令和2年2月21日号

特許ニュース

独立項の発明の進歩性を肯定する一方、従属項に係る発明の進歩性を否定した裁判例

発明の名称を「はんだ合金、ソルダペーストおよび電子回路基板」とする特許について、知財高裁は、独立項である請求項1に係る発明については進歩性を肯定する一方、従属項である請求項2~8に係る発明については進歩性を否定するという、一見逆に見える判断をした(知財高判平成30年2月14日(平成29年(行ケ)第10121号))。

事案の概要

1 特許の内容等

 原告(無効審判請求人)は、被告(被請求人)が保有する「はんだ合金、ソルダペーストおよび電子回路基板」の発明に係る特許(以下「本件特許」)について無効審判を請求した。
 無効審判の対象となった発明は、請求項1の発明(以下「本件発明1」)、請求項1を引用する請求項2の発明およびこれらを引用する請求項3~8に係る発明(以下「本件発明2」等といい、まとめて「本件発明」という)である。
 本件発明1と本件発明2~8との違いは、以下に示すとおり、本件発明1はニッケル(Ni)を含むことは要件とされていない一方、本件発明2~8はニッケルを含むことを要件とされている点にある。

【請求項1】
「実質的に、スズ、銀、銅(中略)からなるはんだ合金であって、前記はんだ合金の総量に対して、前記銀の含有割合が、2質量%以上4質量%以下であり、前記銅の含有割合が、0.3質量%以上1質量%以下であり(中略)、前記スズの含有割合が、残余の割合であることを特徴とする、前記スズの含有割合が、残余の割合であることを特徴とする、はんだ合金。」

【請求項2】
「さらに、ニッケル、インジウム、ガリウム、ゲルマニウムおよびリンからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含有し、はんだ合金の総量に対して、前記元素の含有割合が、0質量%超過し1質量%以下である,請求項1に記載のはんだ合金。」(下線筆者付加)
(【請求項3】以降は省略)

 また、本件特許の明細書(以下「本件明細書」)には、以下のとおり、ニッケルは任意成分である旨が記載されていた。

【0040】任意成分としてニッケルを含有する場合には、その含有割合は、はんだ合金の総量に対して、例えば、0質量%を超過し、例えば、1.0質量%以下である。(下線筆者付加)

【0041】ニッケルの含有割合が上記範囲であれば、本発明の優れた効果を維持することができる。

2 特許庁段階での判断

 原告は、引用文献に記載されている発明に基づき本件発明を容易に想到し得たとして、本件特許は特許法29条2項に違反してなされたものであって無効であると主張した。
 この点、原告は、引用文献の請求項3に「Ag:1~4質量%、Cu:0.6~0.8質量%、Sb:1~5質量%、Ni:0.01~0.2質量%、Bi:1.5~5.5質量%、Co:0.001~0.1質量%、残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金」が記載されているところ、この範囲の全てにわたる発明が同引用文献に開示されているとして、これを引用発明と認定すべきであると主張した。

 しかし、特許庁は、引用文献の実施例の記載を重視し引用発明1~6として引用発明を狭く認定した(引用発明2、同3は引用発明1の内容とほぼ同様であり、引用発明5、同6は引用発明4の内容とほぼ同様である)。

引用発明1: 「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Sb:3.0質量%、Bi:3.2質量%、Co:0.01質量%または0.05質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金。」
引用発明4: 「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Bi:5.0質量%または5.5質量%、Sb:5.0質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金。」

 特許庁は、前述した引用発明1~6と本件発明を対比し、以下のような相違点があると認定した。

・ 相違点1: 本件発明1と引用発明1との間のみに存在する相違点
 本件発明1では、任意成分として、ニッケルを0質量%超?1質量%以下の範囲で含むことを許容するものであるのに対し、引用発明1では、Ni:0.04質量%を必須成分として含有する点。

・ 相違点2: 本件発明1~8と引用発明1~3との間に存在する相違点
 本件発明では、ビスマス(Bi)の含有割合が、4.8質量%を超過し10質量%以下であるのに対し、引用発明1~3では、Bi:3.2質量%である点。

・ 相違点3: 本件発明1と引用発明4との間のみに存在する相違点
 本件発明1では、任意成分として、ニッケルを0質量%超?1質量%以下の範囲で含むことを許容するものであるのに対し、引用発明4では、Ni:0.04質量%を必須成分として含有する点。

