平成28年11月30日号

特許ニュース

東京地裁、通常実施権者の承諾が無いことを理由として訂正の再抗弁を排斥

原告が被告に対し、原告の特許権に基づき、被告製品の差止および損害賠償を求めた事案において、東京地裁は平成28年7月13日、通常実施権者の承諾なしに訂正を行ったことは訂正要件違反であるとして訂正の再抗弁を認めず、特許は無効であるとして原告の請求を棄却した(東京地裁平成25年(ワ)第19418号)。

背景

原告(イーエイチエス レンズ フィリピン インク)は、「累進多焦点レンズ及び眼鏡レンズ」とする特許権(第3852116号)について、特許(「本件特許」)を有する者である。
原告は、平成25年8月14日に、被告に対し、被告の製品が本件特許の請求項3、7および8の各発明の技術的範囲に属すると主張して、差止および損害賠償請求を求めて東京地裁に提訴した。

被告は、平成26年8月27日、特許庁に対し、本件特許の請求項1、3、7および8に係る発明についての特許に関し、無効審判請求をした。特許庁は、平成27年8月5日、本件特許の請求甲1、3、7および8に係る発明についての特許を無効とする旨の審決の予告をした。原告は、平成26年11月5日、特許庁に対し、本件各発明に係る請求項について訂正の請求をした(「本件訂正」)。本件訂正は、本件特許の請求項3、7および8は請求項1および2に従属する請求項だったが、これらを請求項1のみに従属するものに変更し、本件各発明のうち請求項2に従属する部分を新たに請求項13、14および15とするものとする形式的なものであった。

特許庁は、平成28年2月3日発送の「手続補正指令書(方式)」により、原告に対し、特許法第134条の2第9項、第127条に従い、本件訂正請求をすることについて本件特許の通常実施権者全員の承諾書を提出するよう指令を出した。

原告は、外国法人を含む複数の第三者に対し、本件特許権を対象に含むライセンス契約(通常実施権設定契約)をしているが、原告は上記外国法人から、本件訂正に関し何らの承諾も得ていない。

本判決

判決は、まず、請求項1に従属する請求項3、7および8記載の発明をそれぞれ「本件発明3の1」、「本件発明7の1」、「本件発明8の1」と定義し、本件発明3の1、本件発明7の1および本件発明8の1はいずれも先行文献に周知技術を組み合わせることにより当業者が容易に想到できるものであるから、進歩性を欠くと判断した。そして、本件特許の請求項3、7および8は、請求項1および2のいずれをも引用しているのであるから、本件発明3の1、7の1および8の1について無効理由が存在すれば、請求項3、7および8に係る特許に無効理由が存在することになり、結局、上記各請求項に記載された発明全体が無効になるとして、原告の請求を棄却した。

訂正の再抗弁については、判決は、特許法第104条の3の抗弁に対する訂正の再抗弁が成立するためには、①特許庁に対し適法な訂正審判の請求または訂正の請求を行っていること、②当該訂正が訂正要件を充たしていること、③当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること、④被告各製品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属すること、以上の各要件を充たすことを要すると述べた。

その上で、判決は、原告は本件無効審判において審決の予告を受け、特許法第134条の2第1項に基づき、上記審決の予告において定められた期間内に訂正請求書を提出して本件訂正請求をしているから、①の要件を充足することを認めた。しかし、特許法第134条の2第9項が準用する特許法第127条は、特許権者は、特許法第78条1項の規定による通常実施権者がいる場合には、その承諾を得た場合に限り、特許法第134条の2第1項に基づいて訂正請求をすることができるものと定めているのに対し、原告は、本件特許権の通常実施権者の一部について、本件訂正請求をすることにつき承諾を得ていないから、②の要件を充たしていないと述べた。

なお、原告は、(A) 本件訂正は、形式的に引用関係を解消する訂正であって、通常実施権者に不測の損害を与えないから、特許法第127条所定の承諾を必要とする場合に当たらない、(B) 仮に承諾を要する場合に当たるとしても、同条所定の「通常実施権者」は、訂正について利害関係のある通常実施権者に限られ、本件では、外国法人は、同条所定の「通常実施権者」には当たらない旨主張した。

これに対し、判決は、原告の(A)の主張に対して、(i)特許法第127条には、通常実施権者の承諾を得る必要がない場合について特段の除外規定はないこと、(ii)同法の趣旨は、特許権者が誤解に基づいて不必要な訂正を請求したり、瑕疵の部分のみを減縮すれば十分であるのにその範囲を超えて訂正したりすると、実施許諾を受けた範囲が不当に狭められるなど、通常実施権者等が不測の損害を被ることがあるので、訂正審判を請求する場合に上記のような利害関係を有する者の承諾を要することとしたものであると考えられること、 (iii)また、通常実施権者には、訂正による権利範囲の減縮の程度にかかわらず、訂正により特許が有効に存続することとなったり、あるいは、訂正の承諾を拒否することで特許が無効になるなどすることで、何らかの利益または損失を生じる場合もあり得るのであるから、通常実施権者は、特許権者による訂正について常に利害関係を有する可能性があると認められることから、訂正が減縮にあたる場合はもちろんのこと、訂正が減縮に当たらない場合であっても、特許権者が訂正をする場合には常に通常実施権者の承諾が必要であるというべきであると述べ、原告の(A)の主張には理由がないとした。

また、判決は、原告の(B)の主張に対して、特許法第127条の「通常実施権者」について訂正に利害関係のある者や現に実施している者に限定する旨の規定はないのであって、外国の会社を排除するものではないとともに、訂正について実質的な利害関係があることを要件としているわけでもないというべきであり、さらには、通常実施権者であれば、現に実施しておらず、また、自らは実施する可能性がないとしても、今後、子会社や関連会社を含む第三者をして実施させる可能性はあるのであるから、訂正の内容や特許の有効性に利害関係を有することは明らかであり、現に実施しておらず、かつ、自らは実施する可能性がない通常実施権者を、特許法第127条の承諾を要するべき「通常実施権者」から除外すべき理由がないとして、原告の(B)の主張も採用できないと述べた。

検討

本件は、訂正の再抗弁の成立要件として通常実施権者の承諾が必要であること、さらに、訂正が引用関係を解消するための形式的なものであっても、また、通常実施権者が利害関係のない外国法人であっても例外ではなく、承諾が必要であると判断した。

本判決は、特許法第127条を条文通りに解釈し、上記のような場合であっても例外はないとして通常実施権者の承諾が必要と判断したが、そもそも、独占的通常実施権者でもない単なる通常実施権者が不測の損害を被るといえるか、さらに、本件のような特許請求の範囲の変更のない形式的訂正で不測の不利益が生じるのか、日本で実施の予定のない外国の通常実施権者に実質的な利害関係があるといえるのかについては疑問が残る。

訂正請求にあたり通常実施権者の承諾を必要とする特許法第127条については、通常実施権者の登録制度の廃止の改正の際に、承諾を不要とすることも提案されたが、見送られ、改正がなされないままとなっている。

ライセンスが活発な分野においては、全ての通常実施権者に訂正の承諾を得ることは事実上困難であり、どんな場合にあっても承諾を必要とすると訂正請求ができない場合も多いと考えられる。そのため、例えば、ライセンス契約の際には、あらかじめ訂正に同意する文言をいれる等何らかの手当をしておいたほうが賢明とも考えられる。

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文責:中岡 起代子(弁護士・弁理士)