知財高裁は最近、クレーム中に製法が記載されている物の発明について、不可能・非実際的事情の立証が無いにも関わらず、明確性要件を欠くものでは無いとする判決を相次いで出した。その理由付けは判決により若干異なるものの、いずれの判決も、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム最判を形式的に適用した場合に生じる不都合を回避するため、当該最判の適用範囲を解釈により限定しようとするものであると評価することができる。
背景
プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム)については、最高裁平成27年6月5日第二小法廷判決(平成24年(受)第1204号、同第2658号)により、クレームに記載された製法により製造された物と同一の物にも権利範囲が及ぶことが明確にされた一方で、「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情」(不可能・非実際的事情)が無い限り、当該発明は明確性要件違反(特許法第36条6項2号)に当たるとされた。
しかしながら、上記最判を形式的に適用した場合、あらゆる物の発明において、製法をクレーム中に記載しただけで原則として特許が無効になってしまう、との不都合が考えられるところであり、かかる不都合を回避するために、上記最判の後、様々な工夫が考えられた。
その一つは、物の発明から物の生産方法の発明への訂正を認めることである。例えば、訂正2016-390005審判事件において、かかる訂正を認める審決がなされた(同審決についてはこちら(外部ウェブサイト)を参照)。
また、別の方法は、形式的にはクレーム中に製法が記載されているように見える場合であっても、かかる記載を製法の記載と解釈せず、上記最判の適用範囲外とすることである。このようなアプローチは、平成28年3月30日に特許庁が公表した改訂特許・実用新案審査ハンドブックにおいて採用されている(改訂特許・実用新案審査ハンドブックについてはこちら(外部ウェブサイト)を参照)。
最近になり、クレーム中に製法が記載されている物の発明について、明確性要件違反を否定した知財高裁判決が相次いでなされた。その理由付けは判決により異なるものの、いずれの判決も、上記最判を形式的に適用した場合に生じる不都合を回避するための工夫の一環であると評価される。かかる判断が知財高裁のレベルでなされたことは特筆すべき事項であり、以下では各判決について紹介する。
知財高裁平成28年9月20日判決
知財高裁平成28年9月20日判決(平成27年(行ケ)第10242号)(知財高裁第3部、鶴岡裁判長)の事案は、特許無効審判の審決(請求不成立)に対する審決取消訴訟であり、問題となったクレームは以下のとおりである。
「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に、粘着剤を塗着することにより構成した、ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」
判決は、「細いテープ状部材に、粘着剤を塗着する」との記載は、これを形式的にみると経時的な要素を記載するものということもでき、PBPクレームに該当すると見る余地もないではない、としつつも、製造方法による物の構造または特性等が明細書の記載および技術常識を加えて判断すれば一義的に明らかである場合には、特許法第36条6項2号との関係において問題とすべきPBPクレームと見る必要はない、と判示した。
その上で、判決は、上記クレームについては、単にテープ状部材に粘着剤が塗布された状態を示すことにより構造または特性を特定しているに過ぎず、物の製造方法の記載には当たらないから、PBPクレームには該当せず、明確性要件違反は無いと判断した。
知財高裁平成28年9月29日判決
知財高裁平成28年9月29日判決(平成27年(行ケ)第10184号)(知財高裁第1部、設樂裁判長)の事案は、特許無効審判の審決(請求不成立)に対する審決取消訴訟であり、問題となったクレームは以下のとおりである。
「ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって、該燃焼芯にワックスが被覆され、かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを、該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し、ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させるとともに、該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とするローソク。」
判決は、「こそぎ落とし又は溶融除去することにより」との記載がPBPクレームに該当するとの主張は無効審判において無効理由として主張されたものではなく、審決取消訴訟の審理判断の対象とならない、とした上で、次のとおり付言した。
