令和2年9月3日号

特許ニュース

知的財産高等裁判所、最高裁により法令の解釈適用を誤った違法があるとして破棄差戻しを受けた事件について、発明の効果が予測できない顕著なものであると判断する。

 知財高裁は、本件各発明が引用発明から動機づけられ得たと判断した前訴判決は、予測できない顕著な効果があるかどうかまで判断したものではなく、この点には、前訴判決の拘束力は及ばないとし、本件各発明について、当該発明の効果を当業者が予測できない顕著な効果を有するとして、当業者が容易に発明することができたものと認めることができない、と判断した(知財高裁判決令和2年6月17日〔令和元年(行ケ)第10118号〕)。

事案の概要

 本件は、原告が、本件特許(特許第3068858号)について特許無効審判を請求したところ、同請求は成り立たない旨の審決を受けたため、同審決の取消しを求めた事案である。
 平成29年11月21日の知財高裁判決は、顕著な効果がないことを理由として、同審決を取り消したが、令和元年8月27日の最高裁判決は、本件発明について、顕著な効果について審理が不十分であったと指摘していた。そのため、本判決では、進歩性の有無に関し、当該発明が予測できない顕著な効果を有するか否かが争点とされた。

本件に至るまでの経緯の概要は以下のとおりである。
 平成23年2月3日 特許無効審判請求(無効2011-800018)
 平成23年12月16日 審決(第1次審決:第1次訂正を認め、特許無効の審決)
 平成24年7月11日 知財高裁、第1次審決を取消(第1次判決:平成24年(行ケ)第10145号)
 平成25年1月22日 審決(第2次審決:第2次訂正を認め、請求不成立)
  ※動機付けなし/相違点は容易想到でない
 平成26年7月30日 知財高裁、第2次審決を取消(第2次判決/前訴判決:平成25年(行ケ)第10058号)
  ※動機付けあり/相違点は容易想到
 平成28年1月12日 第2次判決確定
 平成28年2月1日 訂正請求(本件訂正)
 平成28年12月1日 審決(本件審決:本件訂正を認め、請求不成立)
  ※相違点は容易想到/顕著な効果あり
 平成29年11月21日 知財高裁、本件審決を取消(第3次判決:平成29年(行ケ)第10003号)
  ※顕著な効果なし
 令和元年8月27日 最高裁、第三次判決を破棄、差戻し(最高裁判決

本件訂正後の本件発明1
 【請求項1】
 ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な,点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって,治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する,ヒト結膜肥満細胞安定化剤。
 (【請求項2】については省略)

第3次判決
 第3次判決は以下のとおり指摘し、顕著な効果を否定していた。
 「本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。」

最高裁判決
 これに対して最高裁判決は以下のとおり指摘し、顕著な効果について審理が不十分であったと指摘していた。
 「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」

本判決

 本判決は、上記最高裁判決を受け、本件発明1の顕著な効果につき以下のとおり判断している。
 ① 前訴判決は,本件各発明について、その発明の構成に至る動機付けがあると判断しているところ、発明の構成に至る動機付けがある場合であっても、優先日当時、当該発明の効果が、当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである場合には,当該発明は、当業者が容易に発明をすることができたとは認められないから、前訴判決は、このような予測できない顕著な効果があるかどうかまで判断したものではなく、この点には、前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)は及ばないものと解される。

 ② 本件発明1における本件化合物の効果として,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率は,30μM~2000μMの間で濃度依存的に上昇し,最大値92.6%となっており,この濃度の間では,クロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムと異なり,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下するという現象が生じていないことが認められる。

