カナダ人Cheryl Bauman-Buffone が、米国において、「」を9類と16類に出願したところ、Nike社が2条(d)Likelihood of confusion(出所混同の恐れ)及び43条不鮮明化による稀釈化(Dilution by blurring)に基づき異議申立を行った。最終的に商標審判部(Trademark Trial and Appeal Board)は、Nike社の主張を認め、当該商標登録を認めなかった(Nike, Inc. v. Cheryl Bauman-Buffone, March 20, 2019)。
事案および審決の概要
Nike社(以下「ナイキ」)は、1995年1月24日からの登録商標「JUST DO IT.」(登録番号1875307、25類)含め、「JUST DO IT」についての登録を、9、18、21、25、35類等に複数有している。うち、全てが使用に基づく出願、登録で、ナイキによれば、1989年より被服についての使用があるとのことであった。
他方で、カナダの教育研究家Cheryl Bauman-Buffoneは、カナダにおいて「」という出願を2015年4月2日付で行い、この本国出願を基礎に、2015年5月29日付で、米国において「」を9類と16類に出願した(以下「本件商標」とする)。また、本件商標は、出願人の著書「Just Say It!: Four Phrases That Will Change Your Life Forever!」(2015年7月初版)において使用されている。
本件商標の指定商品は以下の通り。ナイキの9類における登録は眼鏡類や携帯ケース/カバーなどについてのものであるため、一見すると指定商品における重なりはない。
9類 Downloadable e-books in the field of promoting healthy lifestyles encompassing physical, social, emotional and spiritual aspects of positive human oral communications
16類Books in the field of promoting healthy lifestyles encompassing physical, social, emotional and spiritual aspects of positive human oral communications
USPTOでの審査の過程では類似する先行商標は抽出されておらず、本国登録証の提出を待って、2016年11月15日付けで出願公告された(カナダでの出願については、異議申立期限の延長申請がなされたものの、結局異議申立には至らず2016年9月20日付で登録される)。米国においては、異議申立期限の延長申請を経て、2017年5月15日付で異議申立がなされる。
商標審判部(Trademark Trial and Appeal Board)(以下「TTAB」)は、ナイキの「JUST DO IT」がFamous markであるということについては双方争いがないところであるが、当該Fameの程度については、出所の混同について検討するうえで、検討対象の商標の強さにより大きく結論に幅が出るとして、具体的な検討がなされた。2019年3月20日付の審決において、TTABは、ナイキの「JUST DO IT」について、Likelihood of confusionの観点からのFameを超えて、希釈化を判断する場合のFameに至っており、したがって、出所混同の恐れの解釈においても、より広い保護が与えられるべき"strong mark"であると判断した。
この点、Fameの証明に当たっては、需要者からアンケートを取るという直接的な証明方法もあるが、必ずしもアンケートを取る必要はなく、間接的にFameを立証することも可能であるとし、その場合の要素となるのは、例えば、売上高、広告投入量、需要者に認知されてからの期間の長さ、使用期間の長さ、市場占有率、ブランド自体の認知度、商品展開の幅広さ等であるところ、複数の雑誌や報告書において、ナイキの「JUST DO IT」が20世紀における"Top Ad Slogan"、"one of the most famous and easily recognized slogans in advertising history"であり、ナイキのブランドはCoca-Cola、Gillet、PandG等と並ぶconsumer brand giantsだと評されていることや、多くの専門家がナイキのJust Do Itを基軸としたマーケティングにおける成功を評価している。また、第三者機関が1999年時点で1000人を対象にアンケートを行ったところ、79%もの回答者が正しくJust Do Itと聞いてナイキを想起したこと、Facebook(29 million followers)、Twitter(7 million)、Instagram(76 million)におけるフォロワー数の多さ、広告宣伝費の額(20年間で$5 billion)等から、「JUST DO IT」はただ単に"very strong"と評価するには評価が低すぎるという程度に強い商標であると結論付け、このことが繰り返し審決において強調されている。
商標の類否の点については、それぞれ3つの短い単語で構成されており、JUSTから始まり、ITで終わるという構成が同じである、いずれも命令調のフレーズであり、ITが何であるのかが特定されていない、行動を起こすのか声を発するのかに違いはあるものの、いずれも自分の思うことを内に秘めないで外に出すべきだという発想も共通しているとし、更には、中間の語(DOとSAY)に差異はあるものの、いずれも動詞で、DOはSAYを包含する概念であるから、ある面JUST DO ITは何かを発することも含む観念であると評価し、何か行動を起こす前には、意思の表明が先行することが多く、"actions speak louder than words"という慣用句があることも、DOとSAYの関連性を裏付けている等として、DOとSAYは外観においても称呼においても異なるが、観念においてはそう異ならず、したがって、全体として類似すると判断した。なお、本件では、ナイキのJUST DO ITの登録がstandard charactersであるため、本件商標にある程度図案化した要素がある点は類否判断の要素に入ってこないが、仮にstandard charactersによる出願でなかったとしても、図案化の程度がさほどではなく、また出願情報によるとaの部分のデザインはword bubbleであるから、sayを連想させ、商標のoverall commercial impressionの評価において先登録商標と異なる印象を与えるほどの区別にはならないとも評価した。