すなわち、判決は、特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、当該製造方法の記載が物の構造または特性を明確に表しているときは、当該発明の内容をもとより明確に理解することができるのであるから、このような特段の事情がある場合には不可能・非実際的事情の主張立証を要しない、と判示した。
その上で、判決は、上記クレームについては、ワックスがこそぎ落されてまたは溶融除去されてワックスの残存率が19%ないし33%となった状態であることを示すものに過ぎず、本件発明のローソクの構造または特性を明確に表しているから、不可能・非実際的事情の主張立証を要せず、明確性要件違反は無いと判断した。
知財高裁平成28年11月8日判決
知財高裁平成28年11月8日判決(平成28年(行ケ)第10025号)(知財高裁第3部、鶴岡裁判長)の事案は、拒絶査定不服審判の審決(請求不成立)に対する審決取消訴訟であり、問題となったクレームは以下のとおりである。
「【請求項1】
透光性あるシート・フィルムを、80~100cm長さの稲育描箱の巻取り開始縁以外の3方の縁からはみ出させて、稲育描箱底面に根切りシートとして敷き、その上に籾殻マット等の軽い稲育描培土代替資材をはめ込み、この表面に綿不織布等を敷いて種籾の芒、棘毛を絡ませて固定し、根上がりを防止して、覆土も極少なくして育苗した、軽量稲苗マットを、根切りシートと一緒に巻いて、細い円筒とした、内部導光ロール苗」
「【請求項2】
80~100cm長さの稲育描箱にはめ込んだ、成型した籾殻マット等の軽い稲育描培土代替資材の表面に、綿不織布等を敷いて種籾の芒、棘毛を絡ませて固定し、根上がりを防止し、覆土も極少なくして育苗した、軽量稲苗マットに、透光性あるシート・フィルムを、稲育描箱の巻取り開始縁以外の3方の縁からはみ出させて被せ一緒に巻いて、細い円筒とした、内部導光ロール苗」
知財高裁判決は、上記クレームの記載は、形式的にみれば経時的な要素を記載するものといえ、PBPクレームに該当するということができそうである、としつつ、「特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても、・・・当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識から明確であれば」、特許法第36条6項2号との関係で問題とすべきPBPクレームには該当しない、とした。
その上で、判決は、上記クレームの記載はいずれも、内部導光ロール苗の構造・特性を明らかにしたものと理解することができることが十分に可能であるから、PBPクレームに該当しないとした。(ただし、結論としては、他のクレームについて明確性要件違反を認め、審決の結論に誤りは無いとして、原告の請求を棄却した。)
検討
上記3件の判決は、いずれも、PBPクレーム最判を前提としつつ、クレーム中に製造方法の記載があったとしても、製造方法によって示される物の構造または特性が明確であれば明確性要件違反とはならない、としたものである。
このうち、1件目および3件目の判決(いずれも知財高裁第3部、鶴岡裁判長)は、このような場合にはそもそもPBPクレームに該当しない、としたのに対し、2件目の判決(知財高裁第1部、設樂裁判長)は、このような場合はPBPクレームには該当するものの不可能・非実際的事情の立証は不要である、としており、理由付けは若干異なるものの、判断基準は概ね共通しているといえる。
なお、1件目の事案のクレームは、判決も指摘するとおり、形式的には製法を記載したものであるように見えても、テープ状部材に粘着剤が塗布された状態を示したものに過ぎず、そもそも製法の記載ではない、と評価する余地があると考えられる。
これに対し、2件目の事案のクレームは、ワックスの残存率が19%ないし33%となった状態であることを示すものであるとしても、その状態を作り出すためにワックスがこそぎ落され、または溶融除去されたものであることがクレーム中に記載されているから、製法の記載であるという他はないように思われる。また3件目の事案のクレームは、これを物の状態に言い換えることは困難であり、やはり、製法の記載であるという他はないように思われる。そうすると、2件目および3件目の判決は、クレーム中に製法が記載された物の発明がPBPクレーム最判の適用範囲外となることを正面から認めた判決であり、その意義は大きいと思われる。
いずれにせよ、知財高裁のレベルにおいて、PBPクレーム最判の適用範囲を限定する判決がなされたことは特筆すべき事項であり、今後の動向が注目される。
知財高裁平成28年9月20日判決の全文はこちら
知財高裁平成28年9月29日判決の全文はこちら
知財高裁平成28年11月8日判決の全文はこちら
(いずれも外部ウェブサイト)
文責:乾 裕介(弁護士、弁理士、ニューヨーク州弁護士)