原告は、指定商品を第12類「Motor vehicles.」として、「EQ」のアルファベット2字からなる商標について国際登録出願をしたところ、特許庁において拒絶査定を受けたことから、拒絶査定不服審判を請求したが、特許庁は原告の商標が商標法3条1項5号に該当し、同条2項には該当しないとして請求不成立の審決をした。これに対する審決取消訴訟において、知財高裁は、商標の使用による識別力の獲得を認め、上記審決を取り消すとの判決をした(知財高裁平成31年(行ケ)10004号)。
事案の概要
原告は、世界的に著名なドイツの自動車メーカー「ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト」である。原告は、原告が保有する「メルセデス・ベンツ」ブランドのうち、電動車モデルのブランドを示す商標として「EQ」のアルファベット2字からなる商標を採択し、平成28年7月28日、指定商品を第12類「Motor vehicles.」(自動車及び二輪自動車)として、当該商標について国際商標登録出願をした(以下「本件商標」という。国際登録第1328469号)
特許庁での審査においては、本件商標出願は、平成29年11月22日付けで拒絶査定を受け、原告は拒絶査定不服審判を請求したところ、平成30年9月7日、本件商標は、商標法(以下「法」という。)3条1項5号(極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標)に該当し、同条2項(使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの)には該当しないから、商標登録を受けることができない、との審決がされた(以下「本件審決」という。)。これに対して、原告は、平成31年1月15日、本件審決の取消しを求める訴訟を提起した。
まず、法3条1項5号該当性について、原告は、本件商標は、商品の品番等の一類型として使用されているものではなく、原告の各種プロモーション活動や広告宣伝活動で一貫して使用されてきており、それを通して原告の電動車ブランドを指すものであると認識されているため、当該条項に該当しない、と主張した。
そして、法3条2項該当性については、本件商標が「Motor Vehicles.」に係る商品について使用された結果、市販開始前の段階ですでに成熟したブランドとして確立しており、本件審決時点までに、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っており、使用を通じて識別力を獲得していた、と主張した。具体的には、本件商標の使用実績として、モーターショーへの出展、新聞広告への掲載、F1大会への出場、ウェブサイト等での掲載、販売実績及び販促活動を挙げ、さらに、取引きの実情として、自動車業界においては、自動車愛好家や自動車評論家等の各メーカーの商品に高度の関心を寄せる需要者が相当程度存在することを挙げた。
これに対して、被告である特許庁は、普通の書体のアルファベット2字からなる標章は、一般に商品の品番等を表示するための記号、符号として類型的に取引上普通に採択されているものであり、自動車業界においても、「E」又は「Q」を含むアルファベット2字が商品の品番等を表す記号又は符号として使用されている実情があるとして、本件商標は法3条1項5号に該当すると主張した。また、同条2項該当性については、ブランド名公表から本件審決時まで約2年間の報道及び広告実績があるとしても、本件商標は、「ジェネレーションEQコンセプト」等のように単独で車名として使用されてはおらず、それらの商品は本件審決時には日本で販売されていないという状況では、本件商標は周知著名となるに至っていない、とした。さらに、自動車業界においても、「E」及び「Q」のアルファベット2字の組合せ原告のみによって独占使用されていたものではなく、第三者にも使用の余地を残しておく公益的要請があること等を考慮すると、使用の結果、識別力を獲得するに至ったとはいえない、と主張した。
本判決
知財高裁は、本件商標は、「法3条1項5号の極めて簡単で、かつ、ありふれた商標に該当するものの、同条2項の使用をされた結果需要者が原告の業務に係る商品であることを認識することができるものに該当するから、商標登録を受けることができないとした本件審決には誤りがある」として、本件審決を取り消すとの判決をした。
(1)法3条1項5号について
知財高裁は、アルファベット2字からなる標章は、一般に商品の品番等を示す記号、符号として用いられることがあり、自動車業界においてもそれが当てはまるとした。その上で、本件商標は、文字の形や組合せ自体に特徴がなく、極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標に該当する、と判断した。なお、本件商標はブランド名として使用され、需要者及び取引者から原告のブランドとして理解されている商標であるとの主張に対しては、そのような事情は本号該当性を否定する事情とはいえない、と述べた。
(2)法3条2項について
知財高裁は、まず、本項の趣旨について、「特定人が当該商標をその業務に係る商品の自他識別標識として他人に使用されることなく永年独占排他的に継続使用した実績を有する場合には、当該商標は例外的に自他商品識別力を獲得したものということができる上に、当該商品の取引界において当該特定人の独占使用が事実上容認されている以上、他の事業者に対してその使用の機会を開放しておかなければならない公益上の要請は薄いということができるから、当該商標の登録を認めようというものと解される」と述べた。
そして、以下を認定して、本件商標が指定商品「Motor vehicles.」に使用されたことを認めた。
検討
本件商標のように普通の書体のアルファベット2字からなるブランド名等は、基本的には法3条1項5項に該当する可能性があることから、日本国内においては、書体を工夫する、他の語と組み合わせる等して出願されることが多く、本件のように、訴訟において使用による識別力の獲得が認められる例は珍しい。また、本件は、他の例と比較して、広告宣伝期間や販売台数は必ずしも十分な量ではなく、それにもかかわらず、「著名な自動車メーカーである原告の発表する電動車やそのブランド名に注目する取引者、需要者が類型的に存在」し、それらの者に対して集中的に広告宣伝が行われたこと等を重視して識別力の獲得が認められている点で特徴がある。
本件は上記のような特有の事情が考慮されたものであり、一般的には、使用による識別力獲得を判断するに当たっては、販売期間や数量といった「量」が重視され、特に普通の書体のアルファベット2字からなる商標の登録は、依然としてハードルが高いものと考えられる。もっとも、本件は、販売期間や数量が十分でなくても、ブランディングの仕方によっては、使用による識別力の獲得が認められ得ること示すものであり、その点で参考になる。
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文責: 本阿弥 友子(弁護士)