また、出願人から主張があった通りJUST SAY ITというフレーズが一般的な語であるとみた場合であっても、本件商標を見てナイキを連想する需要者はいないという結論については否定した。
商品の類似性については、そもそもLikelihood of confusionの判断においては、商品が同一、もしくは競合している必要性はなく、商品が同じ出所から来ていると誤認される可能性があれば足りるという前提のもと、本件に関しては、商品の間に関連性があると判断した。ここで、本件商標の指定商品のうち、"physical" aspects of positive human oral communicationsの中身が明確でなく、ナイキの商品(被服、靴、かばん、眼鏡、水筒等)はトレーニングや運動などphysical aspects of being healthyという側面での健康的な生活習慣と関連する商品であるため、ナイキの商品が使用されるような活動もその中に含まれる可能性を否定できないとし、更に、ナイキがJUST DO ITを使用するのは被服や運動用具だけでなく、書籍やオンライン書籍ではないものの、NIKE+ Run Club and NIKE Training Clubという携帯用アプリを通じて健康的な生活習慣についての情報を提供しており、この点は出願人の商品と共通する面があると評価した。加えて、スポーツや身体を使うフィットネスのみならず、ナイキはsocial, emotional and spiritual aspects of human communicationsに関連してもJUST DO ITの使用をしていることがメディアの報道等を通じ需要者に認識されているので、social issues and oral communicationsの部分についても、ナイキのJUST DO ITの宣伝の一環であると捉え、出願人が発行する書籍等をナイキと結びつける可能性があると評価した。
Dilution(希釈化)には、Dilution by blurring(不鮮明化による希釈化)とDilution by tarnishment(汚染による希釈化)があるが、ナイキは、本件において、前者のDilution by blurringを主張した。条文の定義に、association arising from the similarity between a mark or trade name and a famous mark that impairs the distinctiveness of the famous markとあるが、これは、後から出願された商標を見たときに、相当数の需要者が、すぐにここでいうFamous markの権利者を想起し、これと結びつけるような状況のことをいう。この際、需要者が、当該商品が実際にはFamous markの権利者が販売しているものではないであろうと思っても構わないが、すぐにFamous markを連想してしまうかどうかが問題となる。また、希釈化防止法の目的はその商標の価値とUniquenessを保護することであるから、実際に混同が生じたか、またはそのおそれがあるかに関わらず起きるものであり、経済的損失の有無も問わない。
各要素について、TTABは、まず、前記の通り両商標は類似する、識別力については、JUST DO ITが生来的識別力を有しないと判断すべき証拠はなく、審判部としてはナイキのJUST DO ITには生来的識別力があると判断し、また、そもそも生来的識別力が仮になかったとしても、これだけ有名な商標であるため、少なくともacquired distinctivenessを十分有しているということは自明であると評価した。更に、ナイキは、JUST DO ITそのものだけではなく、JUST __ ITと間に別の語が入るような使用もすべて許さない態度を固辞しており、その姿勢は、数多くの警告状の送付例、異議申立、取消審判、訴訟例からも明らかであることから、"substantially exclusive use"であると評価した。
検討
最終的に、TTABは、本件において、2条(d)、43条のどちらの面においてもナイキのJUST DO ITが"exceedingly famous"と判断した。この点、出願人側も、JUST DO ITが通常のLikelihood of confusionの判断よりレベルの高い、希釈化の観念においてもFamousであるということを認めており、また出願人が本件商標を出願する前からFamousであったことを認めている。TTABの判断には、若干議論が飛躍しすぎているのではないかと思われる点も見受けられるが、上記の点が本件の判断を一貫して貫いており、最終的に結論へとそのまま結びついたように思われる。
なお、ナイキは、本件以外にも、「JUST FAKE IT」、「JUST MAKING IT」、「JUST READ IT」、「JUST KICKIN' IT」、「JUST BAG IT DESIGNS」など様々なJUSTとITを含む商標に異議申立をかけており、その多くが異議申立後に出願放棄されている。ナイキは、直近でも「JUST BELIEVE IT.」、「JUST HIT IT」、「JUST SHOOT IT」、「JUST OWN IT」、「JUST DO IT RIGHT」、「JUST KUSH IT」等数多くの商標に対して異議申立をかけ続けているようであるから、本件事案は、こういった他者の登録を認めない強固な姿勢と、たゆまぬ宣伝努力、その積み重ねがあれば、商標はここまで強くなり、このように大きな権利となり得るのだという一つの例だといえるのではないだろうか。
文責: 山崎 理佳 (カリフォルニア州弁護士)