原告は、「MORISAWA」及び「モリサワ」の文字からなる各商標について第9類「コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体」を指定した各商標権を保有し、「MORISAWA PASSPORT」という名称でフォントのライセンスプログラムを提供しているところ、被告が運営するインターネットオークションサイトで出品者が原告に無断で複製されたフォントプログラムを出品するに当たり、「MORISAWA」の文字を含む標章及び「モリサワ」の文字からなる標章を含む画像を表示していた。これに対して、原告は、原告の各商標権が侵害されたことが明らかであり、出品者への損害賠償請求権の行使のために開示を受けるべき正当な理由があるとして、プロバイダ責任制限法に基づいて、出品者に関する氏名等の発信者情報の開示をサイト運営会社に請求した。東京地裁は、出品画像に含まれる各標章が原告の各商標と同一又は類似であり商品も類似するとして商標権侵害の成立を認め、さらに当該表示行為について違法性を阻却する事情は見当たらず、開示を受けるべき正当な理由もあるとして、出品者の発信者情報を開示する義務をサイト運営会社に認めた(東京地判令和2年(ワ)18003号)。
事実関係
原告は、デジタルフォントプログラムの開発、販売及び利用許諾等を行う会社であり、以下の各商標権を保有している。原告は、「MORISAWA PASSPORT」という名称でフォントのライセンスプログラムを提供しており、当該プログラムのユーザーは代金を支払って、契約期間中これを利用することができるとするライセンス契約を原告と締結する。フォントソフトの分野において、原告の販売数シェアは2016年から2020年まで連続して1位を占めており、上記の原告製品は幅広い層のユーザーが利用しているとされる。
原告商標1
商標:
登録番号:第4793752号
指定商品・役務:第9類 コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体
原告商標2
商標:
登録番号:第4536307号
指定商品・役務:第9類 コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体
被告は、電気通信事業を営む会社であり、インターネットオークションサイトである「ヤフオク!」を運営している。当該サイトでは、アカウント登録をすれば誰でもサイト内を閲覧したり、サイト上でのオークションに商品を出品して購入者を募集したりすることができる。
本件の出品者は、ヤフオク!上で「【1,634フォント収録/送料無料】モリサワパスポート MORISAWA PASSPORT 日本語フォント Windows Mac両対応」という商品名のソフトウェアを出品していた。出品ページ上では、以下の出品画像が表示されていたところ、本件出品画像には「MORISAWA」の文字を含む一部図案化された「MORISAWA PASSPORT」の標章(「本件標章1))及び「モリサワ」の文字からなる標章(「本件標章2」)が含まれていた(「本件表示行為」)。なお、本件商品は、フォントプログラムの電子的データそのものであり、プログラムが記録された記憶媒体ではない。
原告は、訴訟に至る前に調査の一環として出品者から本件商品を購入したところ、本件商品は原告が実在する会社との間で締結した「MORISAWA PASSPORT」のライセンス契約に基づきダウンロードされたフォントプログラムと同一の電子的データであることが判明した。もっとも、原告は、購入により判明した出品者の情報をもとに出品者と接触を試みたものの、出品者とは接触することができなかった。そこで、原告は、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(「プロバイダ責任制限法」)4条1項に基づいて、被告が保有する出品者の氏名等の発信者情報の開示請求訴訟を提起した。
本件標章1(赤枠部分)
本件標章2(赤枠部分)
原告は、本件標章1の要部は「MORISAWA」の部分であり、これと原告商標1は外観及び称呼において同一であるから、本件標章1と原告商標1は類似し、また本件標章2と原告商標2は同一であると主張した。そして、出品商品はフォントプログラムであって、指定商品「コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体」と実質的には同一であるから、商品についても類似性があると主張し、出品者が本件出品画像を表示して本件商品の入札者を募集する行為は原告の各商標権を侵害すると主張した。
