令和2年9月3日号

特許ニュース

特許法2条1項の「発明」該当性について否定した裁判例

 知財高裁は、発明の名称を「電子記録債権の決済方法、および債権管理サーバ」とする特許出願にかかる発明について、その本質が専ら人為的な取り決めそのものに向けられており、自然界の現象や秩序について成立している科学的法則を利用するものではないから、全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作に当たらないとして、特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないと判断した(知財高裁判決令和2年6月18日〔令和元年(行ケ)第10110号〕)。

事実関係

(1)事案の概要
 本件は、発明の名称を「記録債権の決済方法、および債権管理サーバ」とする、株式会社三菱UFJ銀行(「原告」)の特許出願(特願2018-193836)について拒絶査定がされ、原告がした審判請求についても拒絶審決がされた(不服2019-1157)ことから、原告が発明該当性の判断の誤りなどを取消事由として主張し当該審決の取消を求めた審決取消訴訟である。

(2)発明の内容
 原告が当該審決取消訴訟を提起した時点の請求項1は下記のとおりである。

 【請求項1】
  • 電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること、
  • 前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること、
  • 前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信することを含む、電子記録債権の決済方法。

 電子記録債権とは、従来の手形の振出等に代えて、銀行等の金融機関を通じた電子債権記録機関の記録原簿への電子記録をその発生・譲渡等の要件とする金銭債権のことをいう。
 電子記録債権は、手形と同様に割引譲渡を行うことが可能であり、割引譲渡の申し込みを受けた金融機関は割引料(電子記録債権の支払期日までの利息)を差し引いて当該債権を買い取る。
 このように割引譲渡を行うと債権者は割引料を負担することになるが、下請法のガイドラインは割引料の負担を債務者が負担すべきことを明示している。
 請求項1にかかる発明によれば、金融機関の債権管理サーバが「電子記録債権の額に応じた金額」(例えば電子記録債権の額それ自体)を債権者の口座に振り込み、電子記録債権の割引料および電子記録債権の額を債務者の口座から引き落とすため、上記下請法ガイドラインが示すように、割引料の負担を債務者に負担させることが可能となる。

(3)審決の概要および本件において原告が主張した取消事由
 原告は審判段階の意見書において、「各処理(例えば電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込む処理、電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を電子記録債権の債務者の口座から引き落とす処理など)の実行はすべて信号の送受信によって達成される」点を主張し、信号の送受信は「電子の流れ、あるいは電磁波によって複数のデバイス間で電気信号の授受が行われる」以上、自然法則を利用した技術的思想の創作である旨を主張した。

 しかし、拒絶審決(不服2019-1157)は、「『第1の振込信号』、『第1の引落信号』、『第2の引落信号』及び『送信する』とのコンピュータを用いる上での必然的な技術的事項を含むものであっても、全体としては、人為的な取り決めに基づくビジネスルールである金融取引上の業務手順そのものを特定しているに過ぎず、特許法第2条第1項でいうところの『自然法則を利用した技術的思想の創作』とはいえ」ない、「コンピュータを用いる上での必然的な技術的事項を超えた何かしらの技術的特徴を特定しているものでもない」などと指摘し、また、本願発明は、先行文献に記載された事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨指摘した。

 本件において原告は発明該当性の判断の誤りおよび進歩性の判断の誤りを取消事由として主張した。

本判決

 本判決は、以下のとおり特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないとして原告の請求を棄却した。

