を持つCNVの存在
を満たす、
D 医薬組成物。

請求項1の記載は長いが、要するに、「アイリーアの有効成分アフリベルセプトを含む、一定の組入基準及び除外基準を満たす全病変サイズの50%未満の活動性CNV病変サイズを有する湿潤加齢黄斑変性症(「wAMD」)患者用医薬組成物。」をクレームしたものといえる。
アイリーアBSの日本における製造販売業者であるグローバルレギュラトリーパートナーズ合同会社(「GRP」)は、2023年5月31日に厚労省にアイリーアBSの製造販売承認申請(「本件承認申請」)を行った。GRPが本件承認申請に当たり提出したアイリーアBSの添付文書案の効能効果には、本件特許のwAMDに相当する「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」が含まれていた。バイエルは、本件特許の設定登録を受けて、医薬品特許情報報告票に本件特許追加し、アイリーアBSを製造販売すれば、本件特許権侵害になると厚労省に伝えていた。GRPは厚労省の指摘を踏まえ適応症から「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」(wAMD)を削除し、製造販売承認を得た。時系列をまとめると下記のとおりである。
2012年11月 バイエル薬品株式会社がアイリーアを販売開始
2014年12月11日 本件特許の優先日
2023年5月31日 GRPがアイリーアBSの製造販売承認申請
2023年7月27日 本件特許の設定登録・医薬品特許情報報告票に本件特許追加
2023年9月21日 厚労省とサムスン、GRPが本件承認申請について会議
2023年11月9日 GRPが厚労省の指摘を踏まえ適応症から中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性(「wAMD」)を削除
2023年12月27日 サムスンは、上記の会議の際に厚労省から言及があったバイエルの見解の内容を厚労省に確認したところ、厚労省から、バイエル側の回答として、以下をGRPにメールで連絡。
・アイリーアBSを承認及び製造販売すれば、本件特許を侵害する。
・アイリーアBSが製造販売されると、特許権侵害に係る法的紛争が生じることは必至である。
・裁判所が差止めを認めれば、BSメーカーに安定供給義務違反が生じる。
・存続期間満了まで特許権の存在には十分留意されるべきである。
2024年6月24日 アイリーアBSの製造販売承認

サムスンは、バイエルが厚労省に対して行った一連の情報提供行為(「本件告知」)は、不正競争防止法(「不競法」)2条1項21号に定める不正競争行為に当たり、サムスンの営業上の利益が侵害されるおそれがあるとして、「バイエルは、厚労省及びPMDAに対し、アイリーアBSの製造販売行為が本件特許権を侵害する旨を告知してはならない」ことを求めて、東京地裁に仮処分命令申立を行った。

仮処分決定
 2024年10月28日、東京地裁は、①特許権者がパテントリンケージにおいて先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触がある旨の虚偽の回答をする行為が不正競争行為に該当するか否かの「判断基準」を示した上で、②バイエルの本件告知行為は虚偽の事実の告知と認めるのが相当であるが、③本件に現れた諸事情を総合考慮すれば不正競争行為に当たらないと判断し、サムスンの申立てを却下する決定を行った。
(1) 不正競争行為に該当するか否かの判断基準
裁判所は、パテントリンケージ制度及び医薬品特許情報報告票について以下のとおり認定した。
  • 日本におけるパテントリンケージとは、厚労省等が、後発医薬品の安定供給を確保する観点から、既承認の医療用医薬品の有効成分に係る物質特許又は用途特許についての情報の収集等を行い、後発医薬品の薬事法上の承認審査に当たり、後発医薬品につき、先発医薬品に係る特許との抵触の有無を確認するものである。
  • 医薬品特許情報報告票は、厚労省等が後発医薬品の安定供給を確保し得るか否かの判断を行うための内部資料として、先発医薬品を製造販売する特許権者等から任意に提出されるものであり、その記載内容等に係る特段の制限はなく、特許権者等が先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触の有無に関する自己の見解を記載すること自体を妨げるものではない。
  • パテントリンケージの下で、特許権者等が、その後に確定した裁判所の判断とは異なり、先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触がある旨の回答をする行為が、虚偽の事実を告知するものとして直ちに違法になるのであれば、特許権者等は、医薬品特許情報報告票に特許抵触の有無につき自己の見解を十分に記載することができなくなり、厚労省等が後発医薬品の安定供給を確保し得るか否かの判断を的確に行うことができず、ひいてはパテントリンケージの趣旨目的を阻害するおそれがある。ただし、パテントリンケージは、先発医薬品に係る特許権者等に対し恣意的な情報提供を許容したり、これに広く免責を与えたりするものではないことは明らかである。

 上記の認定に基づき、裁判所は以下の判断基準を述べた。
  • パテントリンケージの下において、先発医薬品に係る特許権者等が先発医薬品に係る特許と後発医薬品との特許抵触がある旨の虚偽の回答をする行為が、外形的にはパテントリンケージの下における情報提供という形式をとりつつも、実質的には後発医薬品の製造販売承認を申請する者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な地位に立とうとするものである等の「パテントリンケージの趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる特段の事情がある場合」には、競争関係にある後発医薬品の製造販売承認を申請する者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知するものとして、不競法2条1項21号に掲げる不正競争に該当すると解するのが相当である。

