令和5年5月12日号

商標ニュース

知財高裁が、「Scrum Master(標準文字)」の商標が「情報技術の使用に関する教育訓練研修」などの役務との関係で商標法3条1項3号に該当することを認めた事例

 Scrum Master(標準文字)についての商標登録(商標登録第6042646号商標)に対し原告が商標法3条1項3号等に該当するとして商標登録無効審判を提起したところ、特許庁は第41類の「情報技術の使用に関する教育訓練研修」などの役務(以下「本件指定役務」という。)についての審判請求は成り立たないとの審決をした。これに対し原告が知財高裁に審決取消訴訟を提起したところ、知財高裁は、Scrum Master(標準文字)は本件指定役務の質(内容)を表示したものとして一般に認識されるものであるとして商標法3条1項3号に該当することを認め、特許庁の審決のうち本件指定役務に係る部分を取り消した(知財高裁令和4年5月19日判決(令和3年(行ケ)第10100号))。

事案の概要
 被告は、以下の商標登録第6042646号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。

   商標;Scrum Master(標準文字)
  出願日;平成29年6月19日
登録査定日;平成30年4月17日
設定登録日;平成30年5月11日
指定商品・指定役務;
 第16類;教材、書籍、定期刊行物、印刷物など
 第35類;広告業など
 第41類;「電子出版物の提供、電気通信回線を通じて行う静止画像・動画像・音声付き静止画像・音声付き動画像・映像・電子出版物・教育情報の提供」および「情報技術の使用に関する教育訓練研修」など

 原告らが、令和元年9月27日、本件商標について商標法3条1項3号等に該当することを理由に商標登録無効審判(無効2019-890057号事件)を請求したところ、特許庁は令和3年7月21日、下記の内容の審決(以下「本件審決」という。)をした。

  • 本件商標は、本件商標の指定商品及び指定役務のうち、第16類「教材、書籍、定期刊行物、印刷物」及び第41類「電子出版物の提供、電気通信回線を通じて行う静止画像・動画像・音声付き静止画像・音声付き動画像・映像・電子出版物・教育情報の提供」については商標法3条1項3号及び4条1項16号に該当するから登録を無効とすべき。
  • 第41類の「情報技術の使用に関する教育訓練研修」などの役務(以下「本件指定役務」という。)を含むその余の指定商品及び指定役務についての審判請求は成り立たない。


 特に、本件審決が、本件指定役務について商標法3条1項3号に該当しないと判断した理由の要点は下記のとおりである。

  • 本件商標の登録査定時に「Scrum Master」は、コンピュータ、IT関連の分野において、アジャイルソフトウェア開発手法の一つである「Scrum」における役割の一つを表すものとして理解、認識されていた(筆者注;アジャイルソフトウェア開発とは、小さなプログラムの開発とテストを繰り返してプログラム全体の完成に近づけるべきという理念のことを指す)。
  • 本件商標の登録査定前の2003年から2017年にかけて、「Scrum Master(スクラムマスター)」について記載された書籍、論文が発行等されている。
  • 本件商標の登録査定前の2003年から2018年にかけて発行・作成された雑誌やウェブサイト等に、「Scrum Master(スクラムマスター)」の認定制度、研修やセミナー等に関する記載が見受けられる。
  • しかし、「Scrum Master(スクラムマスター)」に特化した研修やセミナー等に関する証拠は限定的である上、その具体的な内容についての説明や当該研修やセミナー等の開催規模や開催頻度等の具体的な証拠はなく、また、「Scrum Master(スクラムマスター)」の認定制度の有資格者数もさほど多いとはいえないため、本件商標は本件指定役務との関係においては「Scrum Master(スクラムマスター)」を内容とする役務であることを理解させるものとはいい難い。
  • 「情報技術の使用に関する教育訓練研修」などの本件指定役務について、「Scrum Master」の文字が、商品の品質及び役務の質等を直接的に表すものとして一般に使用されているとまではいえず、また、本件商標に接する取引者、需要者が、本件商標を商品の品質及び役務の質等として認識するとみるべき特段の事情も見いだせないから、本件商標は、本件商品・役務以外の指定商品及び指定役務に使用しても、商品の品質及び役務の質を表示するものとはいえず、自他商品及び自他役務の識別標識としての機能を果たし得るものである。

 原告らは、令和3年8月27日、本件審決のうち本件指定役務に係る部分について取消を求めて審決取消訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起した。

本判決
 知財高裁は商標法3条1項3号の趣旨について下記のとおり判示した。

 商標法3条1項3号が、「その役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」について商標登録の要件を欠くと規定しているのは、このような商標は、指定役務との関係で、その役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途その他の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他役務の識別力を欠くものであることによるものと解される。
 そうすると、商標が、指定役務について役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというためには、商標が指定役務との関係で役務の質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり、当該商標が当該指定役務に使用された場合に、取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質を表示したものとして一般に認識されるものであれば足りるものであって、必ずしも当該商標が現実に当該指定役務に使用されていることを要しない。