 ③ 本件優先日当時,本件化合物について,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率が30~2000μMまでの濃度範囲において濃度依存的に上昇し,最大で92.6%となり,この濃度の間では,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下するという現象が生じないことが明らかであったことを認めることができる証拠はない。
 …ケトチフェンは,ヒトの場合においては,モルモットの実験結果(甲1)とは異なり,ヒト結膜肥満細胞安定化剤としての用途を備えており,ヒスタミン遊離抑制率は,誘発5分後で67.5%,誘発10分後で67.2%であることが認められる。もっとも,本件優先日当時,ケトチフェンがヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制率について30μM~2000Mの間で濃度依存的な効果を有するのか否かが明らかであったと認めることができる証拠はない。
 …甲1において,Ketotifen(ケトチフェン)及び本件化合物と同様に,モルモットの結膜におけるヒスタミンの遊離抑制効果を有しないとされているChlorpheniramine(クロルフェニラミン)については,本件優先日当時,ヒト結膜肥満細胞の安定化効果を備えることが当業者に知られていたと認めることができる証拠はない。
 …本件化合物やケトチフェンと同様に三環式骨格を有する抗アレルギー剤には,アンレキサクノス(甲1のAmelexanox),ネドクロミルナトリウムが存在する(甲1,11,19,31,弁論の全趣旨)ところ,アンレキサクノスは有意なモルモットの結膜からのヒスタミン遊離抑制効果を有している(甲1)が,本件化合物は有意な効果を示さないこと(甲1),ネドクロミルナトリウムは,ヒト結膜肥満細胞を培養した細胞集団に対する実験においてヒトの結膜肥満細胞をほとんど安定化しない(本件明細書の表1)が,本件化合物は同実験においてヒトの結膜肥満細胞に対して有意の安定化作用を有することからすると,三環式化合物という程度の共通性では,ヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果につき,当業者が同種同程度の薬効を期待する根拠とはならない。
 …さらに,ケトチフェンは各種実験において本件化合物(又はその上位概念の化合物)との比較に用いられており(甲208~210。ただし,甲210は,本件優先日後の文献である。),甲1では,ケトチフェンは本件化合物と並べて記載されているが,ケトチフェンと本件化合物の環構造や置換基は異なるから,上記のとおり比較に用いられていたり,並べて記載されているからといって,当業者が,ケトチフェンのヒスタミン遊離抑制効果に基づいて,本件化合物がそれと同種同程度のヒスタミン遊離抑制効果を有するであろうことを期待するとはいえない。
 …したがって,甲1の記載に接した当業者が,ケトチフェンの効果から,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する効果について,前記アのような効果を有することを予測することができたということはできない。

 ④ …本件化合物と,塩酸プロカテロ-ル(甲20),クロモグリク酸二ナトリウム(甲34),ペミロラストカリウム(甲37)は,化学構造を顕著に異にするものであり,前記(イ)bのとおり,三環式骨格を同じくするアンレキサクノスと本件化合物のモルモットの結膜からのヒスタミンの遊離抑制効果が異なり,ネドクロミルナトリウムと本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果が異なることからすると,ヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果も,その化学構造に応じて相違することは,当業者が知り得たことであるから,前記aの実験結果に基づいて,当業者が,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果を,前記a記載の化合物と同様の程度であると予測し得たということはできない。
…したがって,前記aの各記載から,本件化合物のヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害について前記アのような効果を有することを予測することができたということはできない。

⑤ …以上によると,本件発明1の効果は,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであると認められるから,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
(本件発明2及び取消事由2についての判示は省略する。)

検討

 (1)拘束力の範囲
 拘束力は、「判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたる」とされている(最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決)。もっとも、拘束力が、例えば進歩性の判断に生じるのか、あるいは一致点・相違点の認定や、個々の相違点の判断に生じるのか、といったように具体的にいかなる範囲で生じるかは未だ定説的な見解はないように思われる。
 「顕著な効果」の位置づけについては、顕著な効果があれば発明の構成が容易想到であっても進歩性を肯定する見解(独立要件説)と、容易推考を基礎づける考慮要素と位置付ける見解(二次的考慮説)がある。
 最高裁判決が原判決を破棄し、差し戻したのは、顕著な効果があれば進歩性を認めうるからであるとみれば、独立要件説に立脚したものであるという理解と結びつきやすい。
 第2次判決は、「引用例1及び引用例2に接した当業者は、KW-4679を『ヒト結膜肥満細胞安定化剤の』用途に適用することを容易に想到することができた」という判断をしていた。そのため、本判決が顕著な効果があると判断する場合には、それが前訴判決の拘束力に服するのか否かが注目されていた。なぜならば、顕著な効果があるとしても、二次的考慮説に立てば、すでに容易想到であるという判断の拘束力に抵触しうるからである。
 本判決は、「前訴判決は、このような予測できない顕著な効果があるかどうかまで判断したものではなく、この点には、前訴判決の拘束力は及ばない」としている点で、独立要件説から説明がしやすい立場に立っているということになる。
 もっとも、本判決及び最高裁判決において、拘束力の範囲について争われておらず、また、拘束力がどの範囲に生じるかは学説・実務において様々な見解があること、最高裁判決が、明確にどちらの説に立つかを判示していないことからすると、本判決の拘束力に関する判示をもって、いずれかの見解に立っていると断定することはできないように思われる。

