平成29年7月3日号

海外特許ニュース

米国:連邦最高裁、消尽論の適用を契約によって排除することを否定するとともに、国際消尽を認める

アメリカ合衆国連邦最高裁判所は、2017年(平成29年)5月30日、特許権の消尽論の適用範囲に関して新たな判決をした。連邦最高裁は、特許権者が製品を販売する際に、購入者に対して当該製品の再使用および再販売を禁止していた場合であっても、当該販売によって特許権は消尽すると判断した。また、連邦最高裁は、特許権者による製品の販売が米国外で行われたとしても、それによって米国特許権は消尽すると判断した。(Impression Products, Inc. v. Lexmark International, Inc.)

事案の概要

Lexmark International Inc.(Lexmark社)は、レーザープリンター用のトナーカートリッジの製造・販売を行う会社である。

Lexmark社は、顧客にトナーカートリッジを販売する際、顧客が選択可能なオプションとして、販売価格を通常よりも安くする代わりに、顧客によるトナーカートリッジの使用を1回のみに限定し、空になったトナーカートリッジを顧客が第三者に売却することを禁止する旨の条項(本件制限条項)を含む契約を、顧客にLexmark社との間で締結させる、というオプションを用意していた。このオプションの下、Lexmark社は、アメリカ合衆国の内外でトナーカートリッジを顧客に販売した。

Impression Products, Inc.(Impression社)は、上記オプションの下でLexmark社から顧客に販売されたトナーカートリッジが空になった後、空のトナーカートリッジを顧客から買い取り、インクを最充填して販売していた。

Lexmark社は、Impression社の上記行為がLexmark社が有するインクカートリッジに関する米国特許を侵害しているとして、特許侵害訴訟を連邦地裁に提起した。

Impression社は、Lexmark社がトナーカートリッジを販売したことによってLexmark社の特許権が消尽したとして、訴訟の却下を求めた。連邦地裁は、米国内で販売された製品については特許権の消尽を認めたが、米国外で販売された製品についてはこれを否定した。当事者双方が連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)に控訴したところ、CAFC(全裁判官が審理・判断に参加するen banc)は、米国内・米国外のいずれにおいて販売された製品についても、特許権の消尽を否定した。Impression社は、連邦最高裁に対して上告受理申立てをし、連邦最高裁はこれを受理した。

本判決

第一に、連邦最高裁は、Lexmark社が顧客に製品を販売した時点で、特許権は消尽しており、本件制限条項によっては消尽論の適用を排除することはできない、と判断した。

連邦最高裁は、消尽論はコモン・ロー上の法理である譲渡制限禁止の法理(principle against restraints on alienation)に由来するものである、と説明した。譲渡制限の法理とは、物の所有者が、販売後の物の再販売または使用に対して課した制限を無効とする法理であるが、連邦最高裁は、特許権者が製品を販売することを一旦選択した後は、上記法理が特許権に対して優越すると述べた。

下級審のCAFCは、特許権の消尽の根拠を、特許権者が製品を販売した場合には購入者に対して当該製品を使用・再販売する権限を付与したと推定されることに求めていた。CAFCは、消尽論に関する上記のような理解を前提として、特許権者が反対の意思を明示した場合には、購入者に対して権限を付与しないことも可能であって、その場合には特許権の消尽は生じない、との見解を採用していた。しかしながら、連邦最高裁は、CAFCの上記見解を否定し、特許権者が製品を販売した時点で特許権の効力は失われ、それ以降、購入者は当該製品を自由に使用および再販売することができる、と判断した。

第二に、連邦最高裁は、Lexmark社が米国外で販売した製品についても、米国の特許権は消尽し、Lexmark社はかかる製品の使用・再販売に対して米国の特許権を行使することはできない、と判断した。連邦最高裁は、上記判断の根拠として、前述した譲渡制限禁止の法理は地域的な制約なく適用されるものであること、および、連邦議会が上記法理の適用範囲を米国内に限定しようとした形跡が見当たらないこと等を挙げた。

これに対し、Lexmark社は、米国特許権の消尽が問題となっている以上、米国特許権の及ばない米国外での販売によっては米国特許権は消尽しない、と主張した。しかしながら、連邦最高裁は、消尽論の適用の有無は、特許権の効力が及ぶ地域的範囲とは無関係であり、特許権者が自ら製品の販売を決定した以上、消尽は生じるとした。

また、米国連邦政府は、第三者意見(amicus curiae)を提出し、その中で、米国外での販売は、特許権者が明示的に権利を留保した場合を除き消尽する、との立場を採用すべきであるとの意見を述べた。しかしながら、連邦最高裁は、特許権者が自ら製品の販売を決定した以上、権利留保の有無に関わらず消尽は生じるとして、連邦政府の意見を採用しなかった。

結論として、連邦最高裁は、原判決を取り消し、事件をCAFCに差し戻した。

検討

今回の判決は、2008年のQuanta Computer Inc. v. LG Electronics Inc.判決に引き続き、米国連邦最高裁が特許権の消尽について判断を示した判決となる。Quantaでは、ライセンシーが製品の購入者に対して通知した条件(他社製品と組み合わせないこと)に購入者が違反した場合に特許侵害を問えるかが問題となり、米国連邦最高裁はこれを否定した。他方、今回の判決では、特許権者が製品の購入者に対して契約により課した条件(転売しないこと)に違反して転売された製品について特許侵害を問えるかが問題となったが、米国連邦最高裁は、このような場合であっても特許権は消尽するとした。

今回の判決は、Quantaに引き続き、販売後の製品に対する特許権者によるコントロールを一定程度認めるCAFCの判例法を、明確に否定したものである。本件の当事者であるLexmark社のように、CAFCの判例法を前提としてビジネスモデルを作り上げた会社は少なくないと思われ、かかる判例法が否定されたことの実務上の影響は、決して小さくないと予想される。

また、今回の連邦最高裁判決は、特許権の国際消尽を認めた。連邦最高裁は、2013年のKirtsaeng v. John Wiley & Sons. Inc.判決により著作権の国際消尽を認めており、今回は、それに引き続いて特許権についても、国際消尽を認めたことになる。

なお、日本では、BBS事件最高裁判決(最高裁平成9年7月1日判決)が、特許権の国際消尽自体は否定しつつ、日本の特許権者が日本国外で製品を譲渡した場合には、特許権者が製品の販売先または使用地域から日本を除外する旨を譲受人との間で合意した場合等を除いて、日本において特許権を行使することはできない、との判断を示した。このBBS事件最高裁判決の立場は、本件において米国連邦政府が第三者意見において述べた見解の内容に近いと思われるが、今回の連邦最高裁判決は、このような折衷的な見解も否定し、国際消尽を正面から認めたものである。

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文責: 乾 裕介 (弁護士・弁理士・ニューヨーク州弁護士)