平成28年8月31日号

海外特許ニュース

米国:テキサス州裁、弁護士資格を有しないパテント・エージェントについて弁護士・依頼者間秘匿特権を否定

テキサス州第5地区控訴裁判所は、2016年8月17日、弁護士資格を有しないパテント・エージェントと依頼者との間の通信には弁護士・依頼者間秘匿特権は適用されず、ディスカバリーにおいて通信内容の開示を拒否することはできない、と判断した(In re Andrew Silver, No. 05-16-00774-CV)。

事実関係

Andrew Silver氏(「Silver氏」)は、飲食店において客が飲食物を注文し、ゲームで遊び、代金の支払いを行うことがすることができる端末「Ziosk」に関する発明を行った。Silver氏とTabletop Media, LLC(「Tabletop社」)は契約を締結し、「Ziosk」に関する発明について特許の付与を受けた場合には、Tabletop社がこれを買い取り、Silver氏に代金を支払うことで両者は合意した。その後、Silver氏は米国特許商標庁(USPTO)より特許の付与を受けたが、Tabletop社は、特許によりカバーされている権利範囲が契約時とは異なるとして、特許の買取りを拒否した。そのため、Silver氏はTabletop社を相手方として、代金の支払いを求める訴訟をテキサス州地方裁判所に提起した。また、Tabletop社も、Silver氏を相手方として、代金債務を負わないことの確認を求める訴訟を提起し、両訴訟は併合審理された。

訴訟のディスカバリーの手続きにおいて、Tabletop社は、Silver氏と、Silver氏のパテント・エージェントであったRaffi Gostanian氏(「Gostanian氏」)との間のやり取りの内容を開示するよう求めた。これに対し、Silver氏は、Gostanian氏とのやり取りは弁護士・依頼者間秘匿特権(attorney-client privilege)により保護されているとして、開示を拒否した。なお、Gostanian氏は、米国特許商標庁においてパテント・エージェントとしての登録を受けていたが、弁護士資格は有していなかった。

テキサス州地裁は、弁護士資格を有しないパテント・エージェントについては、弁護士・依頼者間秘匿特権は適用されないとして、Silver氏に対し、Gostanian氏との間のやり取りの内容を開示するよう命じた。これに対し、Silver氏は、テキサス州地裁の命令の取消しを求めて、職務執行令状(writ of mandamus)の申立てをテキサス州第5地区控訴裁判所に対して行った。

控訴裁判所の判断

控訴裁判所は、弁護士資格を有しないパテント・エージェントには弁護士・依頼者間秘匿特権は適用されず、地裁の判断に誤りは無いとして、Silver氏の申立てを却下した。

控訴裁判所は、その根拠として、テキサス州法上、ディスカバリーに対する何らかの秘匿特権が認められるのは、テキサス州憲法、制定法、テキサス州証拠規則、または制定法に基づいて制定された規則に基づく場合に限られ、コモン・ロー(判例法)に基づく秘匿特権は認められないところ、弁護士資格を有しないパテント・エージェントについての秘匿特権については、制定法等上の根拠は存在せず、また、最上級審でない控訴裁判所としては、コモン・ローに基づく秘匿特権を新たに認めるべきではない、と判断した。

Silver氏は、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)の2016年3月7日のIn re Queens University判決が、弁護士資格を有しないパテント・エージェントについて秘匿特権を認めたことから、本件においても同様に認められるべきであると主張した。しかしながら、控訴裁判所は、特許の有効性や侵害の有無が問題となっていない本件はIn re Queens University判決の射程外であるとして、これを否定した。

反対意見

上記の多数意見に対しては、Evans裁判官が反対意見を述べた。

Evans裁判官は、テキサス州証拠規則において、「弁護士業務を行う(practice law)資格をいずれかの州または国から付与されている者」には弁護士・依頼者間秘匿特権が適用されると明文で規定されているところ、パテント・エージェントが行う特許出願の準備業務および出願業務は「弁護士業務」であり、その資格はアメリカ合衆国により付与されたものであるから、パテント・エージェントは「弁護士業務を行う資格をいずれかの州または国から付与されている者」に該当し、従って、パテント・エージェントにも弁護士・依頼者間秘匿特権が適用されるべきであると述べた。

ただし、Evans裁判官は、パテント・エージェントと依頼者との間の通信であっても、特許出願の準備業務および出願業務に関するものではない通信(本件では、本件訴訟における勝訴の可能性についての、Silver氏とGostanian氏とのやり取り)については、秘匿特権は及ばず、開示を拒否することはできないとした。