(2) 本件告知行為が虚偽の事実の告知に当たるか
 裁判所は、本件特許発明は、既知の物質である抗VEGF剤を、一定の組入基準及び除外基準を満たす全病変サイズの50%未満の活動性CNV病変サイズを有するwAMD患者(「本件特定患者群」)に用いた場合に、優れた治療効果を発揮するという未知の性質の発見に基づき、新規な用途を創作したことを特徴とする用途発明であり、本件特許発明における特許法2条3項にいう「実施」とは、専ら本件特定患者群に投与するために、抗VEGF剤を生産、使用、譲渡等をする行為をいうものと解するのが相当であると認定した。
 一方、アイリーアBSについては、本件承認申請時に提出された債権者製品の添付文書案には、適応症として「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」という記載があるにとどまり、【効能又は効果】及び【用法及び用量】の各欄においても、本件特定患者群に関する記載は一切認められず、本件特定患者群に投与することによって顕著な効果を有する趣旨をいう記載も一切認めることはできないため、本件特許発明の構成要件A2、B、Cによって規定される患者群(本件特定患者群)に投与するものとして承認申請がされているものとはいえないと認定し、本件特許権を侵害するものと認めるに足りないと判断した。さらに、アイリーアBSが結果的に一定割合の本件特定患者群に投与される可能性を理由として、アイリーアBSの製造販売等が本件特許権を侵害するというバイエルの見解に立ったとしても、アイリーアBSはアイリーアのバイオ後続品であって、アイリーアと同等性、同質性を有するものであり、かつ、アイリーアは本件優先日よりも前の時点において製造販売されていたのであるから、アイリーアについても、アイリーアBSと同様に、一定割合の本件特定患者群に投与されていたものと認められるが、そうすると、アイリーアの製造販売は公然実施に該当し、本件特許が無効にされるべきものであることは、自明であるとも述べた。
 したがって、サムスンにおいて、バイオ後続品を製造販売すれば、本件特許を侵害する旨の回答をした本件告知行為は、虚偽の回答をしたものと認めるのが相当であると判断した。
(3) 本件告知行為は不正競争行為に当たるか
裁判所は、下記の事情を挙げ、バイエルが本件告知をした行為は軽率の誹りを免れないものの、今後も本件告知を繰り返すような場合は格別、本件告知がパテントリンケージの趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものということはできず、「特段の事情」を認めることはできないと判断した。
  • 構成要件充足性に係るバイエルの見解は、本件特許権の侵害をいうものとして主張としては一応成り立ち得、これを直ちに排斥するような最高裁判例が未だ形成されていないことに鑑みると、債務者の上記見解が直ちに主張自体失当であるとまでいうことはできない。
  • 仮に、バイエルの充足性に係る見解に立った場合には、バイエルは、本件優先日前のアイリーアに係る製造販売は本件特許の公然実施に該当しない一方、その後の技術常識の変遷により、アイリーアBSに係る製造販売は本件特許を充足するに至ったと主張するのであるから、この場合には、技術常識の変遷が一応の中核的争点になり、当業者の専門的知見を踏まえた審理判断が必要不可欠となるが、本案において主張立証を尽くした上、専門委員などを選任し専門的知見も踏まえるなど十分な審理を尽くしていない段階において、バイエルの上記主張が直ちに失当であるということはできない。
  • パテントリンケージにおける特許権者等の情報提供について、不競法の虚偽告知該当性が問題となった裁判例はなく、同種事例における裁判規範が示されていなかったのであり、しかも、本件特許権とそのバイオ後続品との関係については、世界各国において同種の特許権侵害訴訟が提起されており、本件もそのグローバルな紛争の一環として位置付けられるのであるから、バイエルが、厚労省等に対し、自己の見解として本件告知をしたのにはやむを得ない側面があったともいえる。

検討
 競業者の取引先に対する警告に関する裁判例においては、(1)事実が虚偽であれば不正競争行為に該当し、差止請求の成否に当たり、故意過失の有無は問わないとするもの、(2)虚偽告知であっても正当な権利行使の一環であれば違法性が阻却されるとするものがある。
 (2)の違法性阻却に関する裁判例については、条文に規定のない要件を持ち出して違法性阻却を判断することは許されず、損害賠償請求の過失判断においてのみ検討すべきであるいとの反対説があり、サムスンも同様の主張を行ったが、排斥された。
 本判決では違法性阻却という言葉を使用せず、「パテントリンケージの趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる特段の事情がある場合」を不正競争行為の成立要件とした。虚偽告知を直ちに違法とすると、「特許権者等は、特許抵触に関する自己の見解を医薬品特許情報報告票に記載することを差し控え、ひいては、後発医薬品の安定供給の確保というパテントリンケージの趣旨目的を阻害するおそれ」があることを考慮したものであるといえる。
 後発医薬品製造販売承認申請中の請求権不存在確認請求は確認の利益を欠くと判断された事案(知財高判令和5年5月10日(令和4年(ネ)第10093号))では、公法上の紛争については承認申請に対して不作為の違法確認の訴えの提起や厚生労働大臣等に対する不服申立て等の法的手段によって救済を求めるべきとされた。
 ただし、製造販売承認申請時に特許権者からの告知があれば不正競争行為として争った場合には、本判決が示したように、権利侵害の有無について裁判所の判断を求めることができる可能性があるということになる。
 
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文責: 中岡 起代子(弁護士・弁理士)