平成31年2月28日号

不正競争ニュース

東京地裁、公道カートのレンタル業者に対する「マリカー」の標章とコスチュームの使用差止を認める。

任天堂株式会社が、「マリカー」という標章を使用して、ゲームソフト「マリオブラザーズ」や「マリオカート」のキャラクターである「マリオ」、「ルイージ」、「クッパ」、「ヨッシー」の特徴を備えているコスチュームを顧客に貸与して公道カートのレンタルサービス業を営む株式会社MARIモビリティ開発に対し、「マリカー」等の標章、コスチュームの使用差止等を求めた不正競争行為等差止請求事件において、平成30年9月27日、東京地裁はこれらの請求を認める判決を下した(東京地裁平成29年(ワ)第6293号)。

事実関係

原告(任天堂株式会社)(以下「原告」という。)は、ゲーム等の制作、製造、販売等を行う株式会社であり、平成4年8月27日、ゲームソフト「スーパーマリオカート」を発売した。マリオカートは、「マリオ」、「ルイージ」、「クッパ」、「ヨッシー」等のキャラクターがカートに乗車して様々なコースを走行し、レースを繰り広げることを特徴とするゲームシリーズである。

被告(株式会社MARIモビリティ開発)(以下「被告」という。)は、平成27年6月4日に設立され、設立当初から平成28年6月23日までの間、「MariCAR」との屋号を用いて公道を走行することが可能なカート(以下「公道カート」という。)のレンタル事業(以下「本件レンタル事業」という。)を営んでいた。被告は、平成28年6月24日以降、被告から公道カートの提供を受け、「MariCAR」との屋号を用いて本件レンタル事業に関与している団体に対して公道カートを販売し、公道カートのメンテナンスサービスを提供している。

被告は、設立時から平成30年3月21日(本件訴訟提起後)まで、「株式会社マリカー」との商号を用いていたが、同年同月22日に現在の商号である「株式会社MARIモビリティ開発」に変更した。本件レンタル事業に関するチラシには、「マリカーは、普通免許で運転できる一人乗りの公道カートのレンタル&ツアーサービスです。」等の記載があった。被告のウェブサイトには、「マリカー・ハロウィンイベント実施」、「マリカーAmazon店が正式OPEN」「マリカーに乗って道路を走っていると自然と笑顔になれる。」等と記載していた。各店舗のウェブサイトにも、「私たち、マリカーは、毎日通常通りに営業を行っております。マリカーは法律を遵守しており、今後も法律に則って運営して参ります。」等と記載されていた。

また、被告サイトには、「MARICAR」との文字及びカートに乗った人物を組み合わせたロゴ(以下「本件ロゴ」という。)を複数箇所に掲示しており、各店舗のウェブサイトにも本件ロゴが使用されていた。公道カートの前部や側面等にも、本件ロゴがペイントされていた。

本件レンタル事業を提供する各店舗においては、下記の写真に示されるコスチューム(以下「本件コスチューム」という。)を利用者に貸与していた。各店舗のウェブサイトには、本件コスチュームを着用して公道カートに乗車する人物が表示された写真(以下「本件写真」という。)が掲載され、本件レンタル事業の利用者が本件コスチュームを着用して公道カートに乗車して走行する様子が撮影された動画(被告や関係団体が本件レンタル事業を広く紹介するためにアップロードしたもの)(以下「本件動画」という。)が、YouTubeにアップロードされた。

本件レンタル事業においては、公道カートをレンタルした利用者がガイドに案内されて東京都内を走行するツアーが用意されており、本件コスチュームを着用した従業員が公道カートに乗車して利用者を先導することより、ガイドを勤めていた。店舗の一つ(品川店)においては、店舗内の入口付近に「マリオ」の人形が設置されていた。