検討

米国では、米国特許商標庁において特許出願に関する業務を行うためには、米国特許商標庁において登録を受ける必要があるが、米国のいずれかの州において弁護士資格を有している必要は無いとされている。米国特許商標庁で登録を受けており、かつ弁護士資格をも有している者はパテント・アトーニー(patent attorney)と呼ばれ、米国特許商標庁で登録を受けているが弁護士資格を有しない者はパテント・エージェント(patent agent)と呼ばれ、両者は区別されている。

パテント・エージェントについては、弁護士資格を有しないにもかかわらず弁護士業務を行っているとして、フロリダ州が、同州内においてパテント・エージェント(正確には、フロリダ州の弁護士資格を有しない者)が活動することを禁止しようと試みたことがあった。しかしながら、米国連邦最高裁は、パテント・エージェントの業務は「弁護士業務(practice of law)」に該当するものの、その資格は米国連邦議会によって付与されたものであって、州はこれを妨げることはできない、と判断し、弁護士資格を有しないパテント・エージェントが各州の領域内で業務を行うことを認めた(Sperry v. Florida, 1963)。

他方、パテント・エージェントと依頼者との間の通信について、弁護士・依頼者間秘匿特権が認められるか否かについては、裁判所により判断が分かれていたが、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は最近、これを認める判決をした(In re Queens University、2016年3月7日)。その根拠として、CAFCは、パテント・エージェントの業務が「弁護士業務」に該当し、その資格は米国連邦議会によって付与されたものである(上記Sperry v. Florida判決を参照)以上、パテント・エージェントについても弁護士・依頼者間秘匿特権を認めるのが妥当である、と述べている。

しかしながら、今回のテキサス州第5地区控訴裁判所の判決は、州裁判所における訴訟にはあくまで州の手続法および証拠法が適用されるところ、テキサス州証拠規則にはパテント・エージェントについて弁護士・依頼者間秘匿特権を認める規定は存在せず、また、特許の有効性や侵害の有無が問題となっていない以上、本件はCAFCのIn re Queens University判決の射程外であるとした。

米国においては、特許侵害訴訟については連邦裁判所が専属的な管轄権を有し、州裁判所に特許侵害訴訟を提起することはできない。従って、特許侵害訴訟が問題となる限りにおいては、In re Queens University判決により、パテント・エージェントについても弁護士・依頼者間秘匿特権が認められると解される。しかしながら、連邦裁判所が専属的な管轄権を有しない事件、例えば本件のように契約違反が問題となった事件については、州裁判所が管轄権を有する場合もあるところ、そのような事件において、パテント・エージェントと依頼者とのやり取りの開示を求められた場合、今回の判決の考え方によれば、開示を拒否することができるか否かは州法次第である、ということになる。そうすると、連邦裁判所の特許侵害訴訟においては秘匿特権により開示を拒否される、相手方とパテント・エージェントとの間のやり取りの内容を開示させるため、州裁判所で訴訟を提起するといった手段をとることも可能になってしまう(Evans裁判官の反対意見も、この点について危惧している。)。

なお、米国におけるパテント・エージェントは、日本における弁理士と比較される場合もあるが、日本の弁理士が米国の訴訟で弁護士・依頼者間秘匿特権が認められるか、という問題については、確立した判例等は無いものの、日本の弁理士にも秘匿特権が認められたケースは存在し(例えば、Eisai v. Dr. Reddy's Laboratories(ニューヨーク南地区連邦地裁、2005)など。)、逆に、これを否定したケースは見当たらない。上記Eisai事件では、日本の民事訴訟法上、日本の弁理士にも証言拒絶権が認められていること(民事訴訟法第197条1項2号)が、秘匿特権を認める根拠の一つとして挙げられているが、それ以外にも、日本の弁理士は一定の事件に限ってではあるが訴訟代理人として弁論をすることができる等、米国のパテント・エージェントよりも弁護士的な側面が強く、そのような意味では、日本の弁理士に弁護士・依頼者間秘匿特権を認めることは、パテント・エージェントよりも容易であると考えられる。
従って、米国のパテント・エージェントについて弁護士・依頼者間秘匿特権を否定した今回のテキサス州裁判所の判決は、日本の弁理士について、州裁判所における弁護士・依頼者間秘匿特権を否定することに必ずしも繋がるものではないと思われるが、いずれにせよ、この点については、今後も米国判例の動向を注視する必要があるものと考えられる。

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(文責:乾 裕介(弁護士・弁理士・ニューヨーク州弁護士))