令和3年12月20日号

商標ニュース

知財高裁、「マツモトキヨシ」の歌詞を含む音商標が商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たらないと判断する。

 原告の出願した「マツモトキヨシ」の歌詞を含む音商標の出願について、知財高裁は、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえないことから、本願商標は、商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできない、と判断した(知財高裁令和3年8月30日判決〔令和2年(行ケ)第10126号〕)。

事案の概要

 株式会社マツモトキヨシホールディングス(「原告」)が下記の音商標(本願商標)の出願を行ったところ、他人の氏名を含むものであって商標法4条1項8号に該当するとして拒絶査定を受けた。
 これに対して原告は審判請求を行ったところ拒絶審決(「本件審決」)がなされたため、原告は本件審決の取消を求めて知財高裁に審決取消訴訟を提起した。

本願商標(商願2017-007811号)

 
本件訴訟に至るまでの経緯は次のとおりである。
平成29年 1月30日 本件商標出願(商願2017-007811号)
平成30年 3月16日 拒絶査定
平成30年 6月20日 拒絶査定不服審判を請求(不服2018-8451号)
令和 2年 9月 9日 拒絶審決
令和 2年10月28日 本件審決取消訴訟提起(令和2年(行ケ)第10126号)
 

本判決

1 判断枠組みについて
 商標法4条1項8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人は、自らの承諾なしに、その氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものと解される。
 このような同号の趣旨に照らせば、音商標を構成する音が、一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合には、当該音商標は、「他人の氏名」を含む商標として、その承諾を得ているものを除き、同号により商標登録を受けることができないと解される。
 また、同号は、出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名、名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで、他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない。
 そうすると、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、取引の実情に照らし、商標登録出願時において、音商標に接した者が、普通は、音商標を構成する音から人の氏名を連想、想起するものと認められないときは、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから、当該音商標は、同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。

2 取引の実情に関する認定
 ①株式会社マツモトキヨシが昭和62年にドラッグストア「マツモトキヨシ」の店舗展開を開始した後、平成29年1月30日に本願の出願がされるまでの約30年以上にわたり、株式会社マツモトキヨシ、原告及び原告のグループ会社が、「マツモトキヨシ」の表示をドラッグストアの店名又は自己の企業名として継続して使用したこと、②同年3月31日現在で、ドラッグストア「マツモトキヨシ」の店舗数は、全国45都道府県で1555店舗、原告のグループ会社のメンバーズカードの会員数は約2440万人に達しており、また、「マツモトキヨシ」のブランドは、インターブランド社による2016年度及び2017年度のブランド価値評価ランキングでドラッグストアとして日本でナンバーワンブランドの評価を獲得したこと、③平成8年から開始されたドラッグストア「マツモトキヨシ」のテレビコマーシャルでは、女性又は男性の声の音色、複数の声の斉唱で本願商標と同一又は類似の音をフレーズに含むコマーシャルソングが相当数使用され、テレビコマーシャルが放映された以降においても、本願商標と同一又は類似の音がドラッグストア「マツモトキヨシ」の各小売店の店舗内において使用されていたことが認められる。
 これらの認定事実によれば、本願商標に関する取引の実情として、「マツモトキヨシ」の表示は、本願商標の出願当時、ドラッグストア「マツモトキヨシ」の店名や株式会社マツモトキヨシ、原告又は原告のグループ会社を示すものとして全国的に著名であったこと、「マツモトキヨシ」という言語的要素を含む本願商標と同一又は類似の音は、テレビコマーシャル及びドラッグストア「マツモトキヨシ」の各小売店の店舗内において使用された結果、ドラッグストア「マツモトキヨシ」の広告宣伝として広く知られていたことが認められる。

3 結論
 上記の取引の実情の下においては、本願商標の登録出願当時、本願商標に接した者が、本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から、通常、容易に連想、想起するのは、ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」、企業名としての株式会社マツモトキヨシ、原告又は原告のグループ会社であって、普通は、「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」、「松本潔」、「松本清司」等の人の氏名を連想、想起するものと認められないから、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない。
 したがって、本願商標は、商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。

検討

 本判決は、言語的要素からなる音商標について商標法4条1項8号(他人の氏名を含む商標)該当性を判断した初めての事例である。
 これまで判例通説は、商標法4条1項8号の趣旨を、人は、自らの承諾なしに、その氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあると解してきた(最三小判平成16年6月8日)。
 このような趣旨から、文字商標や氏名をロゴや図形化した商標については、形式的に商標中に他人の氏名を含めば商標登録はされない傾向にあり(知財高判令和2年7月29日知財高判令和元年8月7日等)、このような運用に対し否定的な見解も少なくなかった。
 本判決も上記最高裁判決を参照し、「このような同号の趣旨に照らせば、音商標を構成する音が、一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合には、当該音商標は、『他人の氏名』を含む商標として、その承諾を得ているものを除き、同号により商標登録を受けることができない」と判示している。
 一方で、本判決はさらに進んで、同号が、出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名、名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで、他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできないと判示している。このように、「出願人の商標登録を受ける利益」への配慮を本条の趣旨として組み込んだ点で非常に画期的であるといえる。
 そして、上記の趣旨から本判決は、「音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、取引の実情に照らし、商標登録出願時において、音商標に接した者が、普通は、音商標を構成する音から人の氏名を連想、想起するものと認められないときは、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから、当該音商標は、同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできない」という規範を定立した。
 本判決は、あくまで音商標に関する判示であり、他の商標にも射程が及ぶかは明らかでない。すなわち、本判決は、音としての「マツモトキヨシ」から「人の氏名」が連想、想起されるかどうかを問題としている点には注意を要する。
 もっとも、4条1項8号を「出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名、名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨」の規定と捉える限り、必ずしも本判決の射程が音商標にのみ及ぶとは解されないように思われる。
 例えば、氏名をロゴや図形化した商標の場合には、その構成次第ではあるが、当該ロゴ等を見たときに、全体として特定の企業が連想、想起され、人の氏名が想起されないという状態になることも十分にありうるところではあるように思われる。他方で、人の氏名からなる標準文字の文字商標の場合には、その商標のみを見て、「人の氏名」を指し示すものではないということは難しいように思われる。この点、本判決は、取引の実情として、企業名あるいはブランドとしての「マツモトキヨシ」の著名性や、音としての「マツモトキヨシ」の周知性を考慮しており、どういった場合に、「人の氏名」を含むとされるのか、考慮要素として参考になる。
 本判決は、これまで否定的な声も大きかった商標法4条1項8号の厳格な運用に大きな影響を与えうるものであり、今後の展開が待たれる。

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文責: 山田 康太(弁護士)