令和3年6月30日号

商標ニュース

知財高裁、多肉植物「ハオルシアの種子」と、登録品種の「ばれいしょ種の種苗」(じゃがいもの種いも)は、商標法第4条第1項第14号の「類似する商品」に当たるとして、商標法第4条第1項第14号に関する初判断を下す。

 知財高裁は、出願商標「粉雪」(標準文字)が、種苗法18条1項の規定により品種登録を受けた「Solanum Tuberosum L.」(ばれいしょ種)の品種の名称である「コナユキ」と類似の商標であって、その品種の種苗(じゃがいもの種いも)に類似する商品(ハオルシアの種子)に使用をするものであるから、商標法第4条第1項第14号に該当し、登録できないと判示した(知財高裁令和2年3月11日判決(令和元年(行ケ)10121号))。

1. 事案の概要

 商標法第4条第1項第14号は、「種苗法第18条第1項の規定による品種登録を受けた品種の名称と同一又は類似の商標であって、その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」は、商標登録を受けることができない旨を規定する。

 本号に登場する「種苗法第18条」というのは、種苗法の第三節「審査」に設けられた「品種登録」に関する条文であり、同第1項が、農林水産大臣の品種登録について規定している。種苗法では、登録品種の種苗を業として譲渡等するときの名称の使用義務、及び、登録品種又はこれに類似する品種以外の種苗を業として譲渡等するときの名称の使用禁止を規定している。

 ここで取り上げる「粉雪」事件判決は、原告(一般社団法人日本ハオルシア協会)が、2016年12月22日に出願した「粉雪」という標準文字商標(以下「本願商標」という。)が、「コナユキ」という品種登録を受けた品種の名称との関係で、商標法第4条第1項第14号に該当するとの理由により特許庁より拒絶審決を受けたため、知的財産高等裁判所に当該審決の取消を求めた事案である。

 なお、原告は、本願商標「粉雪」と、引用された登録品種の名称「コナユキ」が類似することは認めていたため、争点は、本件出願の指定商品である「ハオルシア,ハオルシアの苗,ハオルシアの種子」と、登録品種の「ばれいしょ種」、すなわち、「じゃがいもの種苗(種芋)」とが類似するか否かのみであった。

    ハオルシア

2. 判決要旨

 知財高裁は、「多肉植物の種子類は,園芸店の店舗や,園芸店の通信販売を行うウェブサイトを通じても販売されているものと認められるから,多肉植物の種子類の主な需要者は,家庭において観賞用の植物を育てる一般の消費者であると認められる。 一方,引用登録品種の農林水産植物の種類は,『ばれいしょ種』であり, 作物区分は『食用作物』であり,野菜の一種であると認められる。そして,『種苗』とは,『植物体の全部又は一部で繁殖の用に供されるもの』(種苗法第2条第3項)であるから,引用登録品種の種苗は,『ばれいしょ種』の種芋であると認められる」としたうえで、「野菜の種子類は,園芸店の店舗や,園芸店の通信販売を行うウェブサイトを通じても販売されているものと認められるから,野菜の種子類の主な需要者には,野菜を生産する農業関係者に加え,家庭において園芸を行う一般の消費者も含まれるものと認められる。そうすると,多肉植物の種子類と野菜の種子類は,用途において観賞用と食用の違いがあるものの,いずれも植物の種子類であって,園芸店やその通信販売用のウェブサイト等で販売され,家庭における園芸に用いられ,需要者が一般の消費者である点において共通する。」とし、本件出願の指定商品「ハオルシアの種子」及び引用登録品種の「ばれいしょ種の種芋」に本願商標を使用した場合には,これに接する取引者・需要者は,同一の営業主の生産又は販売に係る商品であると誤認混同するおそれがあり、指定商品中「ハオルシアの種子」は,引用登録品種の種苗である「ばれいしょ種の種苗」と類似の商品に当たると判断した。

 なお、原告は、本件出願の指定商品は,引用登録品種の「ばれいしょの種苗(種芋)」とは属が異なり、外見も大きく異なるから、本願商標を指定商品に使用したとしても、取引者・需要者において誤認混同するおそれはないから、本願の指定商品は、引用登録品種の種苗に類似する商品には該当しない旨主張したが、裁判所は、本件出願の指定商品が登録品種の種苗と類似のものであるかどうかは、「商品自体が取引上誤認混同のおそれがあるかどうかにより判断すべきものではなく,指定商品及び登録品種の種苗の商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一の営業主の生産又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあると認められる関係にある場合には,たとえ商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても,類似の商品に当たると解するのが相当であるから,原告の上記主張は,その前提において理由がない。」と斥けた。

