平成30年10月12日号

特許ニュース

知財高裁、明確性要件に違反してなされたと先に知財高裁で判断された特許に関して、訂正後のクレームは明確性要件を充足していると判断する。

発明の名称を「眼科用清涼組成物」とする特許に関し、先の知財高裁での審決取消訴訟判決においては、クレーム中の「平均分子量」との記載が「重量平均分子量」なのか「粘度平均分子量」なのか不明であり同記載は明確性要件を充足していないと判断された。しかし、同判決の確定後になされた訂正請求によりクレームおよび明細書の記載が訂正された結果、今回紹介する、2回目の知財高裁での審決取消訴訟判決(「本判決」)においては、クレーム中の「平均分子量」の記載は「重量平均分子量」であると理解できるとして、同記載は明確性要件を充足しているものと判断された(知財高判平成30年9月6日(平成29年(行ケ)第10210号))。

事実関係

(1)本判決は、発明の名称を「眼科用清涼組成物」とする特許第5403850号(「本件特許」)に係る審決取消訴訟の判決である。本判決に至るまで、本件は概ね以下の経過を辿ったところ、当初から、本件特許のクレームにおける「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」((4)で後述する本件訂正により「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」と訂正されている)の記載、特に「平均分子量」の記載の明確性が問題となった。

(2)まず、本件特許に対して、平成27年2月5日に無効審判の請求がなされたところ(無効2015-800023号)、特許庁は、本件特許は明確性要件、実施可能要件等に違反してなされたものではないとして、請求不成立の審決をした。無効審判の請求人は、同審決を不服とし、審決取消訴訟を提起した。

(3)知財高裁は、「第一次判決」の項目において後述するとおり、クレーム中のコンドロイチン硫酸またはその塩の「平均分子量」の意義が不明確であり本件特許は明確性要件に違反してなされたものであるとして、平成29年1月18日、審決を取り消す旨の判決をし(知財高判平成29年1月18日(平成28年(行ケ)第10005号)、「第一次判決」)、第一次判決はその後確定した。

(4)特許権者は、(2)の審決が取り消された後の無効審判手続において、平成29年9月4日付で本件特許について訂正を請求したしたところ(「本件訂正」)、特許庁は、平成29年10月11日、本件訂正は認めつつ、クレーム中の「平均分子量」はいかなる平均分子量を指すのかなお不明であるとして、本件特許は明確性要件を満たさず無効である旨の審決をした。特許権者は、同審決を不服とし、審決取消訴訟を提起した。

(5)知財高裁は、「平均分子量」の記載は不明確ではなく、本件訂正後の本件特許は明確性要件を満たすとして、(4)で前述した審決を取り消した。

第一次判決

第一次判決においては、概ね次の理由により、クレーム中のコンドロイチン硫酸またはその塩の「平均分子量」が、「重量平均分子量」、「粘度平均分子量」のいずれであるのかを合理的に推認することができないとして、本件特許のクレームの記載は明確性要件に違反すると判断された。
すなわち、まず、本件特許の明細書(「本件明細書」)においては、ヒドロキシエチルセルロース、メチルセルロース等といった、問題のコンドロイチン硫酸またはその塩以外の高分子化合物の平均分子量が記載されていたところ、それらは「重量平均分子量」と理解し得るものである、と認定された。
他方、本件明細書には、クレームされているコンドロイチン硫酸またはその塩に関し、「マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」との記載もあった。かかる記載に関し、第一次判決においては、マルハ株式会社が本件特許の出願日当時に販売していたコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量は、重量平均分子量によれば20,000~25,000程度、粘度平均分子量によれば6,000~10,000程度であったことから、本件明細書に記載されているマルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量は「粘度平均分子量」であると理解し得るものであった、と判断された。加えて、第一次判決では、(a)マルハ株式会社は、コンドロイチン硫酸ナトリウムの製造販売を独占する2社のうちの1社であり、ユーザーから問い合わせがあった場合には同物質の平均分子量を粘度平均分子量のみで測定してその数値を知らせていたこと、(b)マルハ株式会社から販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量が20,000~25,000程度のものであることを示す刊行物が既に複数頒布されていたところ、同数値は本件明細書に記載されている「マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」とは明らかに異なることが指摘された。
以上の理由に基づき、第一次判決においては、当業者であれば、本件明細書の「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」の「平均分子量」とは「粘度平均分子量」を示す可能性があり、それゆえ、クレームに記載されているコンドロイチン硫酸またはその塩の「平均分子量」に限っては、それが「重量平均分子量」によって示されていることに疑義を持つものと認められるとして、クレーム中の「平均分子量」の意義が不明確であり、本件特許は明確性要件に違反してなされた、と判断された。

