令和元年5月23日号

著作権ニュース

 知財高裁において、著作物に係る著作権侵害や不正競争防止法違反が認められない場合における著作物の利用が一般不法行為を構成するのは特段のある事情がある場合に限られるとして訴えが棄却された事例。

 SAPIXを運営する株式会社日本入試センターが、SAPIXに通う生徒のためにSAPIXのテスト問題を入手し、その解説本を出版し、又はウェブサイト上で解説するなどしていた株式会社受験ドクターに対し、「SAPIⅩ」または「サピックス」の文字を含む表示の使用の差止め等を求めるとともに、民法709条に基づく損害賠償請求をした事案において、平成30年12月6日、知財高裁はこれらの訴えを棄却した(知財高裁平成30年(ネ)10050号)。

事案の概要

 原告・控訴人株式会社日本入試センター(以下「Ⅹ」という。)は、中学校受験のためのSAPIⅩ(サピックス)小学部等(以下「X学習塾」という。)を運営する株式会社であって、当該X学習塾は、日能研、四谷大塚、早稲田アカデミー、市進学院、栄光ゼミナールなどとともに、中学校受験のための大手の学習塾の1つである。
 下記Ⅹ表示は、Ⅹの営業又は商品を表示する、Ⅹの商品等表示(不正競争防止法第2条第1項第1号参照)であって、Ⅹは、Ⅹの標章や略称としてⅩ表示を使用し、また、Ⅹのホームページ、校舎、教室、雑誌の広告、パンフレット、出版物、テスト問題等に付して使用していた。

X表示
判決文より引用


 被告・被控訴人株式会社受験ドクター(以下「Y」という。)は、X学習塾などの大手の学習塾に通う生徒のために、各塾のテストの解説のライブ配信や復習教材の作成等を行っている。
 Yは、そのホームページやインターネット上で配信した動画において「SAPIⅩ生のための復習用教材」や「サピックス9月度マンスリーテスト」などの表示(以下「Y表示」という。)をしていた。
 Ⅹは、Yがそのホームページやインターネット上で配信している動画においてⅩ表示と類似する表示であるY表示を付する行為は、需要者の間に広く認識されたⅩの商品等表示を使用して需要者に混同を生じさせるものであって、不正競争防止法2条1項1号に該当するとして、主位的に同法3条1項に基づき「SAPIⅩ」または「サピックス」の文字を含む表示の使用の差止め等を求めるとともに、予備的に、Xの作成したテスト問題を入手し、その解説本を出版し、又はウェブサイト上で解説するなどの行為は、原告の営業の自由を妨害することを目的とするものであり、自由競争の範囲を逸脱した不公正な行為にあたり、一般不法行為を構成するとして、民法709条に基づき4348万円の損害賠償金の支払を求める訴訟を提起した。
 原審は以下のように判断して、Ⅹの請求をいずれも棄却した(東京地判平成30年5月11日(平成28年(ワ)30183号))。
1.主位的請求について
 まず、不正競争防止法2条1項1号の「使用」の意義につき、「同号にいう『使用』というためには、単に他人の周知の商品等表示と同一又は類似の表示を商品等に付しているのみならず、その表示が商品等の出所を表示し、自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられていることを要する。」と示したうえで、Y表示はこの要件を満たさないなどと指摘して、主位的請求を棄却した。
2.予備的請求について
 「本件においては、YがⅩの著作権を侵害したと認めるに足る証拠はないところ、著作物に係る著作権侵害が認められない場合における当該著作物の利用については、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないというべきである(最一小判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁参照)。」
 「本件についてみるに、Ⅹは、Yが原告作成に係る問題等を入手し、ライブ配信などの方法でその解説をするのはⅩのノウハウにただ乗りするものであると主張するが、大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ、他の学習塾が業としてその補習を行うこと・・(中略)・・は、自由競争の範囲を逸脱するものではなく、そのような営業形態が違法ということはできない。」
 「また、Ⅹは、Yの行為はⅩの営業の自由を妨害し、Ⅹの顧客を奪取することを目的とするものであると主張するが、・・(中略)・・YがⅩ学習塾の生徒に提供するサービスは、Ⅹ学習塾における理解の深化や成績向上等を目的としているのであるから、Y学習塾に通塾するⅩ学習塾の生徒はⅩ学習塾における学習を継続することを前提としているものと考えられる。そして、仮にYの行為によりⅩの個別指導塾の受講者が減少したとしても、それは大手学習塾の教材や問題の補習というサービス分野における自由競争の範囲内であるというべきである。
 「さらに、Ⅹの作成した問題の入手方法、ライブ解説の配信方法等についても、Ⅹの営業を妨害するような態様で行われていたと認めるに足りる証拠はない。」
 「以上によれば、本件におけるYの行為については、不法行為の成立が認められるべき特段の事情は存在しないというべきである。」
 上記の原審の判断に対し、Ⅹが予備的請求を棄却した部分を不服として控訴した。

