令和5年5月12日号

特許ニュース

知財高裁が、抗PCSK9抗体特許がサポート要件に違反するとして当該特許を無効と判断した事例

 アムジェンの抗PCSK9抗体特許に対し、本件特許明細書において、①PCSK9との結合に関して参照抗体と競合する抗体であれば結合中和抗体としての機能的特性を有すること、 ②参照抗体が結合を中和するメカニズム等について明記したとはいえないことから、サポート要件違反であるとし、リジェネロンにより請求された無効審判請求を棄却する審決を取り消す判決が出された(知財高裁令和5年1月26日判決(令和3年(行ケ)第10093号))。

事案の概要

 被告アムジェン・インコーポレーテツド(以下「アムジェン」という。)は平成27年3月6日、特許第5705288号(以下「本件特許」という。)につき、設定登録を受けた。
 抗PCSK9抗体を含む医薬品プラルエント®を販売していた訴外サノフィは、本件特許に対して無効審判を請求したが、アムジェンにより訂正請求が行われ、特許庁は当該訂正を認めたうえ無効審判について不成立審決をした(無効2016-800004号事件)。サノフィは同審決に対して審決取消訴訟を提起したが請求が棄却され確定した(知財高判平成30年12月27日、平成29年(行ケ)第10225号、「別件審決取消訴訟」)。当該別件審決取消訴訟では、サノフィが主張する取消事由(進歩性の判断の誤り、サポート要件の判断の誤り、実施可能要件の判断の誤り)の存在がいずれも否定された。

 なお、本件発明1(上記訂正後の請求項1)および本件発明9(上記訂正後の請求項9)は下記のとおりである。「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」を「21B12抗体」といい、「参照抗体」ともいう。

【請求項1】 PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。
【請求項9】 請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。

 さらに、アムジェンによりサノフィに対し提起された本件特許の侵害訴訟で、サノフィが販売していた抗PCSK9抗体を含む医薬品プラルエント®が差し止められ(知財高判令和元年10月30日、平成31年(ネ)第10014号)、プラルエント®は販売停止になった。海外でサノフィとプラルエント®を共同開発した原告リジェネロン・ファーマシューティカルズ・ インコーポレイテッド(以下「リジェネロン」という。)が本件特許についての無効審判を提起したところ特許庁は不成立審決をしたため(以下「本件審決」という。無効2020-800011号事件)、原告は当該審決の取消しを求め、本件訴訟を提起した。
 争点については、別件審決取消訴訟と同様に、当事者双方から進歩性や実施可能要件などの複数の取消事由に関する主張がされているが、本件判決ではサポート要件に関する判断のみ示されていることに注目して、紹介する。

本判決

本件判決ではまず、

…特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当である。

とサポート要件に関する一般的な基準を明記し、

本件発明に係る特許請求の範囲の記載について見ると、本件発明の請求項1は、①「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」、②PCSK9との結合に関して、「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(21B12抗体)(参照抗体)と「競合する」、③「単離されたモノクローナル抗体」との発明特定事項を有するものであり、①と②の発明特定事項は、③のモノクローナル抗体の性質を決定するものと解される。

と本件発明を特定した。

 次に、

本件発明における「中和」とは、PCSK9とLDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節することであり、PCSK9とLDLRタンパク質結合部位を直接封鎖するものに限らず、間接的な手段(リガンド中の構造的又はエネルギー変化等)を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる態様を含むものである。

本件発明における参照抗体と「競合する」とは、参照抗体がPCSK9と結合する部位と同一の又は重複するPCSK9上の部位に結合して、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ことや、参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害して、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ことをも意味するものと解され、抗体がPCSK9への参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ことがアッセイにより測定されれば抗体間の「競合」と評価されるものであり、本件発明では「競合」の程度は特定されていない。

と本件発明に係る特許請求の範囲の記載の「中和」と「競合」の意義について明らかにした上で、

参照抗体と競合する、本件発明のモノクローナル抗体は、様々な程度で、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ものであって、必ずしも参照抗体がPCSK9と結合する同一のPCSK9上の部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体に限らず、参照抗体がPCSK9と結合するPCSK9上の部位と重複する部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体や、参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害する態様でPCSK9に結合し、参照抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体を含むものであると認められる。

