特許権者である一審原告が一審被告に対し、存続期間の延長を受けた特許権に基づいて後発医薬品の生産・譲渡等の差止めを求めた事案において、知財高裁は、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は処分の対象となった物と実質同一物にも及ぶところ、処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」に対象製品と異なる部分が存在する場合でもあっても、当該部分がわずかな差異または全体的にみて形式的な差異に過ぎないときは、当該対象製品は、処分の対象となった物の実質同一物に含まれるとの一般論を示し、その上で、一審被告の対象製品はそれに該当しないと判断した(知財高裁平成29年1月20日大合議判決(平成28年(ネ)第10046号))。
事実関係
一審原告(デビオファーム・インターナショナル・エス・アー)は、発明の名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする特許第3547755号(本件特許)の特許権者であるところ、本件特許について、薬事法(現「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」)に基づく医薬品の製造販売承認(本件処分)を理由として、合計7件の存続期間の延長登録を受けた。
他方、一審被告は、後発医薬品「エルプラット50」「エルプラット100」および「エルプラット200」(被告製品)について、医薬品の製造販売承認を受けた上で販売していた。
一審原告は、一審被告の行為は本件特許を侵害するものであるとして、被告製品の生産・譲渡等の差止めを求めて、東京地裁に特許侵害訴訟を提起した。
第一審では、一審原告の請求を全面的に棄却する判決が下されたため(東京地裁平成28年3月30日判決(平成27年(ワ)第12414号)(弊所ニュースレター平成28年5月19日号参照(リンク))、一審原告は知財高裁に控訴した。
本判決
知財高裁は、本件を大合議部で審理し、平成29年1月20日、一審原告の請求を認めず、控訴を棄却する判決を下した。
本件においても、一審と同様、(1) 被告製品が本件発明(請求項1)の技術的範囲に属するか否か、(2) 延長登録された特許権の効力が被告製品に及ぶか否か、 (3) 本件特許に係る発明の新規性・進歩性欠如の有無、および(4) 延長登録の無効理由の有無の4点が争点となったが、ここでは、本判決が判断を示した(2)の点について紹介する。
特許法第68条の2は、延長された特許権の効力は「その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)」に及ぶ旨を規定している。
本判決は、まず、どのような物に対して延長された特許権の効力が及ぶかという点に関し、「存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は、政令処分で定められた『成分、分量、用法、用量、効能及び効果』によって特定された『物』(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及ぶ」とし、「政令処分で定められた上記構成中(注:「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」のこと)に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する」と判断した。
その上で、本判決は、処分で定められた構成と対象製品との間にいかなる差異があるかという観点から場合分けをし、まず、「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異、「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つまたは複数が存在し、他の差異が存在しないケースでは、「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容…に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた『成分、分量、用法、用量、効能及び効果』によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである」とした上で、「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異」の類型を以下のとおり具体的に示した。
① 医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合
② 公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴および作用効果の同一性があると認められる場合
③ 処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合
④ 処分で特定された「分量」は異なるが、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合
他方、医薬品に関する「用法、用量、効能及び効果」における差異であって上記のようなケースに当てはまらない場合については、本判決は、「剤型が異なるために『用法、用量』に数量的差異以外の差異が生じる場合は、その具体的な差異の内容に応じて多角的な観点からの考察が必要であり、また、対象とする疾病が異なるために『効能、効果』が異なる場合は、疾病の類似性など医学的な観点からの考察が重要である」と判断した。
以上に示した判断基準を前提に、本判決は、処分の対象物の「成分」はオキサリプラチンと注射用水のみであるのに対し、被告製品の「成分」はオキサリプラチンと注射用水のほか添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むものであるとして、処分の対象物と被告製品とは「成分」が異なるとした。
進んで、本判決は、本件特許に係る明細書から読み取れる本件発明の技術的特徴に照らし、本件発明は添加剤を含まないことを技術的特徴の一つとしている等と認めた上で、処分の対象物と被告製品との間の「成分」との差異は「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異」とは言えず、結局、被告製品は、処分の対象となった物の実質同一物ではなく、延長登録された特許の効力は及ばないものと判断した。
検討
本判決は、延長された特許権の効力が及ぶ範囲について最初に判断した東京地裁平成28年3月30日判決(平成27年(ワ)第12414号)の控訴審判決である。本判決においては、延長された特許権の効力は、医薬品として処分の対象となった物の実質同一物に及ぶとした上で、その実質同一物に問題となる対象製品が該当するか否かの判断基準をより具体化・類型化されたところ、これにより、延長された特許権の効力の及ぶ範囲の予測可能性は高まったと言える。
もっとも、この実質同一物の該当性の判断に関しては、特許の内容、処分の内容等、個々の事案に拠るところが多分にある。例えば、本判決において挙げられている類型の中には、周知技術・慣用技術が考慮される場合があるところ、そこで検討すべき周知技術・慣用技術の主張・立証方法は如何なるものかは今後も問題となり得る。この点、本判決は、実質同一性の判断に均等論の第1要件ないし第3要件をそのまま適用すると、延長登録された特許権の効力が広がり過ぎ相当ではないと断っている。そうすると、実質同一性の判断については、従来存在していた均等論等の考え方とは別のアプローチが要求されるが、この点は今後の裁判例の集積が待たれるところである。
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文責: 今井 優仁(弁護士・弁理士)