大阪地裁及び知財高裁は、特許出願の段階で補正により新たに追加された構成要件を備えていない被疑侵害品の販売等について、文言侵害は否定したものの、当該補正の内容や出願人から提出された意見書の内容を踏まえ、被疑侵害品は特許請求の範囲から意識的に除外されたものではなく均等の第5要件は充足されていると判断し、そして他の均等の要件も充足されているとした上で、均等侵害を認めた(大阪地判令和3年3月25日(平成31年(ワ)第3273号)、知財高判令和3年10月14日(令和3年(ネ)第10040号))。
事案の概要
(1)被告の特許、原告の行為
被告(特許権者)は、発明の名称を「学習用具、学習用情報提示方法、及び学習用情報提示システム」とする特許(特許第4085311号、平成14年8月2日出願、平成20年2月29日登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告(被疑侵害者)は、平成30年12月ころから、「歌って覚えるゴロゴロイメージ都道府県」という名称のDVD-ROM(以下「被疑侵害品」という。)を制作・販売していた。
被告は、平成31年1月10日、原告に対し、被疑侵害品が本件特許に係る発明に酷似しているとして、法的措置をとることを言及しつつ、回答を求める書面を送付し、数日後にも、電話にて被疑侵害品の販売の停止を要求した。
そうしたところ、原告は、被疑侵害品の制作・販売は本件特許に係る権利を侵害しないとして、被告を相手に差止請求権不存在確認請求訴訟を提起した(本件訴訟)。
(2)本件特許の内容
本件訴訟で問題となった本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件特許発明」という。)は次のとおりである。
A コンピューターを備え、対応する語句が存在する原画の形態を該語句と結びつけて憶えるための学習用具であり、
B 前記コンピューターが、
B1 前記原画、該原画の輪郭に似た若しくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画、並びに、該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画、から成る組画の画像データが、複数個記録された組画記録媒体と、
B2 前記組画記録媒体に記録された複数個の組画の画像データから、一の組画の画像データを選択する画像選択手段と、
B3 前記選択された組画の画像データにより、前記第一の関連画、前記第二の関連画、及び前記原画の順に表示する画像表示手段と、
B4 前記関連画及び原画に対応する語句の音声データが記録された音声記録媒体と、
B5 前記音声記録媒体から、前記語句の音声データを選択する音声選択手段と、
B6 前記選択された語句の音声データを再生する音声再生手段と、を含み、
C 前記画像表示手段が、前記第一の関連画、前記第二の関連画、及び前記原画を、対応する語句の再生と同期して表示する
D 学習用具。
本件特許発明の内容を明細書に記載されている以下の例を使って説明すると、本件特許発明においては、例えば、京都府の形状(本件特許発明の「原画」)と名称を記憶させるために、コンピューター上で、ゾウの漫画(本件特許発明の「第一の関連画」)を表示させ、続いてゾウ(の鼻)や京都府の形状を連想させる抽象画(本件特許発明の「第二の関連画」)を表示させ、最後に記憶すべき京都府の形状(原画)を表示させ、これら一連の画像の表示に併せて、「巨象の」「鼻折れ」「京都府」といった音声を再生させる。本件特許発明は、このような第一の関連画(漫画)、第二の関連画(抽象画)、原画の組合せ(本件特許発明の「組画」)を複数個、コンピューター内の記録媒体に記録し、複数個ある組画から一つの組画を選択し(構成要件B2)、第1の関連画、第2の関連画、原画と順次表示し音声を再生することを内容とする学習用具である。
ここで、後述するとおり、「前記組画記録媒体に記録された複数個の組画の画像データから、一の組画の画像データを選択する画像選択手段」という構成要件B2は出願段階の補正により追加されたものであるが、被疑侵害品が同構成要件中の「一の組画…選択する」構成を備えているか否か、備えていないとしても均等侵害が成立するか否かが本件訴訟で争われた。
(3)本件特許の出願経過