3. 検討

(1)「その品種の種苗に類似する商品」とは何か?
 本判決において、知財高裁は、商標法第4条第1項第14号が『その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの』を要件とし,品種の種苗に類似する商品若しくは役務について使用をする場合であっても同号に該当するものとした趣旨は,それらの商品が通常同一の営業主により生産又は販売されている等の事情により,商品又は役務の出所の誤認混同を生じさせることを防止する趣旨をも含むものと解される。」(傍線筆者)と述べ、「本願商標の指定商品が登録品種の種苗と類似のものであるかどうかは,商品自体が取引上誤認混同のおそれがあるかどうかにより判断すべきものではなく,上記事情により,指定商品及び登録品種の種苗の商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一の営業主の生産又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあると認められる関係にある場合には,たとえ,商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても,類似の商品に当たると解するのが相当である」(傍線筆者)と認定したが、はたしてそうであろうか?

 ここで裁判所が引用した二件の最高裁判決は、「橘正宗事件」と「三国一事件」である(最高裁昭和33年(オ)第1104号、最高裁昭和39年(行ツ)第54号)。しかしこれらは、旧法(大正10年法)第2条第1項第9号、すなわち、現行法の第4条第1項第11号(先願の登録商標と同一・類似の商標)の該当性が争われた事件であって、登録品種名と同一・類似の商標に関する旧法第2条第1項第12号(現行法第14号)の事件ではない。現行法第11号の商品類否判断手法を、第14号の事件にそのまま流用することは妥当であろうか?例えば、橘正宗事件では、以下のように、判示されている。

「指定商品が類似のものであるかどうかは、原判示のように、商品自体が取引上誤認混同の虞があるかどうかにより判定すべきものではなく、それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により、それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売にかかる商品と誤認される虞がある認められる関係にある場合には、たとえ、商品自体が互に誤認混同を生ずる虞がないものであっても、それらの商標は商標法(大正一〇年法律九九号)二条一項九号にいう類似の商品の商品にあたると解するのが相当である。」(傍線筆者)

 前記傍線部分、「それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により、」という箇所に関する検討が、本件では十分に行われていないように思う。すなわち、裁判所は、登録品種の種苗(じゃがいもの種芋)とハオルシアの種子とが、「通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情」(下線部)が存していたか否か、そのうえで、第14号の解釈として、同一営業主の製造又は販売にかかる商品と誤認される虞がある認められる関係にあるかどうかについての認定を、もう少し丁寧に行うべきではなかったかと疑問に思う。

 加えて、その後ろに続く「それらの商品に同一又は類似の商標を使用するとき」という文言を、本判決では、「指定商品及び登録品種の種苗の商品に同一又は類似の商標を使用するとき」と言い換えて使用している。しかしながら、商標法第4条第1項第14号は、「その品種の種苗又はこれに類似する商品」と規定しているのであって、「その品種の種苗の商品」とは書かれていない。

 種苗法上「品種」とは、「重要な形質に係る特性(以下、単に「特性」という。)の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ, かつ, その特性の全部を保持しつつ繁殖させることができる一の植物体の集合」であり(種苗法第2条第2項)、「種苗」とは、「植物体の全部又は一部で繁殖の用に供されるもの」をいうとされる(同第3項)。したがって、本件の場合、片方(本願商標が付される対象)が法上の「商品」であることは間違いないが、対比されるもう片方は「品種の種苗」であって、概念上、法上の「商品」には該当しないのではなかろうか。

 つまり、第14号の「その品種の種苗に類似する商品」とは,商品自体が取引上誤認混同のおそれがあるかどうかにより判断すれば十分なのではないかと思料する。

(2)第14号の需要者とは誰か?

