令和7年1月14日号

特許ニュース

特許権者である原告は被告のサービスと競合するサービスを提供しておらず、原告の完全子会社がかかるサービスを提供していた場合に、原告の被告に対する損害賠償請求において特許法第102条第2項の適用を認めた事例

特許権者である原告が被告に対し、特許権侵害に基づく損害賠償を請求した訴訟において、原告は、原告の完全子会社が被告の提供するサービスと競合するサービスを提供していたことを理由として、特許法第102条第2項に基づく損害額の算定を主張した。第一審の東京地裁判決は、原告自身がそのようなサービスを提供していないことを理由として同項の適用を否定したが、控訴審の知財高裁判決は、特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するとして、同項の適用を肯定した(知財高判令和6年7月4日(令和5年(ネ)第10053号))。

事案の概要及び第一審判決
株式会社マネースクエアHD(原告)は、発明の名称を「金融商品取引管理装置、金融商品取引管理システム、金融商品取引管理システムにおける金融商品取引管理方法」とする特許第6154978号(本件特許)の特許権者であった。
原告は、株式会社外為オンライン(被告)が外国為替取引管理方法「ⅰサイクル」(被告サービス)を提供するサーバ(被告サーバ)を使用する行為が本件特許を侵害するとして、被告に対し、損害賠償を求める訴訟を東京地裁に提起した
なお、原告は従前、被告に対し、本件特許に基づき、被告サーバの使用の差止めを求める訴訟を提起しており、原告の差止請求を認容する判決が確定していた(そのため、本件では充足論は争点から除外された)。

本件訴訟においては、本件特許に進歩性欠如の無効理由が存在するか否か、並びに、原告の損害の算定方法および損害額が主たる争点となった。損害の算定方法については、原告は、特許法第102条第1項および同第2項の適用ないし類推適用、並びに、特許法第102条第3項に基づく算定を主張した。

第一審の東京地裁判決(東京地裁令和5年2月16日判決(令和2年(ワ)第17104号))(東京地裁民事第40部、中島基至裁判長)は、被告の無効の抗弁を排斥し、特許権侵害それ自体は肯定したものの、損害額の算定については、特許法第102条第1項および同第2項の適用および類推適用を否定し、同第3項(実施料相当額)に基づく損害の算定のみを認めた。
本件では、特許権者である原告は純粋持株会社であり、原告自身は特許発明を実施しておらず、また、FX取引業を行っていなかった。他方、原告の完全子会社である株式会社マネースクエア(原告子会社)はFX取引業を行っていた。
第一審判決は、原告自身が特許発明を実施していない以上、特許法第102条第1項は適用ないし類推適用されないとした。また、第一審判決は、特許法第102条第2項についても適用ないし類推適用を否定した。
特許法第102条第2項に関して、原告は、完全子会社が得られる利益はそのまま完全親会社の利益ということができるから、本件では特許法第102条第2項の適用は認められると主張したが、第一審判決は、原告と原告子会社は飽くまで別法人であり、完全子会社が得られる利益がそのまま完全親会社の利益とするのは相当でないとして、原告の主張を否定した。
その上で、第一審判決は、特許法第102条第3項に基づいて原告の損害を算定し、原告の請求を2014万9093円の範囲で認容し、その余の請求を棄却した。

第一審判決に対し、原告・被告双方が知財高裁に控訴した。

本判決
まず、知財高裁判決は、知財高裁平成25年2月1日大合議判決の規範を引用し、特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法第102条第2項を適用することができるとした。
その上で、知財高裁判決は、本件について、以下のとおり認定・判断し、本件では特許法第102条第2項を適用することができるとした。
・ 原告子会社が提供するサービス(原告サービス)は、被告サービスと競合する。
・ 原告は、原告子会社の株式の100%を保有し、会社の目的や主たる業務が子会社の支配・統括管理をすることにあり、その利益の源泉が子会社の事業活動に依存する、いわゆる純粋持株会社である。
・ 原告子会社は本件発明を実施しているものといえ、原告および原告子会社(原告グループ)は、原告の管理および指示の下で、グループ全体として本件特許を利用した事業を遂行していたと評価することができる。
・ 従って、原告グループにおいては、被告サービスの提供がなかったならば利益が得られたであろう事情があるといえる。
・ 原告の利益の源泉が子会社の事業活動に依存していること、原告は原告グループにおいて、同グループのために、本件特許権の管理及び権利行使につき、独立して権利を行使することができる立場にあるものといえ、そのような立場から、同グループにおける利益を追求するために本件特許権について権利行使をしているということができ、原告グループにおいて原告のほかに本件特許権に係る権利行使をする主体が存在しないことも併せ考慮すれば、本件について、特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものといえる。

