平成29年7月3日号

商標ニュース

最高裁、除斥期間が経過した商標権の行使に対する無効の抗弁を否定しつつ、権利濫用の抗弁を主張する余地を認める

無効審判請求の除斥期間が既に経過した商標権の侵害が問題となった事件において、最高裁は、除斥期間の経過後は、原告の登録商標が商標法第4条1項10号に該当することを理由とする無効の抗弁を主張することは許されないとしつつ、原告の登録商標が被告自身の周知商標と同一または類似であるために商標法第4条1項10号に該当することを主張する場合には、除斥期間の経過後であっても権利濫用の抗弁を主張することが許されるとの判断を示した(最高裁平成29年2月28日判決(平成27年(受)1876号))。

事案の概要

有限会社日本建装工業(本訴原告・反訴被告、被上告人)は、平成6年頃より、米国の会社であるエマックス社が製造する電子瞬間湯沸器(本件湯沸器)の日本における独占販売代理店として、「エマックス」「EaMax」等の商標を使用して、本件湯沸器を日本国内で販売してきた。

他方、株式会社エマックス東京(本訴被告・反訴原告、上告人)は、平成15年頃に設立され、「エマックス」「EaMax」等の商標を使用して、本件湯沸器を日本国内で販売してきた。上告人が販売した本件湯沸器の大半は、並行輸入品など、被上告人以外の者から仕入れたものあった。

なお、上告人は元々、被上告人の代理店となることを想定して設立された会社であったが、その設立の経緯等を巡って、被上告人との間で紛争が生じた。平成18年には、上告人から被上告人に対して訴訟が提起された(平成19年に訴訟上の和解により終了)。また、平成21年には、被上告人から上告人に対して不正競争防止法に基づく差止め等を求める訴訟が提起された(平成23年に訴訟上の和解により終了)。平成23年の和解において、上告人は、「エマックス」の商品名を使用しないことを誓約したが、その後も上告人は「エマックス」の商標を使用して、本件湯沸器の販売を継続した。

他方、上告人は平成17年、「エマックス」の文字からなる商標について商標出願し、登録を受けた(平成17年登録商標)。また、上告人は、平成22年には「エマックス」と「Eamax」の文字を二段書きしてなる商標について商標出願し、登録を受けた。

被上告人は平成24年、「エマックス」は被上告人の周知表示であり、上告人による「エマックス」の使用が不正競争防止法第2条1項1号の不正競争に該当するとして、差止めおよび損害賠償を求める訴訟を大分地裁に提起した。これに対し、上告人は平成25年、被上告人による「エマックス」の使用が上告人の商標権を侵害しているとして、差止めおよび損害賠償請求を求める反訴を提起した。

第一審の大分地裁判決は、被上告人の本訴請求を一部認容し、上告人の反訴請求を棄却する判決をした(大分地裁平成26年9月18日判決(平成24年(ワ)第881号等))。上告人は福岡高裁に控訴したが、福岡高裁は控訴を棄却する判決をした(福岡高裁平成27年6月17日判決(平成26年(ネ)第791号))。そこで、上告人は更に最高裁に上告受理申立てをした。

本判決

被上告人の本訴請求については、第一審の大分地裁判決および第二審の福岡高裁判決(原判決)は、いずれも、「エマックス」は被上告人の販売する本件湯沸器を表示するものとして需要者の間で広く認識され、周知になっていたと認定していた。しかしながら、本判決は、原判決摘示の事情のみでは「エマックス」が周知になったとはいえず、原判決には法令の適用を誤った違法があるとした。

上告人の反訴請求については、被上告人は、上告人の商標登録が商標法第4条1項10号に該当するとして、無効の抗弁(商標法第39条が準用する特許法第104条の3第1項)を主張していた。他方、平成17年登録商標は、無効審判請求の除斥期間(登録から5年)(商標法第47条1項)を既に経過していた。

本判決は、商標法第4条1項10 号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま除斥期間を経過した後においては、その商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が商標法第4条1項10 号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって、無効の抗弁を主張することは許されない、と判断した。

その根拠として、本判決は、①除斥期間を経過した後は商標法第4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判を請求することができない以上、この無効審判が請求されないまま除斥期間を経過した後は、商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はないこと、および、②商標法第47条1項の趣旨は、商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために、商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあるところ、除斥期間経過後であっても無効の抗弁を主張することを認めると、商標法第47条1項の上記趣旨が没却されることを挙げた。

他方で、本判決は、商標法第4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま除斥期間を経過した後であっても、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標またはこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として、自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することは許される、と判断した。

その根拠として、本判決は、①商標法第4条1項10号に違反して商標登録がされた場合に、当該登録商標と同一または類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも、商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは、特段の事情がない限り、客観的に公正な競争秩序の維持を害するものであること、②そのような権利濫用の抗弁を認めたとしても、商標法第47条1項の趣旨は没却されないこと、を挙げた。

その上で、本判決は、本件において被上告人が主張する無効の抗弁は権利濫用の抗弁を含むものと解されるものの、原判決摘示のた事情のみでは「エマックス」が周知になったとはいえず、原判決には法令の適用を誤った違法があるとした。

結論として、本判決は、原判決を破棄し、本件を福岡高裁に差し戻した。

検討

商標権侵害訴訟において、原告の商標登録の除斥期間が既に経過している場合に、被告が無効理由の存在に基づく抗弁を主張できるか否かという論点については、従来、主張を認める多数説と、認めない少数説とが対立しており、判例も分かれていた。

この点について、今回の最高裁判決は、①商標法第39条が準用する特許法第104条の3第1項の抗弁は主張できないとしつつ、②被告自身の周知商標と同一または類似であるために商標法第4条1項10号に該当することを主張する場合には、権利濫用の抗弁を主張することができる、という二段構えの判断を示した。これにより、上記論点については最高裁の判断が示され、一応の決着を見たことになる。

なお、今回の最高裁判決の論理によった場合には、第三者の周知商標と同一または類似であるために商標法第4条1項10号に該当することを主張する場合には、最高裁判決が示した枠組みにおける権利濫用の抗弁は主張できないことになる。そうすると、例えば、商標権者が商品の製造業者を被告として訴えた場合には、かかる製造業者は、自己の未登録商標が周知であることを理由とする権利濫用の抗弁を主張して差止め等を免れることができるが、製造業者が製造した製品を購入して販売する流通業者を被告として訴えた場合には、かかる流通業者は、周知商標が自己の商標ではない以上、権利濫用の抗弁を主張できない、という結論になる可能性が考えられるところである。

ただ、今回の最高裁判決はあくまで、類型的に認められる権利濫用の抗弁の一つを示したものに過ぎず、その他の権利濫用の抗弁を排除するものではない、とも考えられる(山崎裁判官の補足意見も、そのように指摘している)。そうすると、上記の流通業者の例においても、別の権利濫用の抗弁が認められる余地は、十分にあるように思われる。

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文責: 乾 裕介 (弁護士・弁理士・ニューヨーク州弁護士)