令和3年3月31日号

特許ニュース

特許権者による特許権侵害に基づく差止等請求は、特許権者による他の行為と併せて全体としてみれば独占禁止法に抵触するものであって、権利の濫用により許されないと判断された事例

 被告らは、使用済みとなった原告の製造・販売に係るトナーカートリッジに取り付けられている電子部品であるメモリを交換した上で、トナーを再充填し、トナーカートリッジの再生品を製造し販売していた。原告は、かかる被告らの行為は原告の特許権を侵害するものとして当該行為の差止等を求め本件訴訟を提起した。裁判所は、トナーカートリッジに取り付けられているメモリの書換を制限する措置を原告が敢えて採っていたことを併せてみれば、原告による特許権侵害に基づく差止等請求は独占禁止法に抵触し権利の濫用に該当するものと判断し、原告の請求を棄却した(東京地裁令和2年7月22日判決(平成29年(ワ)第40337号))。

事案の概要

(1)原告の特許、プリンタ、トナーカートリッジ等
 原告は、特許第4886084号ほか2件の特許を保有していたが、いずれも、トナーカーリッジに取り付けられる電子部品である情報記憶装置の形状に関する特許であった(以下「本件各特許」といい、本件各特許に係る権利、発明をそれぞれ「本件特許権」、「本件各発明」という)。
 また、原告は、「IPSiO SP C830シリーズ」のレーザープリンター(以下「原告プリンタ」という)用のトナーカートリッジ(以下「原告製品」という)を製造・販売していたところ、原告製品には本件各発明の実施品である情報記憶装置(不揮発性のメモリの一種)が取り付けられていた(以下「原告電子部品」という)。
 ここで、原告プリンタにおいては、純正品のトナーカートリッジが使用されている間はトナーの残量が段階的に表示されるようになっていた。しかし、使用済みの原告製品にトナーを再充填したトナーカートリッジの再生品が原告プリンタに使用された場合は、印刷すること自体は支障なく可能であるものの、トナーの残量が「?」と表示され、異常が生じていることを示す黄色ランプが点滅する等、通常とは異なる動作が生じるようになっていた。

(2)被告らの行為
 被告らはトナーカートリッジのリサイクル業者である。被告らリサイクル業者は、使用済みのトナーカートリッジに取り付けられた情報記憶装置を書き換え、トナーの残量表示が適切になされるようにした上で、トナーを再充填し、トナーカートリッジの再生品を製造し販売していた。
 しかし、原告プリンタについては、原告プリンタ用のトナーカートリッジ(原告製品)に取り付けられている情報記憶装置(原告電子部品)に書換制限措置がなされており、原告電子部品の書換が制限されていた(以下「本件書換制限措置」という)。そして、仮に、原告電子部品の書換を行わないままトナーを再充填したトナーカートリッジの再生品を原告プリンタに使用すると、(1)で前述したように、トナーの残量表示が「?」となるような仕組みになっていた。
 そこで、被告らは、トナーカートリッジの再生品を原告プリンタにおいて使用する際にトナーの残量表示が「?」となることを避けるために、本件書換制限措置がなされている原告電子部品自体を原告製品から取り外し、被告らが別途用意した電子部品(以下「被告電子部品」という)を原告製品に取り付け、トナーを再充填する方法で、原告プリンタでも問題なく使用できるトナーカートリッジの再生品(以下「被告製品」という)を製造し、販売していた。
 もっとも、被告電子部品は本件各発明と同様の形状を有し、本件各発明の技術的範囲に属するものであった(被告らはこれを争ったが、裁判所は、被告電子部品は本件各特許発明の技術的範囲に属するものと判断した。)。
 本件訴訟は、原告が被告らに対し、被告電子部品を含むトナーカートリッジの再生品である被告製品を販売する等の被告らの行為は本件各特許権を侵害するものとして、被告製品の販売等の差止・廃棄、および、1000万円の損害賠償を請求したものである。

(3)権利濫用の主張
 被告は、本件訴訟における原告の請求は「本件各発明の技術的思想の保護とは関係がなく、必要性や合理性も認められない本件書換制限措置を介在させることにより、被告らの行うリサイクル事業をアフターマーケットから排除するために知的財産権を利用しようとするもので、独占禁止法にも抵触するので、知的財産権制度で認められた正当な権利行使ということはできず、権利の濫用に当たる。」と主張して、請求棄却の判決を求めた。
 なお、本件訴訟においては、被告は、被告電子部品が本件各発明の技術的範囲に属さない、本件各特許は進歩性欠如または明確性要件違反により無効である、本件では消尽が成立している等として原告の請求を争ったが、本稿では権利濫用の主張について取り上げる。

