令和6年4月2日号

特許ニュース

東京地裁が、延長された特許権に基づく特許権侵害事件において、無水物を有効成分とする後発医薬品の製造販売を禁止する仮処分命令を行った事例

 東京地裁は、沢井製薬株式会社(以下「沢井製薬」)が製造販売する後発医薬品「ダサチニブ錠」(以下「本件後発品」)について効能効果の追加承認を得たことに関し、ブリストル マイヤーズ スクイブ ホールディングス アイルランド アンリミテッド カンパニー(以下「BMS」)が特許権侵害を訴えていた事件において、沢井製薬に対し、本件後発品の製造販売を禁止する仮処分命令を下した(東京地決令和5年11月28日(令和5年(ヨ)第30214号))。

事案の概要
 BMSの子会社であるブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社は、ダサチニブ水和物を有効成分とする抗がん剤「スプリセル錠®」(以下「本件先発品」)を製造販売している。
 BMSは、ダサチニブ化合物またはその塩のクレームを含む特許第3989175号(以下「BMS特許」)を保有している。本件特許の存続期間の満了日は2020年4月12日であったが、存続期間延長登録出願を行い、効能又は効果「慢性骨髄性白血病(ただし、イマチニブ抵抗性の慢性骨髄性白血病を除く。)」については、2024年1月27日まで延長登録が認められていた。
 沢井製薬は、ダサチニブ(無水物)を有効成分とする本件後発品の承認を得たのち、2022年6月から製造販売を開始した。ただし、その効能又は効果は「再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病」に限られ、「慢性骨髄性白血病」については承認されていなかった。沢井製薬は、本件後発品の「効能又は効果」「用法及び用量」についての一部変更承認申請を厚生労働省に対して行い、2023年10月4日に追加承認を得、本件後発品を本件先発品と同様の用途に使用できるものとして販売した。
 BMSは、沢井製薬が「慢性骨髄性白血病(ただし、イマチニブ抵抗性の慢性骨髄性白血病を除く。)」を効能又は効果に含む本件後発品を製造販売する行為がBMS特許を侵害するものとして、東京地裁に仮処分命令申立を行った。
 
仮処分決定
 2023年11月28日、東京地裁は、BMSの申立を認め、沢井製薬に対し、2024年1月27日が経過するまで、効能又は効果として「慢性骨髄性白血病(ただし、イマチニブ抵抗性の慢性骨髄性白血病を除く。)」を含む本件後発品を製造販売してはならないとの仮処分命令を行った。

検討
 仮処分命令決定においてはその理由が明らかとされていないが、本件は、上記に述べた状況からして、特許権の存続期間の延長の効力が問われた事件と考えられる。
 本件先発品の有効成分は「ダサチニブ水和物」であるのに対し、本件後発品の有効成分は「ダサチニブ」(無水物)であり、水和物か無水物かという違いがあった。BMS特許は、ダサチニブ化合物またはその塩をクレームしたものであり、水和物も無水物もBMS特許の技術的範囲に含まれる。ただし、存続期間の延長の効力については、特許法第68条の2が、延長登録の理由となった政令処分の対象となった物についての実施に及ぶものであることを定めており、先の承認が(ダサチニブ)水和物に対してされた場合に、延長登録が(ダサチニブ)無水物に及ぶのかは争点の一つとなったと考えられる。
 延長登録の効力に関し、オキサリプラティヌム事件知財高裁大合議判決(知財高裁判決平成29年1月20日(平成28年(ネ)第10046号))では、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきと判断し、実質同一なものに含まれる類型として以下の4つを挙げていた。

  1. 医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加・転換等しているような場合
  2. 公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき
  3. 政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合
  4. 政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合

 上記述べたとおり、本件の政令処分は、ダサチニブ水和物を有効成分とした医薬品に対してなされたもので、本件は上記4つの類型にそのまま当てはまるものではない。 
 
 厚生労働省は、「結晶形又は水和物/無水物の違いは、塩違い(酸塩又は金属塩)又はエステル違いの場合と異なり、化学構造の基本的相違を伴わないため、既承認医薬品の原薬と結晶形や水和物・無水物が異なる原薬から成る製剤の新規の承認申請(審査)にあたっては、原則として、既承認医薬品と同一の有効成分から成る製剤を申請する場合と同様に取扱うこととする。」(厚生労働省平成23年6月16日付薬食審査発0616第1号通知)との通知を出しており、水和物も無水物も同等のものとして審査を行っている。このような厚生労働省の審査実務を考慮すれば、政令処分を受けた先発品の有効成分が水和物であったとしても、その無水物を有効成分とする後発品も医薬品として(実質)同一であると考えられ、このように解釈することは、従前の知財高裁判決の考え方や厚生労働省の審査にも合致するものと考えられる。
 
 上記述べたとおり、本件ではその理由は明らかとされていないが、今後、裁判所において存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力についての考え方が、さらに明確に示されることを期待したい。
 
 本決定はBMSが発表しており、こちら(外部ウェブサイト)

文責: 中岡 起代子(弁護士・弁理士)