これに対して、被告は、本件標章1は「MORISAWA PASSPORT」全体が一体と捉えられ、原告商標1とは外観、称呼、観念のいずれにおいても異なり類似しない、本件標章2は外観が判然とせず原告商標2と同一とはいえないと争った。さらに、商標権者が商品を譲渡することにより商標権は消尽し、その後に商標が付された状態で当該商品が転売されても商標権侵害は成立しない、本件出品者は本件商品を出品する際の商品の説明のために本件各標章を使用したにすぎず、また本件商品は原告が販売したプログラムが複製されたものがそのまま販売されているものであるからプログラムの品質に差異はなく、原告の各商標の出所表示機能及び品質保証機能は害されない等と主張して、本件表示行為は実質的違法性を欠くと反論した。
この違法性阻却事由に関する被告の主張に対して、原告は、契約上無断複製、譲渡が禁じられている商品を無断で複製したものが出品され本件出品画像が表示されることで、原告が本件商品の販売者である又は原告が本件商品の流通を許諾しているかのような誤解を与えるおそれがあり、原告の各商標の出所表示機能を害すると主張した。また、本件商品自体はライセンス契約が締結されたものではないために、ユーザーは原告のアフターサービスを受けることができず、原告の各商標の品質保証機能を害することになる等の事情から、本件表示行為には違法性阻却事由はないと主張した。
本判決
東京地裁は、以下のとおり、本件各標章は原告の各商標と同一又は類似であるとし、本件商品は原告各商標の指定商品と類似するとして、商標権侵害の成立を認めた。さらに、本件表示行為は原告各商標の機能を害するもので商標的使用に当たるとし、その他消尽の主張等も退け、本件表示行為について違法性を阻却する事情は認められないと判断した。
(1)商標権侵害の成否
東京地裁は、リラ宝塚事件等で示された結合商標に関する判断基準に基づいて、「本件標章1を構成する文字の大きさ,色,書体,書体及び文字の配置によれば,本件標章1は全体としてそれなりにまとまりよく構成されているとはいえるものの,本件標章1が文字を2段に配して構成されていること,1段目と2段目の文字の太さに相違があること,2段目の1文字目の「P」が,他の文字と異なり,平行四辺形で囲まれ,背景と文字の配色が逆になっていること,本件標章1の1段目と2段目との間には,各文字の高さの2分の1ないし3分の1の空隙が存在することに照らせば,本件標章1の1段目と2段目の結合の度合いは,外観上,強いとまではいえない」と認定した。そして、原告の社名がフォントソフトメーカーとしてその需要者の間で周知性を獲得していると認定した上で、社名「モリサワ」及びこれと同一の称呼を生じる「MORISAWA」は、需要者に対しフォントソフトの出所表示標識として相当程度の強い印象を与えると認めた。こうして、本件標章1の要部「MORISAWA」と原告商標1とは外観、称呼、観念において同一又は類似であるから、本件標章1と原告商標1とは類似すると判断した。
本件標章2についても、原告商標2の外観、称呼、観念と同一又は類似であるとして、本件標章2は原告商標2と類似すると判断した。
本件商品と原告各商標の指定商品との類否については、「商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により,それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあると認められる関係にある場合」には商標法37条1号にいう「類似する商品」に当たるとの判断基準に基づき、フォントプログラムすなわち電子的データである本件商品と記憶媒体である指定商品とは同一ではないものの、フォントプログラムの利用者においては電子的データをインターネット上からダウンロードして利用する場合もあれば、記憶媒体を用いて記憶された電子的データを端末にインストールする場合もあるのであるから、本件商品と原告各商標の指定商品とは類似すると認めた。
以上より、本件の出品者による本件表示行為について、原告各商標権に対する侵害が成立すると判断した。
(2)違法性阻却事由の存否
東京地裁は、以下のように、本件表示行為が原告各商標権を侵害することについて違法性阻却事由はないと判断し、原告各商標権が侵害されたことが明らかであると認めた。
前提として、以下のような原告製品の特徴が認定されている。
原告が提供する「MORISAWA PASSPORT」はフォントプログラム自体に加えて、ソフトウェアのインストール等に必要なプログラムと認証処理に必要なパッケージキーもセットになっており、ユーザーは原告とライセンス契約を締結し、原告から認証を得ることによって、所定の台数の端末にフォントプログラムをインストールすることができる。また、ユーザーにはライセンス証明書が発行され、当該証明書を表示することで原告からアフターサービスの提供を受けることができる。なお、ライセンス契約上、ライセンス取得者は指定された台数を超えるデバイスへプログラムをインストールしたり複製を作成することは禁じられ、原告の許諾を得ずにフォントプログラムを再配布することはできない等と定められている。
本件商品は、原告製品のフォントプログラムのみを複製したものであり、本件商品を端末にインストールした場合、フォント自体は利用できるものの、ライセンス証明書の発行や原告のアフターサービスの提供を受けることはできない。