本判決

(1)特許権の行使が権利濫用に該当する場合
 まず、裁判所は、独占禁止法21条は「この法律の規定は、…特許法…による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」との規定に関し、特許権の行使が「発明を奨励し、産業の発達に寄与する」との特許法の目的(特許法1条)に反し、または特許制度の趣旨を逸脱する場合には、同特許権の行使は独占禁止法21条の「権利の行使と認められる行為」には該当せず、独占禁止法の適用を受けるとの解釈を示した。
 次に、裁判所は、特許権侵害訴訟においても、特許権者の権利行使その他の行為の目的、必要性および合理性、態様、当該行為による競争制限の程度等の諸事情に照らし、特許権者による特許権の行使が、他の行為と相俟って、競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当する等、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があるとした。
 そして、裁判所は、本件と同様の問題を取り上げた公正取引委員会の発表に係る平成16年10月21日付けの「キヤノン株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」の内容を参照しつつ、本件訴訟における原告の特許権の行使については、原告プリンタ等になされた本件書換制限措置との関係において、「本件各特許権の権利者である原告が、使用済みの原告製品についてトナー残量が『?』と表示されるように設定した上で、その実施品である原告電子部品のメモリについて、十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより、リサイクル事業者が原告電子部品のメモリの書換えにより同各特許の侵害を回避しつつトナー残量の表示される再生品を製造、販売等することを制限し、その結果、当該リサイクル事業者が同各特許権を侵害する行為に及ばない限りトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で、同各特許権に基づき権利行使に及んだと認められる場合には、当該権利行使は権利の濫用として許容されない」とした。
 その上で、裁判所は、次に述べるとおり、本件訴訟における原告の本件各特許権の行使は権利の濫用に当たると判断した。

(2)原告の本件各特許権の行使が権利の濫用に当たり許されないこと
 ア まず、裁判所は、大要、トナーの残量表示を「?」とすることによる競争制限の程度に関し、原告自身が品質上の理由から純正品の使用を勧奨していること、再生品が純正品に比べ廉価にもかかわらず再生品の市場占有率が一定にとどまっていること等からすれば、再生品の品質に対するユーザーの信頼を獲得するのは容易ではないところ、このような状況においては、トナーの残量が「?」と表示される再生品が販売されても、品質に対する不安等からユーザーに広く受け入れられることはなかったと認定した。かかる認定をもとに、裁判所は「本件書換制限措置により、被告らがトナーの残量の表示が『?』であるトナーカートリッジを市場で販売した場合、被告らは、競争上著しく不利益を被ることとなる」と判断した。
 イ 進んで、裁判所は、本件各特許権の侵害を回避しつつ、競争上の不利益を被らない方策の存否について検討を行った。
 この点、裁判所は、本件各発明に係る情報記憶装置(電子部品)の構成に鑑み、被告電子部品を含む被告製品の構成や形状は、適合させる原告のプリンタの構成や形状に合わさざるを得ないところ、設計の自由度は相当程度に制限され、また、実際に本件各特許権の侵害を回避するような態様での再生品が存在することを示す証拠がないことを指摘した。
 これを前提に、裁判所は、「被告らをはじめとするリサイクル事業者が、現状において、本件書換制限措置のされた原告製プリンタについて、トナー残量表示がされるトナーカートリッジを製造、販売するには、原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段はないと認められる。そして、本件各特許権に基づき電子部品を取り替えた被告製品の販売等が差し止められることになると、被告らはトナー残量が『?』と表示される再生品を製造、販売するほかないが、そうすると、前記…のとおり、被告らはトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受けることとなる」と判断した。
 ウ さらに、裁判所は、原告が主張するところの本件書換制限措置の必要性および合理性についても検討した。
 具体的な主張の内容は割愛するが、原告は、①トナーの残量表示の正確性の担保、②電子部品のメモリに書き込まれたデータの製品開発および品質管理・改善への活用等の観点から、本件書換制限措置については必要でありかつ合理的であると主張した。
 しかし、裁判所は、まず、本件書換制限措置が最初にされたC830シリーズのプリンタの開発時点において、メモリの書換をしたトナーカートリッジの再生品によって具体的な弊害が生じているため対応が必要とされていたことや、この点が開発に当たって考慮されていたことを示す証拠は存在しないとした。
 また、本件書換制限措置は本件各特許権に係る技術の保護やその侵害防止等と関連性を有しないところ、本件書換制限措置を講じる必要性や合理性があるとすれば、それは上記のC830シリーズ以外の機種用のトナーカートリッジについても同様に妥当するはずであるものの、実際には、C830シリーズ以外の機種については本件書換制限措置と同様の措置は講じられていない点も指摘された。
 これらの点を踏まえ、裁判所は、原告が問題とするトナーの残量表示の正確性の担保に関しては、「トナーカートリッジの再生品市場にトナー残量表示が不正確な製品が多く流通しており、そのメモリの書換えを制限することにより『?』以外の残量表示を行うことができないようにしないと原告製品に対する信頼を維持することが困難であるなど、本件書換制限措置を行うことを正当化するに足りる具体的な必要性があったと認めることはできない」と判断した。
 さらに、裁判所は、電子部品のメモリに書き込まれたデータの製品開発および品質管理・改善への活用に関しても、原告が主張する点は、トナーカートリッジのメモリに記録された情報が品質改善等に有用であることを示すに止まるか、本件書換制限措置の必要性を抽象的に主張するにすぎないとした。
このような判断をもとに、裁判所は、本件書換制限措置は必要性および合理性がないか、またはその範囲を超えると結論付け、原告の主張を退けた。