本件においては均等の第5要件の充足性との関係で本件特許の出願経過が問題となったところ、まず、本件特許の出願時の請求項1は次のとおりであった。
「①(1又は複数種の記憶対象から成る記憶対象群に含まれる個別の記憶対象を表現する)原画及び(該原画に関連する関連事項又は関連像を表現する1又は複数種の)関連画から成る組画の画像が画像データとして記録された組画記録媒体を含んで成り、②それぞれの前記記憶対象に対応する前記組画を逐次又は一斉に表示して前記記憶対象を記憶する学習用具。」(①、②の記号や、丸カッコ内の記載は筆者にて付加)
これに対し、審査官は、概ね次のような明確性要件違反、進歩性欠如を指摘する拒絶理由通知を発した。
明確性要件違反:
請求項1の発明のうちの②の部分は人間が行う作業であり、物の発明としての「学習用具」の構成をなしていないため、本件特許発明が①の部分以外にいかなる構成を有するか不明である。
進歩性欠如:
引用発明は、記憶対象が「国家や自治体や行政単位に関連する地域の地図上の形状、又は該地域を象徴する国旗、シンボルマーク等の模様」ではなく、「関連画が、原画の輪郭あるいは形態に似せた、原画を連想させる動物や人物やその他の具体的なものの漫画」、ないし、「原画及び対応する漫画のいずれをも象徴する抽象画」ではない点で相違するが、具体的に何を記憶するために用い、どのような「関連画」とするかは通常の創作であって自然法則を用いない人為的取り決め事項にすぎず、記憶する内容と関連画の選択・作成に関しては技術的進歩性を奏する構成を伴なわない(自然法則を用いていない)から、当初の請求項1等記載の発明は引用文献発明から当業者が容易に想到し得たものである。
そこで、出願人は、構成要件B2を含む新しい構成要件を付加する等の補正を行い、特許請求の範囲を前述した本件特許のとおりとし、併せて、概要以下のような内容を含む意見書を提出した。
・ 補正後のクレームには、作業の主体を「手段」とし、人が行う作業を示す部分を削除した。これにより、補正後の発明(本件特許発明)は明確なものとなった。
・ 補正後の発明は原画の形態を対応する語句と結びつけて記憶することを目的としているのに対し、引用発明は英単語の記憶を目的としている。
・ 補正後の発明は原画の形態を記憶するために、記憶対象である原画の輪郭に似た又は連想させる輪郭を有する関連画を表示するのに対し、引用発明は、アニメ等の表示は行っているが、記憶対象が文字であることにより、記憶対象の輪郭に似た又は連想させる輪郭を有する関連画を表示しない。
・ 補正後の発明は、関連画の表示及び関連画に対応する語句の再生を行った後に原画の表示及び原画に対応する語句の再生を行うようにしたのに対して、引用文献には、そのような構成及び作用についての記載がない。
・ 補正後の発明の学習用具と引用発明の学習支援装置とは、発明の技術的思想が全く異なる。このため、引用文献から補正後の発明は容易に想到し得ない。
(4)被疑侵害品
被疑侵害品には、以下の例に示すとおり、日本全国の都道府県ごとに「イラスト画」、「形状・イラスト画」、「都道府県形状画」、「都道府県位置画」の4画をセット(セット画)にした映像が、(a)日本全国、及び(b)「北海道・東北地方」から「九州地方」までの6地方ごとに記録されていた。
被疑侵害品では、日本全国の各都道府県のセット画を北海道から沖縄県まで順々に再生するモード(ALL PLAYモード)、東北地方、関東地方等の地方ごとに再生するモード(地方選択モード)が選択できた。
いずれのモードでも、再生順は、地方ごとに作成者が設定した都道府県の順に自動で連続して再生され、選択された地方に属する都道府県のイラスト画、形状・イラスト画、及び都道府県形状画の一連の語呂合わせの歌の音声が再生される。
しかし、被疑侵害品では、個々の一つの都道府県を選択してセット画を再生することはできなかった。
第一審判決
本件訴訟では文言侵害と均等侵害が争われたが、第一審の大阪地裁は、以下のとおり、被疑侵害品を使用したコンピューターは構成要件B2を充足せず文言侵害は成立しないものの、均等侵害は成立しているとして、原告(被疑侵害者)の請求を棄却した。
(1)文言侵害
大阪地裁は、被疑侵害品(を使用したコンピューター)は、複数の都道府県が組み合わされた全国又は地方をまとめて選択しセット画を再生する一方、個々の一つの都道府県を選択してセット画を再生するものではないものと認定した。