被告は、「maricar」を含むドメイン名(以下「本件ドメイン名」という。)の登録を受け、被告のサイトに使用していた。

被告は、「マリカー」の標準文字からなる商標権第5860284号(指定役務:第39類、自動車の貸与等、出願日平成27年5月13日)を保有している。





原告は、これらの行為が、不正競争防止法(以下「不競法」という。)に違反し、著作権侵害を侵害する行為でもあるとして、被告に対し、①営業上の施設及び活動における「マリカー」、「MariCar」、「MARICAR」、「maricar」の各標章(以下「マリカー等の標章」という)の使用の差止、②営業上の施設、広告宣伝物、カート車両からのこれらの標章の抹消、③「株式会社マリカー」の商号登記の抹消登記、④原告の表現物(マリオ等)の複製及び翻案の差止、これらの複製物又は翻案物の自動公衆送信又は送信可能化の差止、⑤営業上の施設及び活動における本件コスチュームの使用の差止、⑥本件写真と本件動画データの削除と廃棄、⑦ドメイン名の使用差止及び登録抹消、⑧1000万円の支払い等を求める訴訟を平成29年2月24日に東京地裁に提起した。


主な争点は、(1)マリカー等の標章の使用差止等の可否、(2)本件コスチュームの使用差止等の可否、(3)本件ドメイン名の使用差止等の可否等である。

本判決

東京地裁は、原告の請求のうち、①営業上の施設及び活動におけるマリカー等の標章の使用の差止(ただし、外国語でのみ記載されたウェブサイト及びチラシを除くとの限定がされた)、②営業上の施設、広告宣伝物、カート車両からのマリカー等の標章の抹消、⑤営業上の施設及び活動における本件コスチュームの使用の差止、⑧被告に対する1000万円の支払請求を認めた。しかし、③については被告が既に商号を変更していることから認めず、④については差止対象の行為が広すぎて限定されていないとして認めなかった。⑥については本件写真及び本件動画は既にウェブサイト上にないとして削除請求は認めず、本件写真のデータ自体は不正競争行為とならない利用態様があるとして廃棄は認めず、本件動画データのみについて廃棄を認めた。⑦については、ドメイン名を外国語でのみ記載されたウェブサイトのために使用する場合を除き、使用してはならないと限定して認めた。

(1)  争点(1)(マリカー等の標章の使用差止等の可否)について

裁判所は、本件レンタル事業の需要者は、観光の体験等として公道カートを運転してみたい一般人であり、日本語を解する者も含まれると認定した。

原告の文字表示「マリカー」の「周知性」については、「マリオカート」シリーズの出荷本数が相当数に及ぶこと(世界を含めると累計で1億1150万本)、人気ゲームとして雑誌に取り上げられ、複数のライセンス商品が販売され、テレビコマーシャルも相当数放送されたことから、人気ゲームシリーズとして日本全国のゲームに関心を有する者の間で相当に広く知られていたと認定し、「マリカー」については、①ゲームソフト「マリオカート」の略称として、ゲーム雑誌において使用されていて、②少なくとも平成22年頃には、ゲームとは関係性の薄い漫画作品においても何らの注釈を付することなく使用されることがあったこと、③被告が設立される前日である平成27年6月3日には、その一日をとってみても、「マリオカート」を「マリカー」との略称で表現するツイートが600以上投稿されたことが認められ、④本件訴訟提起に係る報道が出された後には、複数の一般人から、被告の社名である「マリカー」が原告のゲームシリーズ「マリオカート」を意味するにもかかわらず、被告が原告から許可を得ていなかったことに驚く内容の投稿がされた事実が認められるとして、これらの事実からすると「マリカー」は、広く知られていたゲームシリーズである「マリオカート」を意味する原告の商品等表示として、本件証拠上、遅くとも平成22年頃には、日本全国のゲームに関心を有する者の間で、広く知られていたということができると認定した。そして、日本においてゲームに関心を有する層は相当広範囲にわたっていることは明らかであり、観光の体験等で公道カートを運転してみたい一般人も含まれ、原告の文字表示マリカーは、日本全国の本件レンタル事業の需要者において広く知られていたと認めることができると認定した。ただし、原告の文字表示マリカーは「マリカー」という日本語の表示であり、日本語を解しない者の間で、原告の商品等表示として広く知られていたとは認められないとも認定した。