・ 相違点4: 本件発明1~8と引用発明4~6との間に存在する相違点
 本件発明では、コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.3質量%以下であるのに対し、引用発明4では、コバルトを含有していない点。

 このように、本件発明1~8いずれについても相違点2(ビスマスの含有割合に関する相違点)および相違点4(コバルトの含有割合に関する相違点)が引用発明との間に存在すると認定されたが、本件発明1についてのみ、これらの相違点に加え相違点1および相違点3(ニッケルが任意成分か必須成分かという点に関する相違点)も相違点として認定された。
 その上で、特許庁は、本件発明1についてのみ存在する相違点1および同3に関し、「合金の発明において、ある元素が必須成分として含まれるのと、任意成分として含まれるのとでは、その技術的な意味が異なることは明らかであるから、当該相違点は実質的な相違点である。…そして…引用発明1においては、Niは、はんだ接合界面からのクラックの発生や伝播抑制のために必須成分として含有されるものであり、引用発明1において、このNiを任意成分とすることは、0.01質量%未満となることをも意味し、引用発明1におけるNi含有の技述的意義を損なうことになるから、当該相違点に係る構成を導くことは容易になし得たことであるとはいえない。」と判断した。
 また、本件発明1~8全てについて存在する相違点2および同4に係る構成も導くことも容易ではないと判断した。
 結局、特許庁は、本件発明1~8いずれも進歩性を欠くものではないとし、請求不成立の審決をした。  原告は、同審決を不服として審決取消訴訟を提起した。

本判決

裁判所は、引用文献の記載や、合金に関する技術常識を検討し、相違点1および同3に関しては審決と同様、「引用発明1及び4におけるニッケルは…クラックの発生を抑制するとともに、一旦発生したクラックの伝播を抑制するという、引用発明の課題解決のために不可欠な技術的意義を有する必須の成分とされているものである。それに対して,本件発明1においては,ニッケルは任意成分にすぎない。」と認定し、当該相違点の構成を導くことは容易ではないと判断した。
他方、相違点2および同4に関しては、審決とは異なり、当該相違点の構成を導くことは容易であると判断された。
その上で、裁判所は、引用発明1または同4との間で相違点1および同3が存在する本件発明1は容易想到ではないものの、本件発明1を引用する本件発明2~8は容易想到であると認定し、請求項1~8全てについて請求不成立とした審決のうち、請求項2~8に係る部分のみ取り消した。

検討

本件特許においては、ニッケル(Ni)が独立項に係る発明(本件発明1)では構成要件とされていなかった一方、従属項に係る発明(本件発明2~8)では構成要件とされていた。そして、引用文献に開示されている発明はニッケルを必須成分とする発明であり、この点で、独立項に係る本件発明1と引用発明との間には相違点があると認定された。このような事情により、独立項に係る本件発明1は容易想到ではないとされた一方、従属項に係る本件発明2~8は容易想到であるとした一見不可思議な結論が本判決で導き出されたと思われる。

しかし、本件発明1は、ニッケルを任意成分とする発明と共に、本件発明2~8のようにニッケルを必須成分とする発明をも含むものと解釈できたと考えられる。そうであれば、ニッケルを必須成分とする引用発明は、本件発明1の一部であるニッケルを必須成分とする発明の部分と同一であると見た上で、本件発明1についても本件発明2~8と同様に引用発明から容易想到であるとの判断もできたのではないかと思われる。
この点、確かに、本件明細書にはニッケルが任意成分である旨は記載されていた。しかし、そのことを一つの理由に、本判決のとおり、ニッケルの有無について何らクレームしていない本件発明1に係る請求項1の記載から、本件発明1は、本件発明2以降のようなニッケルを必須成分とする発明を排除し、ニッケルを任意成分とする発明のみを含むものと果たしていえたのであろうか。このとおり、請求項1に係る本件発明1はニッケルを任意成分とする発明であると(限定)解釈するのは若干無理があり、疑問が残る(なお、本件発明1と本件発明2~8とが、ニッケルを任意成分とするか必須成分とするかで互いに異なる発明であるとすれば、請求項1と請求項2~8は独立項と従属項との関係には立たなかったということになろう。)。

本件は事例判断であるが、特許に係る発明の認定方法との関係で上記のように独立項に係る発明と従属項に係る発明とで一見逆に思われる判断がなされたという点で珍しい裁判例であるため、今回紹介させていただいた次第である。

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文責: 今井 優仁 (弁護士・弁理士)