SAPIXを運営する株式会社日本入試センターが、SAPIXに通う生徒のためにSAPIXのテスト問題を入手し、その解説本を出版し、又はウェブサイト上で解説するなどしていた株式会社受験ドクターに対し、「SAPIⅩ」または「サピックス」の文字を含む表示の使用の差止め等を求めるとともに、民法709条に基づく損害賠償請求をした事案において、平成30年12月6日、知財高裁はこれらの訴えを棄却した(知財高裁平成30年(ネ)10050号)。
事案の概要
原告・控訴人株式会社日本入試センター(以下「Ⅹ」という。)は、中学校受験のためのSAPIⅩ(サピックス)小学部等(以下「X学習塾」という。)を運営する株式会社であって、当該X学習塾は、日能研、四谷大塚、早稲田アカデミー、市進学院、栄光ゼミナールなどとともに、中学校受験のための大手の学習塾の1つである。
下記Ⅹ表示は、Ⅹの営業又は商品を表示する、Ⅹの商品等表示(不正競争防止法第2条第1項第1号参照)であって、Ⅹは、Ⅹの標章や略称としてⅩ表示を使用し、また、Ⅹのホームページ、校舎、教室、雑誌の広告、パンフレット、出版物、テスト問題等に付して使用していた。
判決文より引用
本判決
「Xは、著作権侵害ないし不競法上の不正競争行為の主張をするものではないから、Yの行為が一般不法行為を構成するのは、Yの行為により、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益が侵害されるといえる特段の事情がある場合に限られるというべきであるところ(最高裁判所第一小法廷平成23年12月8日判決、民集65巻9号3275頁参照)、Yによる解説本の出版やライブ解説の提供が、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害すると直ちにいうことはできない」
「Xのテスト問題を入手して解説本の出版やライブ解説の提供を行うについてのYの行為が、Xの営業を妨害する態様であったこと、又はXに対する害意をもって行われたことをうかがわせる証拠はなく、Yの行為が社会通念上自由競争の範囲を逸脱する不公正な行為であったとも認められない。」
「大手学習塾が、自ら作問したテスト問題の解説を提供するという営業一般を独占する法的権利を有するわけではないから、大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ、他の学習塾が業として大手学習塾の補習を行うことそれ自体は自由競争の範囲内の行為というべきである。」
「Xは、Yが、①X学習塾の生徒をターゲットにY学習塾での成績アップを宣伝文句として生徒を集め、②X学習塾のテスト問題を中心にライブ解説の提供及び解説本の出版をし、③ X学習塾の大規模校の周辺を中心にY学習塾を展開し、④合格率の高いX学習塾の生徒を集客することにより、Yの実績を誇示していることからすれば、Yには、Xの信用を害してプリバートに入室する生徒を奪う意図があったと推認されると主張する。」
「しかし、控訴人学習塾の生徒が被控訴人学習塾を選択し、プリバート(注:Xが運営する、X学習塾の生徒を対象としてX学習塾の授業内容やテスト問題の補習を行うコースを提供する個別指導塾)に入室しなかったとしても、それが社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものではない。そして、上記①~④の事情があることにより控訴人の信用が害されるとする根拠は不明であり、これらの事情から、被控訴人に、控訴人の信用を害してプリバートに入室する生徒を奪う意図があったことが推認されるという控訴人の主張は採用できない。」
検討
原審および本判決は、いずれも北朝鮮映画事件最高裁判決(最高裁判所第一小法廷平成23年12月8日判決、民集65巻9号3275頁参照)を引用して、著作物に係る著作権侵害や不正競争防止法違反が認められない場合における当該著作物の利用が一般不法行為を構成するのは、当該行為が著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護される利益を侵害するといえる特段の事情がある場合に限られる旨述べた。
上記最高裁判決は、著作権法第6条各号の著作物に該当しない著作物の利用行為は、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するといえる特段の事情がある場合に限られる旨述べ、具体的な事情のもと、当該著作物の利用は一般不法行為を構成しない旨述べたものである。
上記最高裁判決が「著作権法第6条各号の著作物に該当しない著作物の利用行為」について述べたものであるのに対して、本判決は「著作物に係る著作権侵害が認められない場合における当該著作物の利用」についても、上記最高裁判決と同様に判断すべき旨を示したと理解することができる。
上記最高裁判決は、「著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしていること」を理由付けの1つとしており、これは著作物の利用に一般的に妥当する理由付けであるため、本判決の事情の下においても、上記最高裁判決と同様に判断すべきとした本判決及び原審の判断は妥当なものであると思われる。
なお、上記最高裁判決においては、具体的な事情のもと、当該著作物の利用が一般不法行為を構成しない旨判断されたが、本判決においても同様に、具体的な事情を諸々考慮したうえでYによるX作成のテスト問題の使用などは「自由競争の範囲内の行為」であるから、「著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護される利益を侵害するといえる特段の事情」はないとして、一般的不法行為を構成しない旨判断された。
本判決は、ある行為が、著作権法等が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するといえる特段の事情の有無についての具体的な判断を示した点においても意義を有すると思われる。
本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)
原判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)
文責: 堀内 一成 (弁護士、弁理士)