日本で古くから商標登録を取得していたイタリアのパスタメーカーの登録商標(登録番号:第2719036号)に対して不使用取消審判が請求され、権利者は現在使用しているパッケージ数種類を使用商標として提出したものの、日本国特許庁は不使用取消審判で提出された使用商標と登録商標が同一ではないとして取消審決をした(取消2019-300116および取消2019-300222)。
長年商標を使用していると時代の変化・流行に合わせ商標の微修正が必要となることがあるが、そんなときに不使用取消審判請求を受けると、登録商標と実際の使用商標との間で、書体・図柄・縦横の配置・間隔の大きさ・付加される文字・色彩等々に差異が生じている場合が往々にして起こる。一方、アメリカでは「Tacking」といい、商標権者の使用する商標の態様が僅かに変更された場合であっても変更後の新しい商標について変更前の古い商標の権利を依然として主張することができる場合がある。そのような米国の事例も併せて紹介する。
事案の概要
本件は、日本で古くから商標登録を取得していたイタリアのパスタメーカーの下記商標に対して不使用取消審判が請求され、現在使用されているパッケージ数種類を使用商標として提出したものの認められなかったという事例である。
登録番号:第2719036号
登録日:平成9(1997)年 1月 31日
出願日:昭和63(1988)年 4月 23日
権利者:ファフ イタリア ソチエタ ペル アツィオニ1(以下、便宜的に「パスタザラ」という。)
指定商品:第30類 パスタ及び調理済みパスタ
前記1件の商標登録に対して下記2件の一部取消審判が請求された。いずれの審判でも、登録商標と使用商標が同一ではないと認定され、取消審決がなされた(両審決とも確定=全部取消)。なお、下記(1)の審理においては、商標の同一性の他、取消対象商品である「調理済みパスタ」に「Quick cook spaghetti」(調理時間が短く調理しやすいように加工されたスパゲッティ)が該当するかどうかも問題となり、商品の同一性が否定されたが、この論点については本稿では割愛する。
(1)審判番号:取消2019-300116(審判請求日:2019.02.15)
一部取消対象商品:調理済みパスタ
(2)審判番号:取消2019-300222(審判請求日:2019.03.22)
一部取消対象商品:パスタ
上記審判請求人はスペインのファッション企業「ZARA」であり、パスタザラが所有する他の商標登録第1943324号「ZARA」(取消2019-300114)及び第2439472号「pasta ZARAロゴ」(取消2019-300115)に対しても一部取消審判を行い、それぞれ取消審決を得ている。
不使用取消審判で提出された使用商標1及び2の外観と日本国特許庁の判断
不使用取消審判で提出された使用商標3の外観と日本国特許庁の判断
検討
上記述べたとおり、日本国特許庁は不使用取消審判で提出された使用商標と登録商標が同一ではないとして取消審決をした。
商標の長年の使用に伴って商標の態様が変更されることはしばしば見られる事態であるところ、アメリカではこのような事態が生じた場合にも古い商標の権利を主張し得る「Tacking」という法理があるため、紹介する。
1.アメリカ商標法上の「Tacking」の法理
アメリカ合衆国では、現在の商標(単語、フレーズ、シンボル、又はデザイン等)の所有者が、その保護を新しい商標に拡張することを可能にする「Tacking(タッキング)」という概念が認められている。タッキングとは、商標権者が、元の商標の権利を保持したまま、多少の商標の変更を可能とするいわば優先権をいう。
商標は、広告のトレンドや社会の変化によって度々変更が必要となることがある。これをRe-branding(リブランディング=ブランドの再構築)と呼ぶが、特に昨今の潮流として、リブランディングの際にDe-branding(デブランディング=ブランドの除去戦略)を行い、よりシンプルな商標としていくことが好まれる傾向にある。このような流れはアメリカや日本の企業だけに留まらない。
アメリカでは、正当なタッキングがなされれば、商標権者は従前の商標権の利益を保持することができる。正当なタッキングとは、新旧のマークが継続して同じ商業的印象を与えること、マーク自体が実質的に異ならないことである。この基準は侵害事件における出所混同可能性の基準より高くなければならないとされている。
タッキングは、商標の使用者が何も失うことなく時間の経過とともにマークを変更できるべきであるという裁判所の判断から生じた法理であり、このタッキング法理のおかげで、前記QUAKERロゴの権利者であるクエーカーオーツカンパニーは1893年の優先日を現在も維持している。
(2)タッキングが否定された例
(3) タッキングに関する重要判例Hana事件最高裁判決
(Hana Fin., Inc. v. Hana Bank, 574 U.S. 418, 135 S. Ct. 907 (2015) )
2007年、Hana Financial(1994年設立のカリフォルニア州法人)がHana Bank(1971年設立の韓国企業)を商標権侵害で訴えたところ、被告のHana Bankが、防御としてタッキングの法理を主張し、「하나은행」(発音:ハナウネン,筆者注「第一銀行」の意味2 )の使用の方が先であると主張した。原告Hana Financialは1996年にHana Financial (+ロゴ) の連邦商標登録を取得していた。
連邦地裁では、欧文字の「Hana Bank」は、ハナ銀行が使用していた商標「하나은행」にタックして優先的権利を主張することができるかどうかが争われ、陪審審理によってタッキングが認められた。しかし第9巡回区連邦控訴裁判所では、タッキングが陪審員と裁判所のどちらの問題であるかについて意見が分かれていた。
最高裁判所は、タッキングの審理は通常の購入者または消費者の視点から行われるため、変更されたマークが継続的に同じ商業的印象を生み出すかどうか(Legal Equivalent Test)は、事実が略式判決または法律問題としての判決を下すことを正当化するようなものではないかぎり、陪審員が決定するべきであると結論付けた。
2. 若干のコメント
今回紹介した不使用取消審判で取消審決がなされた日本国商標登録第2719036号は、昭和63(1988)年に出願され平成9(1997)年に設定登録されているから出願から登録まで実に9年かかっている。その後四半世紀にわたって日本市場で販売されており、現在でも使用商標1乃至3を付したパッケージで販売されているようである。これだけ長い間には商標を多少変更する必要が出て来るのは当然であろう。この審決は、時に応じて各国の商標登録ポートフォリオを見直すことの重要性を示唆してくれている。日本の商標法第50条第1項規定の不使用取消審判や同法第32条に規定される先使用の抗弁において、このような変更使用に保護が与えられることは現状では難しいと思われる。一方で、アメリカのQUAKERの例のように、新旧のマークが継続して同じ商業的印象を与える場合に保護を拡張するという考え方を、日本の商標制度に何等かの形で取り入れられないか、一度検討してみてもよいように思う。
1) 創業124年を迎えるパスタ専門の老舗食品会社。2020年、バリラ社に買収された。
2) 韓国語で「ハナ」は「1」を「ウネン」は「銀行」を意味する。原告Hana Financialも 被告Hana Bankも 商標の要部(自他識別力を発揮する部分)となるのは、「Hana=ハナ」の部分と考えられる。
文責: 加藤ちあき(弁理士)