と本件発明のモノクローナル抗体の21B12抗体との「競合」の程度・態様については、様々なものが含まれるとした。

そして、

そもそも本件発明の課題は、…LDLRタンパク質と結合することにより、対象中のLDLRタンパク質の量を減少させ、LDLの量を増加させるPCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和する抗体又はこれを含む医薬組成物を提供することであり、このような課題の解決との関係では、参照抗体と競合すること自体に独自の意味を見出すことはできないから、このような観点からも、上記のとおり、本件発明の技術的意義は、21B12抗体と競合する抗体であれば、21B12抗体と同様のメカニズムにより、結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあるというべきである。

と、本件発明は21B12抗体と競合する抗体であれば21B12抗体と同様のメカニズムにより、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して、PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することを明らかにする点に技術的意義があると認定した。

そして、明細書の記載について、

本件明細書には、上記競合する抗体として同定された抗体の中で中和活性を有すると記載される抗体がPCSK9上へ結合する位置についての具体的な記載はなされていないものの、21B12抗体と同一性の高いアミノ酸配列を有する抗体群については、21B12抗体と同様の位置でPCSK9に結合する蓋然性が高いといえるとしても、それ以外のアミノ酸配列を有する数グループの抗体については、エピトープビニングのようなアッセイで競合すると評価されたことをもって、抗体がPCSK9上に結合する位置が明らかになるといった技術常識は認められない以上、PCSK9上で結合する位置が明らかとはいえない。

また、本件発明の「PCSK9との結合に関して、参照抗体と競合する」との性質を有する抗体には、上記本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載される数グループの抗体以外に非常に多種、多様な抗体が包含されることは自明であり

なお、本件明細書には「例示された抗原結合タンパク質と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質及び断片は、類似の機能的特性を示すと予想される。」(【0269】)との記載があるが、上記のとおり、「PCSK9との結合に関して21B12抗体と競合する」とは、21B12抗体と同じ位置でPCSK9と結合することを特定するものではないから、21B12抗体と競合する抗体であれば、21B12抗体と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質(抗体)であるとはいえず、このような抗体全般が21B12抗体と類似の機能的特性を示すことを裏付けるメカニズムにつき特段の説明が見当たらない以上、本件発明の「PCSK9との結合に関して、21B12抗体と競合する抗体」 が21B12抗体と「類似の機能的特性を示す」ということはできない。

と、21B12抗体と競合してLDLRタンパク質を中和する抗体には、非常に多種、多様な抗体が包含され、それぞれに特段の説明が見当たらない以上、必ずしも21B12抗体と同じメカニズムで競合し、結合を中和させるとはいえないと示した。

 以上のとおり、本件発明は21B12抗体と競合する抗体であれば21B12抗体と同様のメカニズムによりLDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖してPCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することを明らかにする点にその技術的意義があるのに、それに対して本件明細書によると参照抗体と競合する抗体がPCSK9上へ結合する位置が明らかでなく、また、「PCSK9との結合に関して、21B12抗体と競合する抗体」 が21B12抗体と類似の機能的特性を示すということも示されていないとして、知財高裁は、本件発明はサポート要件に適合しないと判断し、これと異なる審決を取り消した。

 なお、サノフィのプラルエント🄬は、「EGFaミミック抗体」の一つであるところ、原告は本件発明の特許請求の範囲には「EGFaミミック抗体」が含まれるが、本件明細書に記載された方法では、「EGFaミミック抗体」を取得できていないとして、このこともサポート要件違反の理由として主張していた。これについて裁判所は下記のように明確な判断を避けつつ、この主張が認められる余地があることを示唆した。

なお、原告の主張のうち…「EGFaミミック抗体」に係る点は首肯するに値するものを含み、サポート要件が満たされているとする被告の主張に疑義を生じさせるものと考えるが、この点に関する判断をするまでもなく、上記のとおり、本件発明1及び9は、いずれもサポート要件に適合するものとは認められないから、更なる判断を加えることは差し控えることとする。


 また、裁判所は、付言として、①本件発明を巡る国際的状況について、

原告は、欧州では、異議申立抗告審において、令和2年に、本件発明と実質的に同じ対応欧州特許について、 進歩性欠如により無効であると判断されており、また、米国では、合衆国連邦巡回区控訴裁判所において、令和3年2月11日に、本件発明より限定された対応米国特許につき、実施可能要件違反により無効であると判断されており、現在、我が国は、本件特許の有効性が裁判所により維持されている世界で唯一の国である旨主張し、他方、被告は、上記連邦巡回区控訴裁判所の判断につき、連邦最高裁判所は、令和4年11月4日に、裁量上告受理申立てを認めたので、上記判断が覆される可能性が極めて高い旨主張するが、もとより、他国における判断が本件判断に直ちに影響を与えるものではないことは明らかである。

