原告は、フランスのファッションデザイナーであるクリスチャン・ルブタンとその会社(以下「原告ら」という。)で、赤いラッカーコーティングされた靴底を有する高級革靴で知られる。被告は、日本の婦人靴ブランドである株式会社エイゾーコレクションであり、赤い靴底の黒いハイヒールを製造・販売している。
原告らは、被告のハイヒールの靴底が、原告表示(女性用ハイヒールの靴底にパントン社が提供する色見本「PANTONE 18-1663TPG」(以下「原告赤色」という。)を付したもの)に類似しているとして、被告商品(赤色のゴム素材から成る靴底に金色で「EIZO」のロゴマークが付されている商品)につき、不正競争防止法第2条第1項第1号および同第2号に基づき、その製造・販売の差止め及び損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提起した。裁判所は、これを認めず、原告らの請求を棄却した(東京地裁令和4年3月11日判決(平成31年(ワ)第11108号)。
事実関係
原告表示は以下のイラストの女性用ハイヒールの靴底にパントン社が提供する色見本「PANTONE 18-1663TPG」を付したものである。なお、PANTONEは国際的に使用されている色見本帳であり、CMYKのような色の重ね合わせで色を指定するのではなく、特定の色を指定するために使用される。
本裁判中に行われた検証の結果、「ルブタンの女性用ハイヒールは全て、革素材の靴底が原告赤色でラッカー塗装されている」と認定されている。なお、ラッカー塗装とは、有機溶剤にニトロセルロース等を溶解させた塗料を用いて塗装し、溶剤を乾かすことで、光沢を持つ薄い塗膜を形成することができる塗装方法を意味する。
原告表示 | 原告商品 |
本判決
2 不競法2条1項1号該当性について
(1)不競法2条1項1号は、他人の周知な商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)と同一又は類似の商品等表示を使用等することをもって、不正競争に該当する旨規定している。この規定は、周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するという観点から、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止し、事業者間の公正な競争等を確保するものと解される。そして、商品の形態(色彩を含むものをいう。以下同じ。)は、特定の出所を表示する二次的意味を有する場合があるものの、商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではないから、上記規定の趣旨に鑑みると、その形態が商標等と同程度に不競法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、商品等表示には該当しないというべきである。そうすると、商品の形態は、①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(以下「特別顕著性」という。)を有しており、かつ、②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(以下、「周知性」といい、特別顕著性と併せて「出所表示要件」という。)であると認められる特段の事情がない限り、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。 そして、商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときであっても、上記商品に関する表示が全体として商品等表示に該当するとして、その一部の商品を販売等する行為まで不正競争に該当するとすれば、出所表示機能を発揮しない商品の形態までをも保護することになるから、上記規定の趣旨に照らし、かえって事業者間の公正な競争を阻害するというべきである。のみならず、不競法2条1項1号により使用等が禁止される商品等表示は、登録商標とは異なり、公報等によって公開されるものではないから、その要件の該当性が不明確なものとなれば、表現、創作活動等の自由を大きく萎縮させるなど、社会経済の健全な発展を損なうおそれがあるというべきである。そうすると、商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときは、上記商品に関する表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。 |
原告表示は、別紙原告表示目録記載のとおり、原告赤色を靴底部分に付した女性用ハイヒールと特定されるにとどまり、女性用ハイヒールの形状(靴底を含む。)、その形状に結合した模様、光沢、質感及び靴底以外の色彩その他の特徴については何ら限定がなく、靴底に付された唯一の色彩である原告赤色も、それ自体特別な色彩であるとはいえないため、被告商品を含め、広範かつ多数の商品形態を含むものである。 |