被告の使用するマリカー等の標章と原告の文字表示「マリカー」との「類否」については、同一若しくは類似すると認定した。

「混同を生じさせるおそれの有無」については、原告の商品はゲームソフトであるのに対し、被告の役務は公道カートのレンタルという違いがあるが、ゲームのような二次元の世界をテーマパーク等において現実のアトラクションとして再現し集客するビジネスが数多く存在し、本件レンタル事業では、「マリオカート」に登場するキャラクターのコスチュームを利用者が着用して公道カートを運転するものであるから、両者の商品ないし役務には強い関連性が認められるとして、被告の営業が原告により行われ又は原告と関係があると誤信させると認定した。

なお、被告から、「マリカー」の標準文字を保有しており、「マリカー」の標章についての正当な権限を有するとの抗弁が主張されたが、かかる主張は権利の濫用として許されないとして排斥した。

以上より、裁判所は、マリカー等の標章の差止を認めた。ただし、「マリカー」は日本語を解しない者の間では周知性が認められないとして、外国語のみで記載されたウェブサイトやチラシは差止の対象外とされた。

(2)  争点(2)について(本件コスチュームの使用差止等の可否)

裁判所は、原告の表現物「マリオ」は、その人物のイラストとしての基本的な表現上の特徴を同じくする「マリオ」が登場する原告のゲームソフトである「マリオ」シリーズの長年にわたる販売及び人気により、原告の商品の出所を表示する商品等表示となっており、外国に在住して日本を訪問する者の間でも、原告の商品等表示として広く認識されていたと認定した。「ルイージ」「ヨッシー」「クッパ」も同様に原告の商品等表示として広く認識されていたと認定した。

本件写真や本件動画については、原告の表現物の特徴の一部を備えたコスチュームを着用した人物が表示され、公道カートに乗車していること、「マリオ」等がカートの運転手となるゲームシリーズ「マリオカート」が日本及び全世界において相当の出荷本数を有すること、これらの写真が「マリカー」と称する本件レンタル事業を宣伝するウェブサイトにおいて掲載されていたことからすれば、本件コスチュームを着用した人物の表示は、本件レンタル事業の需要者をして、ゲームシリーズ「マリオカート」のキャラクターである「マリオ」等を連想させ、これらの人物と、本件レンタル事業の需要者において周知の商品等表示である原告の表現物マリオ等とを類似のものと受け取り、その商品等表示が示す原告の業務と被告が行っている役務には関連性があるといえることから、被告と原告との間に同一の営業を営むグループに属する関係又は原告から使用許諾を受けている関係が存すると誤信させるおそれがあると認定した。

従業員の本件コスチュームの着用、マリオ人形の設置についても、被告と原告との間に同一の営業を営むグループに属する関係又は原告から使用許諾を受けている関係が存すると誤信させるおそれがあると認定した。

以上より、裁判所は、本件コスチュームを営業上の施設及び活動に使用することの差止を認めた。裁判所は、判決中において、この差止によって、被告は、本件コスチュームが使用された本件写真を同社が運営するウェブサイトに掲載すること、本件各動画を動画共有サービスに掲載すること、従業員に本件コスチュームを着用させること、店舗内にマリオ人形を設置することや、営業活動において本件コスチュームを貸与することが禁止されることとなると述べた。

(3) 争点(3)について((3)本件ドメイン名の使用差止等の可否等)

裁判所は、本件ドメイン名は原告の表示「マリカー」と類似し、被告は、原告の表示「マリカー」と類似する本件ドメイン名を使用することによって、高い知名度を利用し、原告の公認あるいは協力の下で本件レンタル事業を営んでいるかのような外観を作出し、不当に利益を上げる目的があったものと認めることができるとして、被告は、本件各ドメイン名の使用につき、「不正の利益を得る目的」を有していたと認定した。