「特許法で『発明』とは、『自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。』(2条1項)ことから、自然法則を利用していないもの、例えば、単なる精神活動、純然たる学問上の法則、人為的な取決めなどは、『発明』に該当しない。
そして、かかる『発明』は、一定の技術的課題の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用、その技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されることからすると、特許請求の範囲(請求項)に記載された『特許を受けようとする発明』が上記『発明』に該当するか否かは、それが、特許請求の範囲の記載や願書に添付した明細書の記載及び図面に開示された、『特許を受けようとする発明』が前提とする技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成、その構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし、全体とし『自然法則を利用した』技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである。
したがって、『特許を受けようとする発明』に何らかの技術的手段が提示されているとしても、全体として考察した結果、その発明の本質が、単なる精神活動、純然たる学問上の法則、人為的な取決めなど自体に向けられている場合には、上記『発明』に該当するとはいえない。」
「本願発明は、従来から利用されている電子記録債権による取引決済における割引について、債権者をより手厚く保護するため、割引料の負担を債務者に求めるよう改訂された下請法の運用基準に適合し、かつ、債務者や債権者の事務負担や管理コストを増大させることなく、債務者によって割引料の負担が可能な電子記録債権の決済方法を提供するという課題を解決するための構成として、本願発明に係る構成を採用したものである。」
「本願発明は、『電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込む』ことと、『前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とす』こととを、前記課題を解決するための技術的手段の構成とするものであると理解できる。」
「本願明細書に記載された本願発明の効果のうち、『割引困難な債権の発生を効果的に抑制することが可能となる』という点については、『本発明』の実施形態1及び2に関する本願明細書の【0051】及び【0082】の記載(『また、電子記録債権を割引した際の割引料を債務者が負担する場合、債権者は割引の際に一時的に負担した割引料を債務者から回収することができる。さらに、割引料相当料の負担を軽減するための方策を構築するための動機づけを債務者に対して与えることができるため、支払遅延や割引困難な債権の発生を効果的に抑制することが可能となる。』)に照らすと、かかる効果は、電子記録債権の割引料を債務者が負担する方式に改めたことによる効果であることを理解できる。」
「以上によれば、本願発明は、電子記録債権を用いた決済方法において、電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むとともに、割引料相当料を債務者の口座から引き落とすことを、課題を解決するための技術的手段の構成とし、これにより、割引料負担を債務者に求めるという下請法の運用基準の改訂に対応し、割引料を負担する主体を債務者とすることで、割引困難な債権の発生を効果的に抑制することができるという効果を奏するとするものであるから、本願発明の技術的意義は、電子記録債権の割引における割引料を債務者負担としたことに尽きるというべきである。」
「前記アで認定した技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義を総合して検討すれば、本願発明の技術的意義は、電子記録債権を用いた決済に関して、電子記録債権の割引の際の手数料を債務者の負担としたことにあるといえるから、本願発明の本質は、専ら取引決済についての人為的な取り決めそのものに向けられたものであると認められる。
したがって、本願発明は、その本質が専ら人為的な取り決めそのものに向けられているものであり、自然界の現象や秩序について成立している科学的法則を利用するものではないから、全体として『自然法則を利用した』技術的思想の創作には該当しない。
以上によれば、本願発明は、特許法2条1項に規定する『発明』に該当しないものである。」

検討

 本判決は、「特許請求の範囲(請求項)に記載された『特許を受けようとする発明』が上記『発明』に該当するか否かは、それが、特許請求の範囲の記載や願書に添付した明細書の記載及び図面に開示された、『特許を受けようとする発明』が前提とする技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成、その構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし、全体とし『自然法則を利用した』技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべき」と判示した。
 そのうえで本判決は、本願発明が前提とする課題、当該課題を解決するための技術的手段の構成、本願発明の効果を認定したうえで、本願発明の技術的意義は、電子記録債権を用いた決済に関して、電子記録債権の割引の際の手数料を債務者の負担としたことにあるといえるから、本願発明の本質は、専ら取引決済についての人為的な取り決めそのものに向けられたものであって自然界の現象や秩序について成立している科学的法則を利用するものではないから、全体として『自然法則を利用した』技術的思想の創作には該当しないと判示した。

 本判決のように①発明が前提とする技術的課題、②その課題を解決するための技術的手段の構成、③その構成から導かれる効果等の技術的意義という3つの観点から全体的に考察したうえ、本願発明の本質が人為的な取り決めそのものに向けられたものであることを理由として、自然法則を利用した技術的思想の創作には該当しないと判断する手法は、本判決以前の暗記学習用教材事件(知財高裁判決平成27年1月22日〔平成26年(行ケ)第10101号〕)や省エネ行動シート事件(知財高裁判決平成28年2月24日〔平成27年(行ケ)第10130号〕)においても見られる手法であって、本判決はこれらの判決を踏襲したものと考えられる。
 もっともこの手法については、技術的課題、技術的手段の構成、技術的意義のそれぞれを相互にどのように重みづけを行った上で関連させて評価するのかという点で、より精緻かつ明確な形で「本質」を把握するための手法が確立されないと却って「本質」の名の下に自然法則利用性の判断基準がブラックボックス化して、予見可能性を損ねる事態に繋がる懸念も生じる、との指摘がある(平嶋竜太「判批」小泉直樹ほか編「特許判例百選(第5版)100頁(有斐閣、2019)」)。

 なお本判決と同様、発明該当性が争われた事件として、他に、ステーキの提供システム事件(知財高裁判決平成30年10月17日〔平成29年(行ケ)第10232号〕)がある。ステーキの提供システム事件では、本判決のように判断基準の明示はなされなかったが、下記のとおり、発明の技術的課題、課題を解決するための技術的手段の構成、構成から導かれる効果等の技術的意義を勘案の上、発明が特許法上の発明に該当することを肯定している。

「本件特許発明1の技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らすと,本件特許発明1は,札,計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(本件計量機等)を,他のお客様の肉との混同を防止して本件特許発明1の課題を解決するための技術的手段とするものであり,全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するということができる。
したがって,本件特許発明1は,特許法2条1項所定の「発明」に該当するということができる。」


 本件は事例判断であるが、発明該当性についての検討において参考になると思われるため、今回紹介させていただいた次第である。

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 堀内 一成(弁護士・弁理士)