本判決

(1)特許権者は、第一次判決の確定後、本件特許のクレーム中「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」との部分を「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」と訂正し、本件明細書から2で前述したようなマルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムに関する記載を削除する訂正を行った(本件訂正)。

(2)本判決では、まず、明確性要件の充足の有無に関する判断基準を以下のとおり示した。

「 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。」

(3)そのうえで、本判決においては、次のとおり、本件訂正後のクレームにおける「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」の「平均分子量」が、「重量平均分子量」、「粘度平均分子量」、「数平均分子量」のいずれであるのかを示す明確な記載は本件訂正後の明細書(「本件訂正明細書」)に存在しないものの、本件訂正明細書における記載や当業者の技術常識も参酌して、「平均分子量」は「重量平均分子量」のことであると合理的に推認できるとして、第一次判決とは逆に、本件訂正後の本件特許のクレームの記載は明確性要件を満たすと判断された。

「…本件訂正明細書には、『本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり、平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万、さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万、特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ、例えば、生化学工業株式会社から販売されている、コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万、平均分子量約2万、平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。
上記の『生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万、平均分子量約2万、平均分子量約4万等)』については、本件出願日当時、生化学工業株式会社は、同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており、同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと…からすれば、その『平均分子量』は重量平均分子量であると合理的に理解することができ、そうだとすると、本件訂正後の特許請求の範囲の『平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩』にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて、本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること…、高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること…も、本件訂正後の特許請求の範囲の『平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩』にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。」

検討

(1)本判決は、クレームに記載されている発明が明確性要件を満たしておらず無効であるとの判決がなされた特許について、その後の訂正の結果、明確性要件を満たしていると判断したものである。
まず、本判決においては、3(1)において前述のとおり、「特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。」との明確性要件の判断基準を示しているところ、同様の判断基準は、第一次判決のほか、知財高判平成29年8月30日(平成28年(行ケ)第10187号)〔可逆熱変色性筆記具用水性インキ組成物事件〕、知財高判平成28年12月6日(平成27年(行ケ)第10150号)〔炭酸飲料事件〕等でも示されている。

(2)本件の第一次判決においては、クレームされている「平均分子量」が「重量平均分子量」または「粘度平均分子量」のいずれを指しているのか不明確と判断されたところ、その理由は、クレームされているコンドロイチン硫酸またはその塩の「平均分子量」が「粘度平均分子量」であると合理的に推認できてしまうような記載(マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸またはその塩の平均分子量に関する記載)が本件明細書に存在していたからである。
そこで、本件訂正により、本件特許でクレームされている「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」の平均分子量が「2万~4万」へと限定されたうえで、本件明細書から上記の記載が削除された。
クレームされている平均分子量の範囲が本件訂正において「2万~4万」に限定されたのは、客観的に「重量平均分子量」を指していると理解し得る「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万、平均分子量約2万、平均分子量約4万等)」との本件訂正明細書の記載に沿うようにしたためであると思われる。本件明細書からマルハ株式会社に係る「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」との記載が削除されたのは、同記載の「平均分子量」が「重量平均分子量」ではなく「粘度平均分子量」を指すものと捉えられ、それゆえ、クレームされているコンドロイチン硫酸またはその塩の「平均分子量」の記載が「重量平均分子量」なのか「粘度平均分子量」なのか不明確であるとされる原因となる記載であったからと考えられる。本件訂正の結果、本判決では、クレームされた「平均分子量」は「重量平均分子量」を指すものと合理的に理解し得るとして、本件特許のクレームの記載は明確性要件を満たしていると判断されるに至った。
本件は事例判断であるが、クレームの記載が不明確であるとされる原因となった明細書の記載を訂正によって削除することにより明確性要件違反の問題が解消されたという点において珍しい事例であり、今回紹介させていただいた次第である。

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)
第1次判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 今井 優仁 (弁護士・弁理士)