本判決

 「Xは、著作権侵害ないし不競法上の不正競争行為の主張をするものではないから、Yの行為が一般不法行為を構成するのは、Yの行為により、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益が侵害されるといえる特段の事情がある場合に限られるというべきであるところ(最高裁判所第一小法廷平成23年12月8日判決、民集65巻9号3275頁参照)、Yによる解説本の出版やライブ解説の提供が、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害すると直ちにいうことはできない」
 「Xのテスト問題を入手して解説本の出版やライブ解説の提供を行うについてのYの行為が、Xの営業を妨害する態様であったこと、又はXに対する害意をもって行われたことをうかがわせる証拠はなく、Yの行為が社会通念上自由競争の範囲を逸脱する不公正な行為であったとも認められない。」
 「大手学習塾が、自ら作問したテスト問題の解説を提供するという営業一般を独占する法的権利を有するわけではないから、大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ、他の学習塾が業として大手学習塾の補習を行うことそれ自体は自由競争の範囲内の行為というべきである。」
 「Xは、Yが、①X学習塾の生徒をターゲットにY学習塾での成績アップを宣伝文句として生徒を集め、②X学習塾のテスト問題を中心にライブ解説の提供及び解説本の出版をし、③ X学習塾の大規模校の周辺を中心にY学習塾を展開し、④合格率の高いX学習塾の生徒を集客することにより、Yの実績を誇示していることからすれば、Yには、Xの信用を害してプリバートに入室する生徒を奪う意図があったと推認されると主張する。」
 「しかし、控訴人学習塾の生徒が被控訴人学習塾を選択し、プリバート(注:Xが運営する、X学習塾の生徒を対象としてX学習塾の授業内容やテスト問題の補習を行うコースを提供する個別指導塾)に入室しなかったとしても、それが社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものではない。そして、上記①~④の事情があることにより控訴人の信用が害されるとする根拠は不明であり、これらの事情から、被控訴人に、控訴人の信用を害してプリバートに入室する生徒を奪う意図があったことが推認されるという控訴人の主張は採用できない。」

検討

 原審および本判決は、いずれも北朝鮮映画事件最高裁判決(最高裁判所第一小法廷平成23年12月8日判決、民集65巻9号3275頁参照)を引用して、著作物に係る著作権侵害や不正競争防止法違反が認められない場合における当該著作物の利用が一般不法行為を構成するのは、当該行為が著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護される利益を侵害するといえる特段の事情がある場合に限られる旨述べた。
 上記最高裁判決は、著作権法第6条各号の著作物に該当しない著作物の利用行為は、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するといえる特段の事情がある場合に限られる旨述べ、具体的な事情のもと、当該著作物の利用は一般不法行為を構成しない旨述べたものである。
 上記最高裁判決が「著作権法第6条各号の著作物に該当しない著作物の利用行為」について述べたものであるのに対して、本判決は「著作物に係る著作権侵害が認められない場合における当該著作物の利用」についても、上記最高裁判決と同様に判断すべき旨を示したと理解することができる。
 上記最高裁判決は、「著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしていること」を理由付けの1つとしており、これは著作物の利用に一般的に妥当する理由付けであるため、本判決の事情の下においても、上記最高裁判決と同様に判断すべきとした本判決及び原審の判断は妥当なものであると思われる。
 なお、上記最高裁判決においては、具体的な事情のもと、当該著作物の利用が一般不法行為を構成しない旨判断されたが、本判決においても同様に、具体的な事情を諸々考慮したうえでYによるX作成のテスト問題の使用などは「自由競争の範囲内の行為」であるから、「著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護される利益を侵害するといえる特段の事情」はないとして、一般的不法行為を構成しない旨判断された。
 本判決は、ある行為が、著作権法等が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するといえる特段の事情の有無についての具体的な判断を示した点においても意義を有すると思われる。

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

原判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 堀内 一成 (弁護士、弁理士)