以上を前提として、知財高裁判決は、被告の限界利益に基づき、原告の損害額を4356万5491円と算定し、同金額の範囲内で原告の請求を認容した(第一審判決を変更(知財高裁第4部、本多知成裁判長)。

検討
特許法第102条第2項は、特許権の侵害者が侵害行為により利益を受けている場合に、その利益の額をもって、特許権者または専用実施権者が侵害行為により受けた損害の額であると推定する規定である。
特許法第102条第2項が適用されるためには、「特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」が存在する必要があると解されている(前述の知財高裁平成25年2月1日大合議判決)。
本判決は、特許権者である原告自身は、被告が提供するサービスと競合するサービスを提供しておらず、原告の完全子会社がかかるサービスを提供しているという事案において、前記「特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」が存在すると認定し、特許法第102条第2項の適用を肯定した。
本判決の論理を検討すると、まず、本判決は、原告および原告の完全子会社により構成される集合体を「原告グループ」と捉え、原告グループにおいては、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情がある、とした。 その上で、本判決は、
①原告の利益の源泉が子会社の事業活動に依存していること、および
②原告は、原告グループにおいて、同グループのために、独立して特許権を行使することができる立場にあり、同グループにおける利益を追求するために特許権を行使しており、原告グループにおいて原告の他に特許権を行使する主体が存在しないこと、
を挙げて、「特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」が認められるとした。
このような本判決の判示、とりわけ、前記②の言い回しからすると、本判決は、原告が(原告および原告の完全子会社から構成される)原告グループを、いわば代表して特許権を行使する地位にあり、そうである以上、原告グループが得られたであろう利益を原告が得られたであろう利益であると同視することができる、といった趣旨のことを述べているのではないかと考えられる。

なお、本判決と同じく知財高裁第4部(本多知成裁判長)による判決である、知財高裁令和4年4月20日判決(令和3年(ネ)第10091号)は、ある完全子会社が特許権者であり、他の完全子会社が特許発明の実施品を販売している(要するに、特許権者と発明実施者が兄弟会社の関係にある)という事案において、本判決と同様に、グループ全体として特許権侵害行為がなければ利益が得られたであろう事情があるとした上で、前記②の事情とほぼ同様の事情を認定し、特許法第102条第2項の適用を肯定した。
同判決の事案では、特許権者は持株会社ではなく、特許権者の利益の源泉が子会社の事業活動に依存しているといった事情(前記①の事情)は存在しなかったが、それでも特許法第102条第2項の適用を肯定していることからすると、本判決においても、より重要なのは前記②の事情であったと推測することができる。

原告側において、特許権者と特許発明の実施者が異なる場合に、被告の得た利益を原告の損害であるとの推定が働くと主張するために、従前は、特許権者が実施者に対して独占的通常実施権を付与し(あるいは、付与したことにし)、かかる独占的通常実施権者が共同原告となって損害賠償を請求し、特許法第102条第2項の類推適用を主張するというのが、比較的よく用いられる手法であった。
ただ、この手法は、実施者が独占的通常実施権者である必要があるため、既に第三者に対してライセンスを付与している特許については用いることができないという問題があった。
もし、本判決の判示内容が一般的な判例となれば、実施者に対して独占的通常実施権を付与することなく、特許権者が直接、侵害者に対して特許法第102条第2項に基づいて算定された損害について損害賠償請求をすることが可能となり、とりわけ、グループ内の特定のグループ会社に知的財産権の保有・管理を集中させている企業グループにとっては、損害賠償請求がより容易になるというメリットがあると考えられる。
他方で、現時点では、本判決と同様の判示を採用しているのは、知財高裁第4部(本多知成裁判長)による判決に留まり、現時点では、これが一般的な判例となるかは、まだ何とも言えない状況にある。今後の裁判例の蓄積が待たれるところである。


本判決の原文はこちら(外部ウェブサイト)
第一審判決の原文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 乾 裕介(弁護士・弁理士・ニューヨーク州弁護士)