そして、かかる認定を前提に、大阪地裁は、被疑侵害品(を使用したコンピューター)は、構成要件B2「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」及びこれを前提とする構成要件を充足しないと判断し、文言侵害の成立を否定した(他の構成要件の充足性は肯定された)。
(2)均等侵害
大阪地裁は、均等の第1要件については、知財高判(特別部)平成28年3月25日(平成27年(ネ)第10014号)〔マキサカルシトール事件〕で示されたのと同様の判断基準に基づき、明細書記載の従来技術や引用文献を検討した上で、被疑侵害品を使用したコンピューターは本件特許発明の本質的部分を備えており、均等の第1要件は充足されていると判断した。そして、大阪地裁は、均等の第2要件~第4要件のほか、以下に述べるように、均等の第5要件も充足されていると判断し、均等侵害の成立を肯定した。
まず、大阪地裁は、最二判平成29年3月24日・民集71巻3号359頁〔マキサカルシトール最高裁判決〕(弊所ニュースレター平成29年7月3日号「最高裁、均等成立の第5要件の「意識的除外」について判断基準を提示」をご参照ください。)を引用する形で均等の第5要件の充足性の判断基準を示した。
「出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。」
本件では、「一の組画…を選択する」構成要件B2が補正において追加されたこととの関係で、複数の組画を選択する手段は備えているものの一の組画を選択する手段を備えていない被疑侵害品が意識的に除外されたか否かという点で、均等の第5要件の充足性が問題となった。
大阪地裁は、前述した拒絶理由通知書や意見書の記載に基づき均等の第5要件の充足性を検討し、概ね以下のとおり認定した上で、被疑侵害品を使用したコンピューターは均等の第5要件を充足すると判断した。
・ 明確性要件に係る審査官の指摘に対し、被告(特許権者)は、補正において、作業の主体につき、画像選択手段、画像表示手段、音声選択手段、音声再生手段といった「手段」とし、人が行う作業を示す部分を削除することで、これらの手段を含むコンピューターであることを明確にした。
・ 進歩性欠如に係る審査官の指摘に対し、被告は、上記のように作業の主体を明確にしたことに加え、組画記録媒体に記録される画像データを、「1又は複数種の記憶対象から成る記憶対象群に含まれる個別の記憶対象を表現する原画及び該原画に関連する関連事項又は関連像を表現する1又は複数種の関連画から成る組画の画像」(当初の請求項1)から「原画、該原画の輪郭に似た若しくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画、並びに、該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画、から成る組画の画像データ」に限定し、画像表示手段が第一の関連画、第二の関連画、及び原画をその順に表示することとし、さらに、その表示を、これらに対応する語句の再生と同期させることとして、情報の提示方法を限定した。
・ このような出願経過を客観的、外形的に見ると、被告は、補正により、人為的作業を示す部分としての「逐次又は一斉に表示」という行為態様は意識的に除外しているものの、物及び方法の構成として、逐次又は一斉に表示する構成を一般的に除外する旨を表示したとはいえない。
・ 「一の組画…を選択する」との構成を付加した点は、明細書に「一の組画」の画像データの選択、表示を念頭に置いた記載があることを踏まえたものと理解されるものの、これをもって直ちに、客観的、外形的に見て、複数の組画を選択する構成を意識的に除外する旨を表示したものとは見られない。
・ 補正の経緯をもって、被告は、特許請求の範囲につき、「一の組画…を選択する」との構成に客観的、外形的に限定し、これを備えない発明を本件特許発明の技術的範囲から意識的に除外したと見ることはできない。
控訴審判決
原告(被疑侵害者)は第一審判決を不服とし、知財高裁に控訴した。
知財高裁は、均等侵害の第5要件の充足性については、概ね以下のとおり、第一審判決と同様の理由でこれを肯定し、その上で均等侵害が成立しているとして、控訴を棄却した。