①商標的機能論
「原告は,本件ライセンス契約を締結した上で,所定の手続による認証を受けない限り,ユーザーに「モリサワフォントプログラム」の使用を許諾していない。そして,原告は,本件規定により,「モリサワ フォントプログラム」の複製や,複製した「モリサワフォントプログラム」を譲渡等することを禁じているから,本件出品のように,「モリサワフォントプログラム」を複製したものをインターネットオークションサイトに出品する行為もまた,当然に禁じているものと認められる」と述べた上で、本件出品は、閲覧者に対して、出品者が原告から許諾を受けて出品しているものとの誤認混同を生じさせるおそれがあるとして、本件表示行為は原告各商標の出所表示機能を害すると判断した。
また、本件商品が、ライセンス契約のもとで提供される真正品と比較して、アフターサービスが受けられないという点について、このような差異は、品質の維持や向上等の観点からアップデートにより随時その内容が改変されていくことが当然想定されているというプログラムの性質から、「アフターサービスの有無は,プログラムの品質そのものに直結する事項というべき」であり、「原告による品質管理が及ばないという点において,品質において実質的に差異がある」として、本件表示行為は原告各商標の品質保証機能も害すると判断した。
②消尽
本件商品は原告が販売したものそのものではなく、原告はプログラムの複製、譲渡等を禁じていることから、本件商品が出品されることは原告の意思に基づかない流通過程であり、さらに本件商品と原告製品との間には品質に実質的な差異があることを考慮して、一旦は原告が他者に使用を許諾したものであっても、その複製物である本件商品をインターネットオークションサイトに出品するに際して原告各商標を用いることは、原告各商標権を侵害すると判断した。
③商標的使用
出品者は、本件商品の購入者を募るページに本件各標章を含む本件出品画像を掲載しているのであるから、本件出品画像が本件商品の出所を表示する役割を果たしているとして、本件表示行為は本件各標章の商標的使用に当たると判断した。
以上に加え、本件においては原告には発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」として、原告の発信者情報開示請求を認めた。
検討
プロバイダ責任制限法4条1項においては、開示請求を行う者の権利が侵害されたことが明らかであり、かつ損害賠償請求権の行使のためといった発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるときには、プロバイダに代表される特定電気通信役務提供者に対して、当該権利侵害に係る発信者の氏名、住所等の情報の開示を請求することができると定められている。特にインターネットオークションサイトでは出品ページ上に出品者を特定できる情報は基本的になく、匿名での配送が可能な場合もあり、出品者を特定し接触することが困難なこともある。そのような場合、訴訟まで行うとなるとそれなりの労力や時間を要することになるものの、出品者を特定する手段として、サイト運営会社に対して発信者情報開示請求を行い、サイト運営会社が保有している出品者に関する情報を開示してもらうという方法がある。
「権利が侵害されたことが明らか」であることという要件は、権利侵害の事実に加えて、不法行為等の成立を阻却する事由(違法性阻却事由)の存在をうかがわせるような事情が存在しないことまでを意味するものであるとされるが、商標権侵害であれば違法性阻却事由の存否として商標的使用や商標機能論の問題が検討され、基本的にはプロバイダ側から具体的な主張がなされることになる。
一般に、商標権者から購入した商品が転売される場合に、商標が付された商品の写真等を販売ページに掲載することは、基本的にはその商標の機能を損なう態様の使用ではないと考えられ、商標権侵害には当たらないことが多い。本件では、契約上無断複製、譲渡が禁じられているにも拘らずあたかも許諾を受けて出品しているものとの誤認混同を生じさせるおそれがあり、品質においても実質的に差異があるという出品ページ上には表れていない事情も詳細に検討されている。過去には真正品に改変等を加えて転売する場合には商標権侵害が成立するとされているが(Nintendo事件等)、そのような物理的な意味で真正品とは異なる場合以外に、商標権者の意思に反して流通に置かれた商品の販売についても商標権侵害が認められる場合があり(フレッドペリー並行輸入事件)、本件は後者のような場合にどのような事情が考慮され得るのか検討するに当たり参考になる。なお、被告は商標機能論の観点からの反論のほか消尽の主張もしているが、判決でも指摘されているとおり、本件商品は無断で複製されたもので、原告が販売した商品そのものでないのであれば、本来の消尽が問題となる場面ではないと考えられる。
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文責: 本阿弥 友子(弁護士)