そして、前記認定事実及び第2回口頭弁論期日における検証の結果(第2回口頭弁論調書及び検証調書各参照)によれば、原告商品の靴底は革製であり、これに赤色のラッカー塗装をしているため、靴底の色は、いわばマニュキュアのような光沢がある赤色(以下「ラッカーレッド」という。)であって、原告商品の形態は、この点において特徴があるのに対し、被告商品の靴底はゴム製であり、これに特段塗装はされていないため、靴底の色は光沢がない赤色であることが認められる。そうすると、原告商品の形態と被告商品の形態とは、材質等から生ずる靴底の光沢及び質感において明らかに印象を異にするものであるから、少なくとも被告商品の形態は、原告商品が提供する高級ブランド品としての価値に鑑みると、原告らの出所を表示するものとして周知であると認めることはできない。そして、靴底の光沢及び質感における上記の顕著な相違に鑑みると、この理は、赤色ゴム底のハイヒール一般についても異なるところはないというべきである。
したがって、原告表示に含まれる赤色ゴム底のハイヒールは明らかに商品等表示に該当しないことからすると、原告表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないものと認めるのが相当である。 |
のみならず、前記認定事実によれば、そもそも靴という商品において使用される赤色は、伝統的にも、商品の美感等の観点から採用される典型的な色彩の一つであり、靴底に赤色を付すことも通常の創作能力の発揮において行い得るものであって、このことはハイヒールの靴底であっても異なるところはない。そして、原告赤色と似た赤色は、ファッション関係においては国内外を問わず古くから採用されている色であり、現に、前記認定事実によれば、女性用ハイヒールにおいても、原告商品が日本で販売される前から靴底の色彩として継続して使用され、現在、一般的なデザインとなっているものといえる。そうすると、原告表示は、それ自体、特別顕著性を有するものとはいえない。また、前記認定事実によれば、日本における原告商品の販売期間は、約20年にとどまり、それほど長期間にわたり販売したものとはいえず、原告会社は、いわゆるサンプルトラフィッキング(雑誌編集者、スタイリスト、著名人等からの要望又は依頼に応じて、これらの者が雑誌の記事、メディアでの撮影等で使用するため原告商品を貸し出すという広告宣伝方法をいう。)を行うにとどまり、自ら広告宣伝費用を払ってテレビ、雑誌、ネット等による広告宣伝を行っていない事情等を踏まえても、極めて強力な宣伝広告が行われているとまではいえず、原告表示は、周知性の要件を充足しないというべきである。したがって、原告表示は、そもそも出所表示要件を充足するものとはいえず、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当するものとはいえない。 |
また、前記認定事実によれば、原告商品は、最低でも8万円を超える高価格帯のハイヒールであって、靴底のラッカーレッド及びその曲線的な形状に加え、靴の形状、ヒールの高さその他の形態上の顕著なデザイン性を有する商品であるのに対し、被告商品は、手頃な価格帯の赤色ゴム底のハイヒールであることからすると、ハイヒールの需要者は、両商品の出所の違いをそれ自体で十分に識別し得るものと認めるのが相当である。さらに、いわゆる高級ブランドである原告商品のような靴を購入しようとする需要者は、その価格帯を踏まえても、商品の形態自体ではなく、商標等によってもその商品の出所を確認するのが通常であって、原告商品、被告商品とも、中敷や靴底にブランド名のロゴが付されているのであるから、需要者は当該ロゴにより出所の違いを十分に確認することができる。しかも、原告商品のような高級ブランド品を購入しようとする需要者は、自らの好みに合った商品を厳選して購入しているといえるから、旧知の靴であれば格別、現物の印象や履き心地などを確認した上で購入するのが通常であるといえ、上記の事情を踏まえても、このような場合に誤認混同が生じないことは明らかである。
このような取引の実情に加え、原告商品と被告商品の各形態における靴底の光沢及び質感における顕著な相違に鑑みると、原告商品と被告商品とは、需要者において出所の混同を生じさせるものと認めることはできない。 そうすると、被告商品の販売は、不競法2条1項1号にいう不正競争に明らかに該当しないものと認められる。 |
原告らは、原告商品と被告商品とを同時に並べて対比的観察を行っても、原告赤色と被告商品の靴底に付せられた赤色の色合いは何ら違わず同一であり、光沢の程度や質感の相違等に僅かな差異が存在するとしても、これらは一見して分からない程度の差異にすぎない旨主張する。しかしながら、第2回口頭弁論期日における検証の結果によれば、原告商品と被告商品の両靴底の光沢及び質感の差異は一見して分からない程度のものではなく、ラッカーレッドで革製の原告商品の形態と赤色ゴム底の被告商品の形態とは、材質等から生ずる靴底の光沢及び質感において明らかに大きく印象を異にすることは、上記において説示したとおりである。そうすると、原告らの主張は、写真ではなく現物の印象の差異につき、裁判所の上記認定とは異なる前提に立つものである。
したがって、原告らの主張は、採用することができない。 |
原告らは、ウェブサイトを紙面に印刷した場合や、パソコンのモニター上で確認した場合には、原告商品と被告商品の材質の差異や光沢の有無等を確認することができない旨主張する。しかしながら、前記において説示したとおり、高級ブランド品を購入しようとする需要者は、旧知の靴であれば格別、自らの好みに合った商品を厳選して購入するために、現物の印象や履き心地などを確認した上で購入するのが通常であるといえるから、原告らの主張は、取引の実情につき、上記とは異なる前提に立つものである。
したがって、原告らの主張は、採用することができない。 |