 二つ目の疑問は、第14号の想定する需要者とは誰か?ということである。商標法における出所混同を生ずるおそれの判断主体(判断の対象とすべき者)については、これまで、単に「需要者」又は「需要者(取引者を含む)」とのみ表現されてきた。

 第11号の解釈においては議論の必要は特にないと考えられるが、第15号の事案では、いわゆる「レールデュタン」最高裁判決(最判平成10年(行ヒ)第85号)が出されるまで、「著名商標に係る」商品の需要者を判断主体とする判例(東京高判平成元年3月14日[ピアゼ事件])、出願商標に係る指定商品の需要者を判断主体としても同じ結論を導き得たとする説等が混在していた(田村善之『商標法概説[第2版]』62頁)。レールデュタン判決は、この判断主体(判断の対象とすべき者)を、「当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである」と明確に示した初めての判決である。

 広義の混同を生ずるおそれのある商標が出願・登録された場合に問題なのは、その出願商標の指定商品の取引者・需要者の側に混同が生じ、周知商標の権利者(周知標識の所有者)の業務上の信用が損なわれることであるから、たとえ、同じ結論が導かれることになるとしても、原則として、その判断主体は、出願商標の取引者・需要者に置くべきであり、レールデュタン判決は、この点を明確にした点で評価できる。

 翻って、第14号はどうであろうか。本号が出所の混同防止を目的としていることに異論は挟まない。しかしながら、第14号の想定する「出所混同を生ずるおそれの判断主体」とは、本件でいえば「ハオルシアの種子」を購入する需要者(一般消費者を含む。)であろうか。それとも、登録品種の種苗(じゃがいもの種芋)の取引者及び需要者(農業関係者)か。本号の場合には、どちらの需要者を主体とするかによって、結論が違ってくるように思われる。

 本判決は「野菜の種子類は,園芸店の店舗や,園芸店の通信販売を行うウェブサイトを通じても販売されているものと認められるから,野菜の種子類の主な需要者には,野菜を生産する農業関係者に加え,家庭において園芸を行う一般の消費者も含まれる」と述べ、前記レールデュタン判決と同様、判断主体を、本件出願の指定商品の需要者に置いた。そして、「多肉植物の種子類と野菜の種子類は,用途において観賞用と食用の違いがあるものの,いずれも植物の種子類であって,園芸店やその通信販売用のウェブサイト等で販売され,家庭における園芸に用いられ,需要者が一般の消費者である点において共通する。」と判示し、結論として、本件出願の指定商品「ハオルシアの種子」及び引用登録品種の「ばれいしょ種の種芋」に本願商標を使用した場合には,これに接する取引者・需要者は,同一の営業主の生産又は販売に係る商品であると誤認混同するおそれがあり、指定商品中「ハオルシアの種子」は,引用登録品種の種苗である「ばれいしょ種の種苗」と類似の商品に当たると判断した。

 ところで、第14号は、誰の何を保護するための規定だったか。登録品種の種苗又はこれに類似する商品に登録品種の名称と同一・類似の商標が登録されて、商標権が発生するのを阻止するためではなかったか。そして、本判決がいう「需要者の共通性」とは何か。種苗法は自家消費を目的とする家庭菜園や趣味としての利用を対象にしていないにもかかわらず、「多肉植物の種子類と野菜の種子類は,用途において観賞用と食用の違いがあるものの,いずれも植物の種子類であって,園芸店やその通信販売用のウェブサイト等で販売され,家庭における園芸に用いられ,需要者が一般の消費者である点において共通する」と言い切ることができるのか。

 種苗法の下では、植物の新たな品種(花や農産物等)の創作をした者が、その新品種を登録することで、一定期間、当該品種を業として利用する権利を占有することができる(種苗法第20条第1項)。その間、商標権が邪魔をすることのないようにというのが第14号のそもそも趣旨であることに鑑みれば、第14号の需要者には「農業関係者」のみが該当し、家庭において園芸を行う一般の消費者(出願商標に係る指定商品の需要者)は含まれないと思料する。

(弊所弁理士 加藤ちあきが執筆した論文「商標法第4条第1項第14号における『商品の類似』と出所混同の範囲~知財高判令和2年3月11日(令和元年(行ケ)10121号)判決『粉雪』事件を題材に~」が、特許庁商標懇談会発行の「商標懇2021」Vol.37 No.119に掲載されました。ここに特許庁の許可を得て、同論文に加除修正を加えたものを掲載いたします。)

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 加藤 ちあき (弁理士)