(2)顕著な効果の有無
ア 本判決に至るまでの経緯
 最高裁判決が破棄した第3次判決は、「本件特許の優先日において、化合物A以外に、ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると、本件明細書に記載された、本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が、当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。」としていた。
 これに対して、最高裁判決は、「本件他の化合物が存在することが優先日当時知られていたということ以外に考慮すべきとする諸事情の具体的な内容を明らかにしておらず、その他、本件他の化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない」「本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定し」た原審の判断は法令の解釈適用を誤った違法があるとした。
 そのため、本判決には、より詳細に顕著な効果の有無について判断をすることが求められていたといえる。

イ 本判決の判断について
 本判決は、ケトチフェンの効果から、本件化合物の効果(濃度依存的なヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果)を予測できたかどうか判断している。すなわち、①本件化合物には、濃度依存的な効果があるが、ケトチフェンにはこのような効果があったとあったかは明らかでない。②クロルフェニラミンは、ケトチフェン及び本件化合物と同様にモルモットの結膜におけるヒスタミンの遊離抑制効果を有しないが、ヒト結膜肥満細胞の安定化効果を備えるか明らかであったとはいえない。③ケトチフェンおよび本件化合物が、有意なヒスタミン遊離抑制効果を有しているその他化合物との間に三環式化合物であるという共通点があるが、その程度の共通性があるだけでは、本件化合物がヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果につき当業者が同種程度の薬効を期待する根拠とはならない。④ケトチフェンと本件化合物の環構造や置換基は異なるから、当業者が,ケトチフェンのヒスタミン遊離抑制効果に基づいて,本件化合物がそれと同種同程度のヒスタミン遊離抑制効果を有するであろうことを期待するとはいえないとしている。このように、甲1を詳細に検討し、甲1の記載に接した当業者がケトフェチンの効果から本件化合物の濃度依存的なヒト結膜肥満細胞安定化効果を有すると予測できたとは言えない旨判断した。

 その他の化合物については、本件化合物と化学構造を顕著に異にするものとしたうえで、スギ花粉症患者への眼球への「塩酸プロカテロール」、「クロモグリク酸二ナトリウム」、「ペミロラストカリウム」投与実験の各結果から、本件化合物の効果(濃度依存的なヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果)を予測することができたということはできないとしている。
 最高裁判決によれば、第3次判決は、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かについて、審理が不十分であったとされていた。本判決は、前者の「優先日当時・・・当業者が予測できなかった場合」に該当するとして判断を下している。

ウ 今後の実務について
 最高裁判決は、顕著な効果があれば、進歩性があると判断したものではなく、顕著な効果の有無についての審理が不十分であったと判示するに過ぎないように見受けられる。したがって、最高裁判決を前提としても、顕著な効果があると判断された場合に直ちに進歩性が認められてよいかという点は、なお議論の余地のあったところである。
 本判決の論理は、「本件発明1及び2のいずれについても、当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるといえる」から「当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができない」というものである。これを素直に読めば、顕著な効果があれば、進歩性が肯定されると判示しているように見える。もし、この判決が、顕著な効果があれば容易想到性の検討をするまでもなく進歩性を認める趣旨であれば、独立要件説と整合的な判示がされたものとみることができるように思われる。
 この点、特許庁の平成27年10月1日以降の審査基準では進歩性における有利な効果について、以下のように記載がある。

 引用発明と比較した有利な効果が、例えば、以下の(i)又は(ii)のような場合に該当し、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであることは、進歩性が肯定される方向に働く有力な事情になる。

  • (i) 請求項に係る発明が、引用発明の有する効果とは異質な効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたものではない場合
  • (ii) 請求項に係る発明が、引用発明の有する効果と同質の効果であるが、際だって優れた効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測することができたものではない場合

 このように、特許庁の審査実務は、顕著な効果をあくまで考慮要素の一つとしてみており、少なくとも、顕著な効果があることのみをもって、進歩性ありとはしていない。
 特に、化学・医薬・バイオ分野等では、一般的に構造からその活性を予測することが困難であることからすると、本判決のように、予測された範囲の効果を超えるかという問題以前に、そもそも当業者が構成から効果を予測することができないものとして「顕著な効果」があることが肯定されやすいように思われる。
 本判決は事例判断であり、この点の審理や判断方法については、今後の実務の展開が待たれる。

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文責: 山田 康太 (弁護士)