と説示した。

 また、②別件審決取消訴訟では、サノフィによるサポート要件違反に関する主張は退けられていることについては、

本訴においては、【A】 博士や【B】博士の各供述書、【F】教授の鑑定書等(甲18、230)による構造解析、「EGFaミミック抗体」に係る関係書証(甲4の1及び2) 等の新証拠に基づく新主張により、上記前提に疑義が生じたにもかかわらず、この前提を支える判断材料が見当たらないのであるから、別件判決の結論と本件判断が異なることには相応の理由があるというべきである。

と述べた。

検討
 本判決は、日本において本件特許については他にも特許侵害訴訟や審決取消訴訟が行われていたなか、本件特許の特許性を初めて否定した判決として注目に値する。

 本件審決では、

フレンツェル博士の供述書(1)(甲2の1)の実証実験の結果及びそれに関するライヒマン博士の供述書(1)は本件のサポート要件適合性に影響を与えるものではない。むしろ、上記実証実験の結果は、本件がサポート要件に適合するものであることを裏付けている。すなわち、上記実証実験では、本件明細書に記載されたのと同様の方法で作製された抗PCSK9モノクローナル抗体からスクリーニングされた、21B12抗体と競合する抗体13個のうち3個(23%)がPCSK9とLDLRとの結合を中和するものであったことが示されており、このことは、「PCSK9とLDLRとの結合を中和することができ」ることについてのスクリーニングと「21B12抗体と競合する」ことについてのスクリーニングの順序を本件明細書の実施例とは逆にしても十分に高い確率で本件特許発明の抗体をいくつも得ることができることを示している。

と実証実験やそれに対する供述書等の証拠から、21B12抗体と競合する抗体13個のうち3個(23%)が結合中和特性を持つことを理由として、十分に高い確率で本件特許発明の抗体をいくつも得られるとされていた。

 これに対し、本件訴訟において原告は、

【A】博士の供述書 (甲2の1)は、本件優先日当時の周知技術を用いて得られたPCSK9に結合するモノクローナル抗体を多数取得し、21B12抗体との競合試験、PCSK9-LDLR結合中和試験を行った結果であるが、これによると、21B12抗体と競合する抗体であっても、その大部分といえる約8割(13個中10個)の抗体は、結合中和することができない抗体であったことが示されている。

と、大部分の抗体が結合中和することができない抗体であると主張している。裁判所は結果的に、【A】博士の供述書 (甲2の1)について「証拠として提出された実証実験結果は、信頼性を有するもの」と述べるにとどめているが、同一の証拠(事実)に対する評価の違いが原告と被告間で表れている点で興味深いといえる。

 本件特許は、抗体そのものの構造が特定されていない機能的クレームであった。「~と競合する~阻害剤」のようなクレームは、それが認められれば、出願人にとっては広い保護範囲を得ることができるメリットがある。しかし、このようなクレームをすべて認めると発明者が特定した機序とまったく異なる機序に基づく発明まで出願人に独占させることになる。すでに指摘されているとおり1 、タンパク質阻害剤Xを得た者がそのXと競合する機能的クレームでの特許権の取得を目指すことが予想され、この場合には、被疑侵害者側は侵害クリアランス調査のために当該タンパク質阻害剤Xを実際に取得して自社製品と競合するかどうかを確認することが必要となりかえって産業の発展を阻害することも懸念される。よって、本件特許をサポート要件違反とした本件判決は、妥当なものといえる。
 もっとも、今後クレームの範囲を限定することでサポート要件違反は解消されうる。
 また、「EGFaミミック抗体」に関連する明確な判断も避けていることから、今回の判決が原告側にとって根本的な問題解決になっているかは疑問が残るところである。

 なお、上述の侵害訴訟で本件特許とともに侵害が認められると判断された、本件特許と参照抗体のみが異なる同様のアムジェンの抗体特許(特許第5906333号)に対する無効審判請求棄却審決に対する審決取消訴訟(令和3年(行ケ)第10094号)判決も、同日に出されており、同様の内容の判決である。


1)医薬系特許的判例ブログ「2019.10.30 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成31年(ネ)10014」の記事(外部ウェブサイト)

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 古橋 和可菜(弁護士)