・ 当初の明細書から補正によって「逐次又は一斉に表示」という構成が削除されたことに関して、被告・被控訴人(特許権者)は、本件特許の出願手続において、明確性要件違反の拒絶理由を解消するために、コンピューターを構成に含む学習用具とクレームを補正し、また、意見書の中で、作業の主体を「手段」とし、人が行う作業を示す部分を削除したと説明している。しかし、これ以外の部分も削除したことを外形的に示す説明はしていない。
・ 「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」との構成を付加した点について、客観的には、組画を構成する複数の画のうち任意の1つの画像データを選択することが意識的に除外されているとはいい得るとしても、2以上の組画の画像データを選択することが意識的に除外されたとはいえない。
・ 本件特許の出願手続において、被告・被控訴人が意見書で本件特許発明の進歩性に関して主張したことは、(被疑侵害品のように)複数の組画を選択する構成と矛盾するものではなく、被告・被控訴人は同構成を意識的に除外する旨を意見書で表示したものとはいえない。
なお、原告・控訴人(被疑侵害者)は、第一審判決では被疑侵害品が充足していると認定された構成要件B1「…第一の関連画、並びに、…第二の関連画、から成る組画の画像データ」に関し、全体がそれによって構成されることを意味する「~から成る」という文言が用いられていることを一つの理由に、被疑侵害品における都道府県位置画は(上記被疑侵害品のセット画一部抜粋表の一番右側)、構成要件B1における関連画(第一の関連画、第二の関連画)の概念には当てはまらず、構成要件B1は充足しないと主張した。
しかし、知財高裁は、構成要件B1の「~から成る」の文言が、当然に「第一の関連画」や「第二の関連画」以外の付加画をさらに付加する構成を排除すると解すべきではないとして、上記の主張を退けた。
検討
本件においては、補正で新たに追加された構成要件B2に関し、構成要件B2のように「一の組画…を選択する」と補正するのではなく、複数の組画を選択するような構成要件に補正することも可能だったと思われる。それでも、被告・被控訴人(特許権者)は、「一の組画…を選択する」構成を追加したのであるから、この点を重視して、「一の組画…を選択する」構成以外のものは意識的に除外されたとして、同構成を備えない被疑侵害品は均等の第5要件を充足していないとの判断もあり得たと考えられる。
しかし、本件における第一審判決及び控訴審判決は、拒絶理由通知とそれに対する補正や意見書の内容を仔細に検討し、補正による「一の組画…を選択する」との構成要件の追加は、人為的作業を示す部分としての「逐次又は一斉に表示」という行為態様は意識的に除外しているものの、物及び方法の構成として、逐次又は一斉に表示する構成を一般的に除外する旨を表示したとはいえないと認定した上で、「一の組画…を選択する」構成を備えていない被疑侵害品も意識的に除外されてはおらず均等の第5要件を充足していると判断した。
こで、仮定の話にはなるが、本件とは異なり、構成要件B2を追加したのが、例えば自発的な補正によるものであったとすれば、当該補正の趣旨を判断する材料(拒絶理由通知や意見書の内容)が限られてくるため、本検討の冒頭で述べたような点が相対的に重視されたのではないかと思われる。そして、構成要件B2を備えない被疑侵害品のような構成は意識的に除外されたと判断される方向に傾いたのではないかと考えられる。
本件の第一審判決及び控訴審判決は事例判断ではあるものの、これらの判決からは、補正において、新たな構成要件を追加することによって同構成を備えない製品等が特許発明の範囲から除外されているように見える場合であっても、当該補正の趣旨を説明する意見書の内容如何によっては、当該製品等は補正によって意識的に除外されていないとして均等の第5要件の充足性が肯定される余地があることが分かる。本件の第一審判決及び控訴審判決は、均等の第5要件の充足性が否定されないようにするという観点からも、補正の内容はもとより、補正に伴い提出する意見書の内容を慎重に決めていくことの重要性を改めて示したものといえる。
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文責: 今井 優仁(弁護士・弁理士)