2019年9月末の「HONDAKIT」の判決において、中国最高人民法院は、これまでの「PRETUL」及び「東風」判決における判断(中国国内市場において流通しないOEM製品は、中国国内において出所識別機能を果たすことができないため、商標の使用とは言えず、商標権侵害には当たらない)を踏襲してOEMであるから商標権侵害はない、との判断はせず、OEM品であり、中国国内には流通しないことが想定されるケースであっても、商品に商標が貼り付けられ、出所を識別する可能性があれば商標法上の商標の使用と言え、取引や経済の発展により、中国に逆輸入されたり、中国消費者が海外でOEM品に出くわしたりする可能性も考えられるから、OEMという形態であるから商標権侵害には該当しないと一律に認定することは妥当でないと判示した。
背景
中国において、OEM商品が商標権侵害の場面においてどう扱われるかは、長きにわたって議論が交わされてきた論点である。
過去には、2015年11月26日の「PRETUL」判決(最高人民法院(2014)民提字第38号)において、中国最高人民法院は、OEM生産の全量を国外に輸出し、OEM製品が中国国内市場において流通しない場合、当該標識は中国国内において出所識別機能を果たすことができないため、中国の需要者が出所について混同する可能性はなく、本件における商品に標識を付す行為は商標の使用とは言えないから、OEM製品は商標権侵害に当たらない、との判断を下した。
これは、その当時の有力説に近い考え方であり、また、2014年5月に施行された商標法の改正において、第48条に、
という規定が新たに設けられた流れと相まって、商標権侵害案件においては、中国の市場に流通せずに、全ての商品が外国に輸出される場合、中国における商標の使用とは認められない、という考え方が今後定着するのではないかと思わせる判決であった。
ところが、最高人民法院による「PRETUL」判決から間もない頃、「東風」事件(江蘇省高級人民法院(2015)蘇知民終字第00036号)において、中国江蘇高級人民法院は、上記の最高人民法院の判決と異なり、国内に流通せず、商標としての出所識別機能を果すことができないOEM生産のケースにおいて、商標権侵害を認めた。当該判決では、中国におけるOEM製造者に、合理的な注意義務または回避義務を課し(OEM製品の製造契約を締結する際、依頼者が海外で商標権または許諾使用権を有するかどうか、この商標権は中国国内の商標権と抵触関係にあるかどうかなどを事前に確認すること等を含む)、これを十分果たしたかどうかにより権利侵害と認定される可能性があることを示唆した。この他、上海知的財産法院の「PEAK」判決や北京高級人民法院の「SODA」判決においても同様に、ケースバイケースで、たとえOEM目的のみでの生産であっても使用が認められ、商標権侵害に当たる可能性があることを示唆する判決がなされた。
しかし、その後、2017 年12月28日に出された「東風」事件の再審判決((2016)最高法民再339号)では、最高人民法院は、またしても商標権侵害を否定した。理由としては、本件のOEM商品は完全に国外に輸出され、国内商標の出所識別機能に損害を与えておらず、関連公衆に誤認・混同を生じさせることもない。また、OEM製造者側が注意義務を果しておらず、国内の商標権者に実質的な損害を与えている(reasonable care + substantial damages)ことを証明する証拠がなければ、本件のOEM行為が国内の商標権を侵害するという認定は適当ではない、ということであった。最終的に、最高人民法院は二審判決を取消し、国内で流通していないOEM商品は、国内の商標権を侵害しないという傾向を改めて示す結果となった。
本判決
こうした中、2019年9月23日の「HONDAKIT」事件において、最高人民法院は、これまでの見解を改め、商標権侵害を認める判決を下した((2019)最高法民再138号)のである。
一審では商標権侵害の成立が認められたものの、二審では、被告の行為が渉外OEMに該当すると認定され、従来の判例に従い、中国国内に流通しない商品に付された標識は出所識別機能を発揮しないから商標法上の使用に該当しない、として商標権侵害は成立しないとの判断が一転して出された。これに対し、ホンダ社は最高人民法院に再審請求を行い、最終的に二審判決を取消し、商標権侵害が認定されたというのが本件の大筋の流れである。
まず、商標の使用の点について、商標法第48条で言うところの「商品の出所を識別するために用いる行為」というのは、出所識別機能を果たす可能性があることと、商品の出所識別機能を実際に果たすことの両方が含まれるが、製造・加工の過程で商品に標章を付す等して出所識別の可能性を有する状態になっている場合、商標法上の使用に該当すると言えると判示した。
また、最高人民法院の解釈では、商標法における関連公衆は、商品の消費者だけでなく、その営業販売に密接な関係を持つその他の経営者を指すとされているから、ここでいう関連公衆も、最終消費者だけではなく、商品輸送等の段階に関わる経営者も含めて考える必要がある。更には、電子商取引及びインターネットの発達に伴い、仮に契約上は商品の全量が国外に輸出されることになっていたとしても、国内市場に後から逆輸入される可能性や中国人消費者が海外の旅行先等でOEM品に接触し混同する可能性も否定できないとして、中国国内で商品の出所識別機能を果たすことができず、商標法上の使用に該当しないとした二審の判断には誤りがあるとした。
この判決の考え方に依ると、中国国内の市場に流通せず、中国では製造及び商標の貼り付け行為しか行っていない場合であっても、商標の使用があると認定されることになり、今後は中国国内ではOEM製造しか行っていない場合であっても、商標権侵害が成立する可能性があると考えておいた方がよいことになる。
検討
本件では、「HONDAKIT」の文字及び図形をオートバイ上に使用するに当たり、「HONDA」の部分を大きく突出させ、「KIT」の部分は小さく表示しており、更には、「H」の文字と羽翼のような形状の図形を赤色で表示しているところからして、ホンダ社の商標と出所混同の可能性があるとされたが、どうもこれは使用許諾された商標とは異なっていて、実際の使用ではホンダ社の商標に寄せている面があるようで、更に悪意性がうかがえる事案であったようでもあるから、そもそもOEMの問題を持ち出すまでもなく、権利侵害を構成すると判断する余地があった事案かもしれない。また、今回の判決は、OEM品が中国に逆輸入される可能性や、中国人の消費者が海外旅行の際に問題の商品に出くわし混同する可能性があると一部飛躍した判断があるとも思われる。
しかしながら、経済発展に伴い、紛争の内容も状況も常に変化していくものであるため、OEMであるから商標権侵害には当たらないといった、特定の貿易形態を商標権侵害の例外と簡単に判断することは妥当ではないと結論付けていることから、今後はOEM製造であるからと単純に切り分けるのではなく、ケースバイケースで判断される可能性を考えておいた方が良いと思われる。
いずれにしても、中国でOEM製造のみを行う場合であっても、中国において商標の使用をしていると認定される可能性が高まったとは考えられ、したがって、中国でOEM製造のみを行う場合であっても、中国における商標登録をしておく必要性が更に増したものといえると考える。
文責: 山崎 理佳(カリフォルニア州弁護士)