 これを踏まえて、下記のとおり、知財高裁は本件商標が「情報技術の使用に関する教育訓練研修」などの本件指定役務との関係での商標法3条1項3号に該当するため、本件審決のうち本件指定役務に係る部分については取り消すべき旨、判示した。
  • 本件商標の登録査定時において、「Scrum」の語は、コンピュータ、IT関連の分野において、アジャイルソフトウェア開発の手法の一つを表すものとして認識され、また、「Scrum Master」の語は、同分野において、アジャイルソフトウェア開発の手法の一つである「Scrum」における役割の一つを表すものとして認識されていた。
  • 「マスター」(master)の語は、一般に、「あるじ。長。支配者」、「修得すること。熟達すること」等の意味を有することからすると、「Scrum Master」の語からは、アジャイルソフトウェア開発の手法の一つである「Scrum」を修得した者、「Scrum」に熟達した者などの観念をも生ずる。
  • 本件商標が本件指定役務に含まれる「教育訓練、研修会及びセミナー等」に使用された場合には、取引者、需要者は、当該教育訓練等がアジャイルソフトウェア開発の手法の一つである「Scrum」を修得することや、「Scrum」における特定の役割に関する教育訓練等であることを示したものと理解するものといえるから、本件商標は、かかる役務の質(内容)を表示したものとして一般に認識されるものと認めるのが相当である。
  • そして、本件商標は、標準文字で構成されており、「Scrum Master」の文字を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものであるといえるから、本件商標は、本件指定役務の質(内容)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標(商標法3条1項3号)に該当するものと認められる。


検討
 知財高裁は本判決において、商標法3条1項3号が記述的商標の登録を認めないのは、記述的商標が「取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他役務の識別力を欠くものであることによる」と判示し、さらに商標法3条1項3号に該当するかどうかは「商標が指定役務との関係で役務の質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり、当該商標が当該指定役務に使用された場合に、取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質を表示したものとして一般に認識されるものであれば足りるものであって、必ずしも当該商標が現実に当該指定役務に使用されていることを要しない」と判示した。

 上記判示内容は従来の裁判例および通説に沿うものである。
 例えば、最高裁も、ワイキキ事件最高裁判決(最判昭54.4.10判時927号233頁)において商標法3条1項3号が記述的商標の登録を認めない趣旨を本判決と同様に説明しており、さらにGEORGIA事件最高裁判決(最判昭61.1.23判時1186号131頁)も「商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するためには必ずしも当該指定商品が当該商標の表示する土地において現実に生産され又は販売されていることを要せず、需要者又は取引者によって、当該指定商品が当該商標の表示する土地において生産され又は販売されているであろうと一般に認識されることをもつて足りる、と判示している。

 本件審決と本判決においては、本件商標が「情報技術の使用に関する教育訓練研修」などの本件指定役務との関係での商標法3条1項3号に該当するかどうかについての判断が相違した。
 本件審決においては、「Scrum Master(スクラムマスター)」に特化した研修やセミナー等に関する証拠は限定的であることなどから、「情報技術の使用に関する教育訓練研修」などの本件指定役務との関係では「Scrum Master(スクラムマスター)」を内容とする役務であることを理解させるものとはいい難く、本件商標が商品の品質及び役務の質等を直接的に表すものとして一般に使用されているとまではいえず、また、本件商標に接する取引者、需要者が、本件商標を商品の品質及び役務の質等として認識するとみるべき特段の事情も見いだせないとして、本件商標は本件指定役務との関係では商標法3条1項3号に該当しないと判断された。
 これに対し、本判決は、商標が役務との関係で商標法3条1項3号に該当するかについては、当該商標が指定役務に使用された場合に、取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質を表示したものとして一般に認識されるものであれば足り、本件審決のように商標がその指定役務に使用されていることを要求する必要はない、と述べている。
 本判決によれば、ある登録商標が商標法3条1項3号の記述的商標に該当すると主張する無効審判請求人としては、もしも当該商標がその商品・役務に実際に使用されていればその事実をもって当該商標が商標法3条1項3号に該当することを基礎づける証拠として用いることができるものの、もしそのような事実がなくても、その商標の構成自体から商標が商品・役務の質を表示したものと一般に認識されることの主張に成功すればよい、という整理になると考えられる。

 本判決は、商標が商標法3条1項3号の記述的商標に該当するかどうかについて特許庁と知財高裁において判断が分かれた事例であり、参考となると思われる。

 なお、本件商標の出願当時の商標審査基準(改訂第13版)においては記載がなかったが、現行の商標審査基準(改訂第15版)においては、商標がその指定商品又は指定役務に使用されたときに、取引者又は需要者が商品又は役務の特徴等を表示するものと一般に認識する場合に商標法3条1項3号に該当すると判断すること、 一般に認識する場合とは、商標が商品又は役務の特徴等を表示するものとして、現実に用いられていることを要するものではないことが記載されている。


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文責: 堀内 一成 (弁護士・弁理士)