(3)結論
 裁判所は、(2)で前述した判断を踏まえ、「本件各特許権の権利者である原告は、使用済みの原告製品についてトナー残量が『?』と表示されるように設定した上で、本件各特許の実施品である原告電子部品のメモリについて、十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより、リサイクル事業者である被告らが原告電子部品のメモリの書換えにより本件各特許の侵害を回避しつつ、トナー残量の表示される再生品を製造、販売等することを制限し、その結果、被告らが当該特許権を侵害する行為に及ばない限り、トナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で、当該各特許権の権利侵害行為に対して権利行使に及んだもの」であり、「原告のかかる一連の行為は、公正な競争を阻害するものであり独占禁止法(独占禁止法19条、2条9項6号、一般指定14項)に抵触するもの」であると結論付けた。
 そして、本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと、同措置の必要性や合理性の程度が低いこと、同措置は使用済みの製品(トナーカートリッジ)の自由な流通や利用等を制限するものであること等を考慮し、裁判所は、原告による本件各特許権に基づく差止請求は権利の濫用に当たると判断した。
 また、かかる理由に加え、原告が本件各特許権の実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジを販売等することによって対価を回収していること、本件書換制限措置がなければ被告らは本件各特許権を侵害することなくトナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えることによって再生品を販売できたと推認されることを理由に挙げつつ、裁判所は、原告による損害賠償の請求も権利の濫用に当たり許されないと判断した。

検討

(1)過去においても、特許権に基づく権利行使が独占禁止法に違反することが争われ、その点について判断が示された裁判例は散見されたが(例えば、知財高判平成26年5月16日(平成25年(ネ)第10043号)〔アップル対サムスン大合議事件〕、知財高判平成18年7月20日(平成 18年(ネ)第10015号)〔マンホール鉄蓋事件〕)、特許権者の行為が独占禁止法に違反するものとして特許権者の請求を退けた裁判例はなかったと思われる。そうであるところ、本判決は、特許権者による特許権の行使は、特許権者の他の行為と併せて全体としてみれば独占禁止法に抵触するものであり、同特許権の行使は権利の濫用として許されないと判断した、稀有な裁判例である。

(2)独占禁止法21条は「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定しているため、一見、特許権等の知的財産権の行使については独占禁止法が適用されないかのように解釈できる。しかし、外形上では知的財産権の権利の行使とみられる行為であっても、行為の目的、態様、競争に与える影響の大きさも勘案した上で、知的財産制度の趣旨を逸脱しまたは同制度の目的に反すると認められる場合は、独占禁止法21条に規定される「権利の行使と認められる行為」とは評価できず、当該行為には独占禁止法が適用されると一般的には考えられている(公正取引委員会の「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」参照)。「本判決」(1)において前述した判示も、かかる考え方と軌を一にしているといえる。

(3)本判決は、「本判決」で前述したような原告による本件書換制限措置の内容や、それによって被告らリサイクル業者が被る競争上の不利益等が具体的に検討された上で、原告による特許権の行使は独占禁止法に抵触し権利の濫用に該当するとした事例判断であり、特許権等の知的財産権の行使が独占禁止法に抵触するか否かの一般的な判断基準を示したものではない。しかし、本件訴訟における主張・立証の組み立て方は同種の事案では参考になると思われる。

(4)本判決においては、原告の一連の行為は独占禁止法に抵触するとされたものの、そこから直ちに原告による特許権の行使は権利の濫用に当たるとの結論が導かれたわけではない。「本判決」(3)で前述のとおり、本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと、同措置の必要性や合理性の程度が低いこと等が考慮され、原告の特許権行使は権利の濫用であるとしたものである。このような判断の枠組みによれば、特許権者の行為が独占禁止法に抵触するようなものであっても、その程度が重くないものであれば、当該特許権者による権利行使は権利の濫用とまでは評価されない場合もあり得ると考えることも可能である。

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文責: 今井 優仁 (弁護士・弁理士)