ウ 本件アンケートは、令和2年10月9日から同月11日までの間、ファッションアイテム又はグッズを購入する20歳から50歳までの女性用ハイヒールを履く習慣のある女性を対象として、東京都、大阪府及び愛知県の特定のショッピングエリアで実施されたものである。そして、上記の条件で回答者(東京都1055人、大阪府1041人及び愛 知県1053人)を抽出し、インターネットを用いてアンケート調査を実施した。
エ 本件アンケートの結果によれば、本願商標を見てルブタンの出所を示すものと認識した人の割合は、靴底が赤いハイヒールを一切見たことがない人を対象に含めた場合には、64.77%~67.76%であり、これらの人を対象に含めない場合には、51. 60%~53.99%である。 他方、靴底が赤色の女性用ハイヒールを販売しているファッションブランドを知らなかった者及び分からなかった者の割合は、全サンプル30.13%(うち、靴底が赤色の女性用ハイヒールを見たことがない者は67.44%)であり(Q5「靴底が赤いハイヒール靴を販売しているファッションブランドがあることを知っていましたか。」、Q5-1「あ なたは、この画像のように靴底部分が赤いハイヒール靴を見たことがありますか。」)、選択式でルブタン以外のブランド名を選択した者の割合は、回答者数の34.78%であった (Q7「このように靴底部分が赤いハイヒールを見て、どちらのブランドが思い浮かびますか。」)。 |
原告らは、本件アンケート結果によれば、原告表示には商品等表示が認められる旨主張する。しかしながら、本件アンケートは、女性用ハイヒールの市場につき、①高級ブランド品、②手頃な価格帯のブランド品、③安価な無名品の3つのセグメントに分けられるとした上、高級ブランド品の需要者を主として対象とするものであるから、手頃な価格帯のブランド品のセグメントに属するといえる被告商品を含めたものとしては、必ずしも適切なものといえない。しかも、本件アンケートは、本願商標(商願2015-29921)の認識度調査であって、その形態として示された本願商標は、いわゆるピンヒールで比較的デザイン性のあるものであり、被告商品の形態とは、大きく異なるものである。のみならず、本願商標における靴底の赤色についても、光沢の有無等を一切捨象したものであるから、本件アンケート結果は、被告商品の現物を確認させた上で認識度を調査するものであれば格別、手頃な価格帯の赤色ゴム底のハイヒールが原告らの出所を示すことを明らかにするものではなく、上記に説示したところに照らすと、本件に適切ではない。そうすると、本件アンケートの結果は、上記認定を左右するに至らない。
したがって、原告らの主張は、採用することができない。 |
その他に、原告らの主張を改めて検討しても、ラッカーレッドで革製の靴底の原告商品と赤色ゴム底の被告商品とは、材質等から生ずる靴底の光沢及び質感において明らかに印象を異にするものであって、原告らの主張は、実質的には、写真ではなく現物の印象につき、前記認定とは異なる前提に立つものに帰するといえる。そうすると、原告らの主張は、上記判断を左右するに至らない。そもそも原告表示は、広範かつ多数の商品形態を含み得るものであって、上記の形態の相違にかかわらず、手頃な価格帯の赤色ゴム底のハイヒールについてまで原告らの商品等表示に該当するとすれば、かえって公正な競争を阻害し、社会経済の健全な発展を損なうおそれがあることは、上記において説示したとおりである。
したがって、原告らの主張は、いずれも採用することができない。 |
検討
(1)基準について
一般に、商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を持ち不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当するためには、特別顕著性と周知性が要求される。本判決も、「商品等表示」に該当するためには特別顕著性と周知性が必要であるとしている点においては、従来の裁判例と同様である。
知財高判平成24年12月26日〔ペアルーペ事件判決〕
商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し,不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当するためには,①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性),かつ,②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され,又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により(周知性),需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていることを要すると解するのが相当である。 |
商品の形態が①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、②特定の事業者による長期間に及ぶ継続的かつ独占的な使用,強力な宣伝広告等により,需要者において,当該特定の事業者の出所を表示するものとして周知されるに至れば(周知性),不競法2条1項1号の「商品等の表示」に該当するものといえる。 |
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文責: 鈴木 佑一郎(弁護士・弁理士)