以上より、裁判所は、被告の本件ドメイン名の使用は、不競法第2条1項13号に該当すると判断した。

ただし、原告の表示「マリカー」は、日本語を解しない者の間では周知性が認められないことから、外国語のみで記載されたウェブサイトを使用する場合を除いた差止に限定された。

検討

ゲームのキャラクターの着用するコスチュームの使用が不競法に違反する行為として認定されたことは目新しいといえる。裁判所は、本件コスチュームの使用方法の具体的な態様に基づき、出所混同が生じるかどうかを総合的に判断した。

原告は著作権に基づく主張も行っていたが、裁判所は、不競法に基づき本件コスチュームの貸与が禁止されるとして、本件コスチュームが原告の表現物の複製物又は翻案物に当たるかどうかの判断を行わなかった。

「ヨッシー」や「クッパ」のコスチュームは、キャラクターの多くの特徴を再現しているが、「マリオ」や「ルイージ」のコスチュームにおいてはキャラクターの顔部分が使用されていないため、類似といえるかについては難しいところがあったと考える。一般的に、特徴的で創作的な衣装デザインであれば、コスチューム自体についても創作性が認められる余地があるが、マリオのコスチュームについてはありふれたものとして著作物として保護されない可能性は高かったともいえる。著作物の類似性については、著作物自体の客観的な比較によって判断されるものであり、著作物の周知性・著名性や誤認混同といった点は考慮されないため、「マリオ」と、青いオーバーオール、赤い長袖シャツ、「M」が付された赤い帽子からなる「コスチューム」を客観的に比較した場合、類似とは判断できないかもしれない。これに対し、不競法では、類否および出所混同の判断において、周知性や著名性の程度を考慮して、表示の使用方法や態様等の諸般の事情、取引界の実情のもと、需要者等が、原告と被告の両者の表示の外観、称呼、観念に基づく印象、記憶、連想等から全体的に類似していると受け取るおそれがあるかどうかを判断する。本件においては、周知のゲームのキャラクターのみならず、周知のゲームの略称やゲームの場面設定を含むゲーム全体が利用されており、全体として類似しているという判断が行いやすいケースであったため、不競法による保護がなじみやすかったといえる。

なお、被告の登録商標(第5860284号)に対しては、本件訴訟提起前に、原告は本件登録商標が商標法4条第1項15号(他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標)及び商標法4条1号19号(他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的をもつて使用をするもの)に該当することを理由として異議申立を行った。しかし、原告の登録商標(第4222218号)である「MARIO KART」や「マリオカート」の周知性は認められるものの「MARIO KART」や「マリオカート」と「マリカー」は非類似であり、「マリカー」については周知であると認定できないとして、平成29年1月26日に維持決定が出された。原告は、その後、本件訴訟を提起し、訴訟提起後に被告の登録商標に対して無効審判請求を行っており、無効審判は現在係属中である。本件裁判で「マリカー」の周知性が認定されたことからすれば、本件登録商標が無効審判により無効と判断される可能性は高いのではないかと考える。

本件は、権利者ではなく、ゲームの利用者が使い始めた略称を、被告が原告に無断使用してサービスを行ったケースであり、このような略称について権利者としてどこまでケアすべきかについては悩ましい点もある。原告は、本件訴訟提起後に「マリカー」を出願(商願2017-21997)しているが、このような略称についても商標登録を行うことは、原告の防御策の一つになり得るともいえる。さらに、原告は、MやLの文字が付された帽子についての立体商標(第5929954の1号及び第5929870号の1号、指定役務に自動車の貸与を含む)を、被告の本件レンタル事業の開始後に出願し、登録となっている。帽子に加えて、赤い長袖シャツと青のオーバーオールを組み合わせたコスチューム全体についても立体商標登録も行えば商標権侵害も問えることとなり、より保護を強化できるとも考える。



本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 中岡 起代子 (弁護士、弁理士)